22歳
日が落ちると陸地の気圧が海よりも高くなって、風は陸地から海へ、駆け抜ける様に吹き始める。
晩冬の夜の海面を蹴る、したたかな風の流れ。マフラーに口元を包みながら、彼女は懸命にオレと対峙していた。
「最近、気になってる人がいる」
「……あぁ、そんな気がしてた」
「その人、東京で就職するんだ。私について来て欲しいって」
「好きなのか、そいつのこと」
「……たぶん」
「そりゃ工務店勤務の高卒より、大学出てるエリートの方がやっぱりいいよな」
「違う。そんなんじゃないって」
「じゃ、なんだよ」
「だから…… 自分でもわかんないの」
二人の間を吹き抜ける風に、彼女のマフラーが緩んで舞った。
反射的にその先端を捕らえて、襟元にもう一度巻き付ける。彼女の唇が「ありがとう」と声に出さずに紡ぐ。
「ねぇ、チビは?」
「いま、姉貴が診てる。今夜あたり、峠かも知れないって」
「そう…… ゴメンね、こんな時に」
「あぁ、そうだな」
「……ねぇ、他に何か言うことないの、私に?」
「別に、ないよ」
「そんな……」
いままでになく強い潮風が吹き寄せて、言葉を継ごうとした彼女をよろめかせる。その二の腕を掴んで、海から離れた。緊張に強ばった感触を無視して、そのまま力任せに浜辺へと引っ張っていく。
「……わかった。じゃ、そういうことでいいのね」
「あぁ、いいんじゃねーの?」
雰囲気の良い雑貨屋、小洒落たセレクトショップや落ち着いたカフェ、そんなものは何もない場所。デートすると言っても、せいぜいが郊外に最近出来た大型ショッピングモールや、シネマコンプレックスくらい。そんなオレ達が、この海でどれ程の時間を過ごしただろう。
終わろうとしている時間を前に、投げやりな態度しか取れない。浜辺を離れようとするオレの足取りを察して、彼女が最後の言葉を掛ける。
「ね、キスして」
「……いやだ。いまそんな気分じゃない」
「わかるけど。でも、お願い。最近してくれてなかった」
「ん、ほら」
「ちがう。こんなのじゃなくて。もっとちゃんとしてよ、バカ」
「バカって言うな、バカ」
「……最後くらい優しくしてよ」
「最後とか言うな、バカ」
向かい合ったまま、後ずさっていく彼女。一歩、また一歩と広がる二人の距離。それに耐えられなくて、視線を先に逸らしたのはオレだった。
足に絡みつく冬の風を蹴散らして、チビのところへ急いだ。




