乙女ゲームの裏側で
夜、とある飲み屋にカラフルな五人の男達が集まった。
マスターに金を払い、飲み屋から出て行ってもらう。
皆が椅子に座ると、金髪の男が口を開いた。
「で、どうだった?」
その問いに黒髪の男が答える。
「王子、転生者で間違いないかと」
金髪の男は王族にしかない黄金の目を悲しそうに細めた。
彼はこの国の王子グラン・エドワード・アニール、彼の婚約者エリザベスがどうやら乙女ゲームの記憶が有るのかもしれないと思ったので調べるように頼んだのだが……
「やはりそうか」
その話を聞いていた隣の赤髪をした男が身を乗り出した。
「俺の婚約者は?」
「ランドルさん、転生者でしたよ」
黒の男はそう言い、報告を始めた。
「今日、王宮で調査対象者達がお茶会をしています。その中で『シナリオ』『乙女ゲーム』等の言葉を当たり前のように使っていたので転生者と判断させて頂きました。皆様の推測は当たっていたようです」
その言葉を聞いた宰相候補ルイス・ラザフォードは青い髪をかきあげ、ため息を附く。
「なるほど、どんなに暴言を吐いてもキャスリーンが耐える訳です」
いつかゲームのようにツンデレがデレる時を待っているのでしょう、と付け加える。
赤い目を淀ませてランドル・フィッツモーリスはその言葉に大きく頷く。
「ああ、アーリーンもそうだ」
「リノーラさんは違いますっ」
翠の目を潤ませてぼそりと言ったのはシリル・ハーネス。
そんな彼を珍しい紫色の目で見て、ハワード・ボーモンドは言った。
「ギレット嬢は心を隠すのが上手いですからね」
アルマもそのぐらい上手かったら言う事無いんですけれど、と悲しそうに微笑むハワード。
「そっちの方がいいじゃないですかっ!!」
叫ぶシリルにハワードは淡々と告げる。
「そうですねぇ、少しでもゲームと違った態度を取ると怯えられるんですがそれでもいいですか?」
王子グランもその言葉に頷く。
「優しくしたら何か裏があると勘ぐられる」
ゲームでは、ハワードにはヤンデレルートがあって王子は腹黒設定だったか。
しかしここは二次元ではなく、ご都合主義なんて物は無い。
ヒロインさえなんとかすればゲームのように愛してくれると思ったら大間違いだ。
悪役令嬢達はそれが分かってない。
彼女達はファンタジーの世界で生きている。
王子の隣にいることがどんな事なのか分かっていないエリザベス。
ゲームのように寂しい心を抱えていると決めつけているキャスリーン。
男のように振る舞う事でどんなデメリットがあるか考えていないア−リーン。
婚約者が自分を愛していないと思い込んでいるリノーラ。
自分の理想を相手に押し付けるアルマ。
「デリック、カトリーナ嬢はどうだ?」
王子に聞かれ、俺は沈黙した。
公爵令嬢カトリーナ・ドリューウェット。
『私はカトリーナじゃない』が彼女の口ぐせだった。
ゲームのカトリーナはデリックを溺愛し権力で束縛していたので、そうはなりたくなかったのだろう。
あるとき俺に会いに来てこう言った。
『ここから連れ出して』
ただの執事にそんなことできる訳が無い、そうただの執事なら。
俺は情報部隊の隊長、無理をすればカトリーナ嬢が死んだ事にもできる。
だからあれが彼女の最後の頼みの綱だったのだろう。
あのとき俺はそれに気づかず、執事として聞いた。
『それは命令ですか?』
彼女は死んだ魚のような目で微笑んだ。
『やっぱ駄目か』
それから彼女は俺を束縛する事を除いてゲームの設定通りに振る舞った。
そうすれば少なくとも乙女ゲームの舞台が始まるまでは生きられると転生者に語っているのを聞いた。
そして独学で魔法を学び、たまに屋敷を抜け出してユウナという冒険者になって血まみれになりながら魔獣を倒していると部下が報告して来た。
おそらく他の令嬢達とはまた別の意味でゲームに捕われているのだろう。
彼女はこう思ったはずだ、私はどのルートでも確実に死ぬ。
だったら『カトリーナ』じゃなくなればいい。
死んだ振りをして『ユウナ』になってしまえばいいと。
そういえば彼女の日記にこう書いてあった。
<死ぬのは嫌、だから人間として最悪最低になっても生きる! 何だって利用してやる!>
ああ、
俺は深く息を吐いて言った。
「バカですよ、いつも通り」
利用価値が高い俺が側にいるのに使わないなんて大バカでしょう。
物語はすでに始まっている。
さあ、ゲームをスタートしますか?
これからどうしよう……