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電燈

作者: 炉谷義露

 居室で一人、静かに過ごす。音楽を掛けず、料理も為ず、更衣も行わず、一杯の冷水を携えて椅子に座って凝然と為て居る。

 陽光が未だ低く、大衆が一日を始める時分に私は既に然う為て居る。此れから何を為るでも、何処へ行くでも、誰に会うでも無い。今日の一日は、斯う為て過ごそうと決めた。

 隣人が出掛けて行く雑音が聞こえる。耳を欹てる様な事は為ない。呆然と過ごし、純然たる其の音を受け入れる。軈て自宅の正面に横断為る車道から、振動と騒音が響く。大型の車両が通ると斯うである。僅かに遅れて、荷台が軋む音も聞こえた。然う為る内に陽光は陰影を追い遣り、居室から眺める曇った硝子も明るく輝く。

 辺りは酷く閑静であった。唯一、何か資料が投函為れる音を聞いた。読まずに捨てると決まって居る。私は然う思った。軈て屋外から車両の警笛が聞こえる。市街の何処かで、誰かが鳴らしたのであろう。其れより先は考えなかった。少し許り寝たく為る。座り続けると云う事も、体力を擦り減らして行く。寤寐の何れに向こうかと暫く決め倦ねて過ごすが、図らず硝子を見遣ると屋外は既に変色を遂げ、陽光が傾き沈み始めて居る事を知った。決め倦ねて居ると思ったが、知らずに寝入って終ったのか知らんと思われた。

 採光は暖かく煌めき、私は少し許り寂しさを覚えた。私は此の一日、何を為て過ごしたろう。思い返そうと為ても、何も思い出せない。両手に包まれた食器を見詰めて居る自分すら、判然と分からない。然う為て居ると隣人が帰った様子である。私は其処で、再び寤寐の狭間に揺れ始めたが、今回は覚寤の勢力が盛んであった。私は静かに陽光が絶える光景を、眺めて居た。

 太陽が地平へ沈む頃、室内へ宵闇が這入って来る。然う為て、見えて居た室内は包み覆われ、太陰の気配を感じ取れる硝子が浮かび上がって見える。斯う為らば、既に時刻を知る方術は無い。私は椅子に座った儘、徐ろに電燈を見遣った。彼れを点ければ宵闇は忽ち遁走為、室内は明るく為る。私は、其れが分かれば充分であった。満足為た。電燈を点ければ居室が明るく為るのである。

 黙然と為て居ると、私は自分の神経が衰弱為て行く気配を覚えた。云い難い陥落の気分を覚える。脳髄が腐臭を放ち、視界が溶ける様に崩れて行く。然り乍ら、私は此れが幻覚であると悟って居る。私は弱って居るのであろうとすら、思い付く。然う思い付くと同時に、握り締めた食器を傍らの机上に置くと、眠り込もうと眼瞼を下ろした。開けて居ようと閉じて居ようと変わらない。便所へ行きたいと逡巡為る中で、軈て私は寝入って終った。

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