10話 ツンデレ亜種
大月さんは中1・3の時に大輔とクラスメイトで、現在は俺達と同じA組だ。だけど大輔との接点は皆無、特徴も寡黙・温和・俊敏、写真からも小柄で大人しそうって印象しかないのに、警戒レベルは唯一にして最大の〝S〟に設定されている。
資料精度の甘さを疑ってみたけど、もう1人のA組で同中が入学初日に俺が話し掛けた下野で、その時に感じた印象が恐ろしい程に一致している。てゆーか下野の奴、ガリ勉で陰気、社交性が低く1人を好む、アニオタ・メガネ・キモい等、散々な内容が書かれた上で『警戒レベル〝C〟(将来が不安)』と評されている。
ひっでぇ。
めっちゃ卑下されているけど、あなたのお兄さんも一時期BLに染まってたよね?
「性格じゃなくて境遇に問題があるの。彼女の知り合いは全て他校に進学、そしてクラス内には注目されている見知った元同級生がいるという状況が」
「……………つまり、大月さんが友達を作る過程で大輔の過去を話題に使われる可能性を危惧していると?」
「その通り。理解が早くて助かるわ」
成程、確かに今は大輔について知りたがっている女子は多い。だからこそ大輔の元クラスメイトと名乗り出れば飛びつく女子は絶対にいるし、この話題で上手く立ち回れば友達作りも容易だろう。
「そういえば大輔の元カノって、山桜にいるの?」
もしそうなら大輔がモテモテというこの現状は面白くない筈で、ある事ない事を言われて変な噂が蔓延する可能性も…。
「いない。彼女達の知能は総じて低かった。尤も、あんな軽いお頭で偏差値が学区トップの山桜に合格できるとも思わなかったけど、調べた限り山桜には試験すら誰もしていないわ」
いや、みんな美緒が怖くて山桜を避けたのだと思います。
これも美緒が陰で……
うん。さっきの質問はなかった事にしておこう。
「だけど大月さんの接触って、藪蛇にならない?」
この意見に美緒が溜息を返してくる。
「そこよ。私が彼女と話して周りから知り合いと思われたら元も子もないから、私自身は接触を避けたいの」
成程。他クラスから態々会いに行けば目立つだろうし、大輔の妹である美緒は大月さんと関わりを持つ事自体リスクと言っていいだろう。
「じゃあ、とりあえず様子見?」
この提案に、美緒から『は?』って表情を向けてきて
「様子見は何もしないのと同じで、責任と変化を嫌う臆病者の愚行と思わないの? 確証がないからと言って動かず、なのに後から『やっぱりこうなったか』って言う人間って、最低だと思うのだけど」
「……………ごめんなさい。私めが浅はかでした」
正論だけど、辛辣過ぎてきっついなぁ。
「とにかく更生の障害にならない様、速やかに牽制を入れて頂戴。勿論兄さんに内密にした上で」
「了解しました。やって、みます」
見ず知らずの女子にいきなり説得か。
難題だな。
「美緒、この資料貰っていい?」
「どうぞ。管理には気を付けてね」
「分かった。持ち歩かずに家だけで見るから」
資料を見る限り、大月さんは話し掛けても無視しないタイプだ。中学では図書室で勉強している事が多いってあるし、そこを足掛かりにすれば。
「失敗しても責めないから」
「えっ?」
資料との睨めっこ中に美緒がぼそっと呟いて、また間抜けな返事をしてしまった。
「この場合では私よりもあなたが適任だから頼むだけで、真面目にやってもらわないと困るけど、……気負う必要もないから」
真顔で淡々と語り続けてきた美緒が、初めてしおらしい台詞を吐いてきた。
しかも視線を逸らしながらという照れた反応で。
もしかしてこれが、ツンデレという奴なのか?
