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27歳

 新調したブーメランにも、かなり慣れてきた。


 何処までも吹き上がっていく海風を受けて秋空に浮かんだそれは、緩やかな円軌道を描きながら降りてきて、淡黄色の砂に刺さる。


 数秒後、落下地点に駆けていく白い相棒。円弧型のブーメランに向かって懸命に口を開くが、上手く咥えられなくて苦心している。幼犬の彼には、まだ少し大きいらしい。



「ねぇ、どうして手伝ってあげないの」



 オレの太腿の辺りから、不意に舌足らずな声がした。


 見下ろすと、小さな女の子の頭頂部が見えた。編み込んだ髪の先に揺れる、三日月の形をした飾り。モスグリーンのキルティングジャケットの裾から、木の葉の柄を散らしたアースカラーのワンピースが覗いている。


 暫時の躊躇い。こんな小さな子にどう接すれば良いのか、オレにはわからない。



「わかった。一緒に行こうか」



 相棒の側までゆっくり歩み寄り、ブーメランを取ってやる。だが、彼の興味は既に、オレの背後に隠れている小さな生き物に移っていた。オレを中心にして、女の子と白犬がくるくると追い掛けっこを始める。



「え…… チビ?」



 ゆったりとした口調がオレの記憶を揺らして、後ろを振り返る。長かった髪はショートになっていたけど、一瞬でわかった。少しはにかみながらこちらに向けられる視線も、あの頃のまま。



「いや、そいつはチビの孫だよ。チビ三世」


「びっくりした。そっくりね」


「あぁ…… 驚いたよ」



 しゃがみ込んだ彼女が差し出した手に、鼻先を近付ける三代目の相棒。ピンと立っていた尻尾が、左右に揺れ始める。相変わらず、犬の扱いを心得ている。



 女の子がブーメランを手に取ると、相棒の瞳が期待に輝く。


 しかし、小さな体格で扱える物ではない。両腕でブーメランを頭の上に抱え上げると「えいっ」という掛け声とともに少し前方の砂地に投げて落とす。相棒が不満げに身体を揺らして、その場で足踏みする。



「可愛い子だな」


「ん、ありがと」


「子供と旅行か。羨ましい」


「そうでもないよ。これからはあの子と、ずっと二人」


「……え?」


「別れたの」



 焦れったさに耐え兼ねたのか、口の端で辛うじて咥えたブーメランを引き擦りながら走り始める相棒。慣れない砂浜に足を取られて、上手く走れない女の子。一匹と一人の距離が見る間に開いていく。



「実家に戻るのか」


「ん、戻らない」


「どうして」


「さぁ? どうしてだろね」


「相変わらずテキトーだな。そんなのでちゃんと母親やれんのかよ」


「失礼ね。私だってちゃんと考えてるんだから」


「どんな風に?」


「だから…… もう一度、ここに住みたいって思ったのよ」


「……え?」


「あの子をどこで育てよっかなーって考えてたら」


「うん」


「ここの海が浮かんだの」


「……それだけ?」


「それだけ。いけない?」


「いや、いけなくはないけど…… やっぱテキトーだな」


「そんなことないって。ここなら大丈夫だって思ったの。母親の勘? 本能?」


「よくわかんねー」


「私のことはいいのよ。アンタはどーするつもりなの?」


「あ、オレ、いらないから。家庭とか、そういうの」


「もう良い年なんだからさ、ちゃんと考えたら?」


「……あ」


「なによ」


「顔から砂に突っ込んだぞ、お前の娘」



 海風に乗って、小さな泣き声が耳に届く。


 その様子に戸惑いつつ、少し離れた場所から眺めている相棒。反射的に駆け寄る彼女の後ろ姿は、やはり母親のそれだった。

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