いやでも素直になれないって特徴が正しい筈で、美緒は赤裸々に本音を喋っているから違う訳で、そもそもツンデレは実際にやられたらウザいって聞くけど、そんな気持ちには全くならなくて、嬉しいとさえ感じてしまった。
「分かった。気負わずに最善を尽くしてみる。頼ってくれてありがとな」
この答えに、美緒は無言で小さく頷いてくれた。この願いは押し付けられた訳ではなく、美緒の誠意が含まれている。だからこの〝更生計画〟を断る理由はない。それに大輔の問題が解消すれば、美緒の負担も減って全部いい方向に…
「話は以上。私は会計を済ませて帰るから、あなたはゆっくりしていって」
「ええっ!? じゃあ俺も帰る! 1人で行くな!」
止める間もなく荷物をまとめた美緒がレジに行ってしまったので、すぐに持つをまとめて後を追うと既に会計中だったので「ご馳走様です」という台詞を言う為に構えていたのだが、美緒がレジ横に置いてあるメニューを取り出してきて
「すみません。この和風スイーツケーキセット(3つ入り)、テイクアウトでお願いします」
「はい、968円になります」
バンッ!
即座に財布から千円札を取り出し、美緒より先にレジのトレー(カルトン)に叩き付ける。
「……………何のつもり?」
「これ以上奢られてたまるか! ……って、家族へのお土産だった?」
つい条件反射で止めちゃったけど、勘違いだった様だ。
流石にこれ以上奢られるなんて、
「いいえ、これはあなたへのプレゼント。この和風スイーツ、期間限定だそうよ」
「謹んで遠慮させてもらう! てゆーか俺に払わせて下さい! これ以上は重っ、
ゴスッ!
美緒の肘鉄が横っ腹に深々とめり込み、台詞が強制終了する。
「レジ前で騒ぐのは迷惑だから大人しくして。お騒がせしました。和風スイーツ買います。3セットで。はい、3セットの9個に変更で」
馬鹿な……、3セットに、追加……だと……………。
抗議しようにも不意打ちで決められた肘鉄のせいで全く息が出来ず、力が入らない。だがレジ前という目立つ場所でぶっ倒れる訳にはいかない。もう夕方でファミレス内の人も結構いるから、倒れたら営業妨害になる! 薄れゆく意識をどうにか保ち、後方の順番待ち用の椅子に辿り着く為、今にも崩れ落ちそうな足を引き摺っていき、酸素切れ寸前でどうにか座る事に成功した。
たった2メートル程の距離だったけど、本当にヤバかった。リングの隅でボコボコにされてダウン寸前になったボクサーが、ゴングに救われてギリギリ生き長らえたって感じだ。
どうにか息ができる様になった所で会計を終えた美緒が俺の膝にケーキ箱を3つ置き、叩き付けた千円札を俺の胸ポケットにねじ込んでくる。
「これは私の善意。このケーキが要らないなら、後で捨てるなり何なりすればいいわ」
いや、善意とか関係なく、1人暮らしにケーキ9個はカロリーオーバーです。
「あとファミレスの入口でお腹を抑えながら苦しそうな顔しないで。営業妨害?」
誰のせいでこうなったと!
ぶっ倒れる寸前で踏み止まったのに酷い言われ様だ! ダメージが予想以上に酷くて声が出せず、掠れた呻き声で抗議をしたら、美緒が密着する様に俺の真横に座ってくる。
「―――――っ⁉ ???」
ここまでハイレベルな異性との接触に、動揺が隠せない。更に美緒の左腕が俺の脇を掴んでから肩に2人分の鞄をかけて、右腕でケーキ箱3つを抱える様に上手く固定させてくる。
まさか……
「ふんっ」
力強い声と同時に、一緒に立ち上がった。女の子に支えられて荷物も全持ちされるという、この上なく情けない状態で。もう美緒と密着とか顔が近すぎて髪が触れているとか全部どうでもいい。
超恥ずかしい!
まだ回復してないけど、すぐにでも美緒の左腕を振り解…
「ケーキが落ちる。大人しく動いて」
美緒の抗議を受け、あえなく撃沈。そうして一部始終を見守っていたウェイトレスのお姉さん(オーダー時と同じ人)に、爆笑寸前な声で「ありがとう、ごじゃいました~」と噛み気味に見送られての退場となりました。
…………………………死にたい。




