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第8色目「二人だけの文化祭」

文化祭二日目。

いつもよりかなり遅くに登校した僕は、やけに静かな廊下を寝不足の体を引きずって歩いていた。

昨夜から急に冷え込むようになり、ベッドには厚手の掛け布団と一緒に毛布が敷いてあった。

夏からずっと開けっ放しだった階段の窓を閉め、僕の部屋には小さな電気ストーブを置くことにした。

スイッチを入れると、ジーンという電子音の後にチリチリと赤く染まっていくストーブ。

僕はベッドに横になりながらしばらく天井を見つめ続けた。

目に焼き付いている今日の風景。

心に焼き付いている今日の出来事。

音のない部屋に、僕の脈打つリズムだけが聞こえる。

張り出されていた僕らの『くんくん探偵』は他のどのクラスよりも出来がよく感じた。

それは自分のクラスのものだし、自分が制作に関わった訳だし、愛着があるのは当然の事。

でも、もっと他に特別な思いがあったのかもしれない。今までにない、特別な何かが。

僕らの学年が作った巨大貼り絵は文化祭終了後もしばらくは張り出されるという。

僕は毛布に包まりながら、目を閉じた。

たぶん眠りに入ったのは深夜の3時を過ぎてからだと思う。

新聞配達がやってくる音を意識の遠いところで聞いた気がするから。


教室に入ると既に誰もいなかった。今日は体育館やあちこちに作られたステージでの出し物がメインだ。


(えーと、午前中は体育館で演劇か。)


午前中は3年生による演劇、午後からは各ステージでのバンド演奏や吹奏楽部のコンサートがあって全生徒は今日一日それらを鑑賞して回る。

一日目と比べると歩き回らなくていい分、楽なスケジュールとなっていた。

体育館に入ると舞台上での前説が既に始まっていた。満員状態の客席を縫って、僕のクラスの席を探す。場内は薄暗く、パンフレットに書いてある座席割があまり見えない。

1年生が後ろの方で、2年生は前だってことはわかってるんだけど。


「おーい、ここだここだ!」


そー太が僕を見つけて手を振っている。


「遅いよー。早く座れ。お前の席、後ろだぞ。中林が教室の座席順に座れって言うんだよ。出席とるからって。こりゃ抜け出せそうにないなー。」


舞台の小さな明かりが全て消えて、舞台に大きなスポットライトが当てられる。場内にアナウンスが響く。


「3年4組による演劇、まもなく開幕です。」


僕の横の席が空いている。


「あれ。今日は休みか?」


前に座っていた委員長が振り向いて僕に言った。


「水嶋さん、体調悪いみたいで。朝は来てたんだけど今は保健室で休んでもらってるのよ。」


「そうなんだ。」


「後でまた様子見てくるわ。午後から参加できればいいんだけれど…。」


水嶋、大丈夫かな。

風邪をこじらせてるみたいだけど。

あっと言う間に3年生による演劇は終わり、午後からはそー太達と岡野が出演するバンド演奏を見に行った。女の子達が目を輝かせながらステージを見つめていて、轟音を生み出す岡野のギターは悔しいくらいにかっこよかった。

演奏終了後、案の定、岡野は女の子に囲まれ鼻の下を伸ばしていた。

そー太とブランカは違うステージで行われているダンスイベントを見にいくといって途中で抜け出し、僕一人が会場の隅っこでうなだれながら嬉しそうな岡野を眺め続けた。

時計が16時を少し過ぎたところで、僕は席を立ち、会場を後にした。

巨大貼り絵の前を通って、中庭を通って、渡り廊下を歩く。

遠くで吹奏楽部の演奏が聞こえている。

いつの間にか、僕は保健室の前に立っていた。

中では養護教諭の日高先生がパソコンに向かいながらプリントを作成していた。


「あら、どうしたの?」


「いや、水嶋。大丈夫かなって。」


日高先生はニコリと笑って奥のカーテンを指差した。


「さて、私も体育館にいかなくちゃ。中林先生、今頃緊張してるだろうね。」


「はい。そうでしょうね。恐らく。」


「水嶋さん、もう起きてると思うわ。声かけてあげて。じゃ。保健室出るとき鍵はかけなくていいからね。」


日高先生はそう言って出ていった。

風に吹かれてヒラヒラ揺れているカーテン。夕日が射し込んでオレンジ色の空間は、文化祭のことを忘れてしまうくらい静かな場所だった。


「水嶋、大丈夫か?」


カーテンを開けるとベッドに腰掛けた水嶋が窓の外をじっと眺めていた。

その視線は真っすぐ空を見上げている。

昨日見た、楽しそうな水嶋の影はどこにもなくて、すごく寂しそうな表情をしていた。


「肝心な時にね、こうなっちゃうんです。」


力ない声が僕を通り抜け、それからなんて声をかけてあげればいいのか、僕にはわからない。


「どうでしたか?今日は。」


「え…。うん。普通かな。」


何か気の利いた言葉をかけてあげるべきが、何故か空っぽの感情を吐き出すことしかできない。

水嶋を元気づける為にやってきたのに、逆に気を使わせてしまっている自分が情けなくて、恥ずかしかった。


「私も、見たかったなぁ…。」


「もし、大丈夫そうならさ、合唱見に行かないか?今からでも間に合う。」


水嶋と目が合った。

長い前髪をサラサラと風が撫でていき、涙が流れていくのを僕は確かに見た。

グラウンドから聞こえるアナウンス。もうすぐ先生達による合唱が始まるという。重なるようにして、水嶋の声が僕の中に入ってきた。


「どうして、私と仲良くしてくれるんですか。」

「どうして…優しくしてくれるんですか。」


水嶋の手のうえに涙が落ちていく度に、僕の心臓が熱く熱くなっていくのを感じる。

水嶋は泣いていた。

射し込む夕日がさらに部屋をオレンジに染め上げ、僕達の表情を隠してくれたおかげで、僕と水嶋の視線はそれ以上合わさることはなかった。

握り締めた拳がどんどん堅くなって、汗ばんでいくのを感じていた。


「水嶋。今日はもう帰ろう。途中まで、帰ろうよ。」


こんなことしか言えない。そんな自分に腹が立つ。

フィナーレを迎えている文化祭の声を背にして、僕達は黙ったまま、並んで歩いた。

時々、僕と水嶋の歩く早さが合わなくなる。

日が沈んで、だんだん空が紫色に染まっていく。

こういう時、僕はどうすればいいのだろう。

もうすぐ僕の家が見えてくる。そういえば、水嶋の家はどこなんだろう。

ここから遠いのだろうか。


「あ、俺の家すぐそこなんだ。学校から結構近いでしょ?」


水嶋は黙ったまま俯いている。


「お前んちの近くまで送っていくよ。」


水嶋は大丈夫です、と言ったが、この先の公園まで送っていくことにした。

街灯が灯りはじめ、辺りはすっかり暗くなっていた。友達と別れて、急ぎ足で帰っていく小学生。


「ばいばーい。またねー。」


僕らが歩いてきた川沿いの道を走りながら遠くに消えていった。

水嶋がそっと口を開く。


「転校してきた時は、みんなに話し掛けてもらってすごく嬉しかったんです。」


「うん。」


「でも、私から話し掛けることがどうしてもできなくて。」


「…うん。」


「もっと…仲良くなりたいのに…。」


水嶋は立ち止まった。

気付けば、もう公園の入り口まで来ていた。

水嶋は俯きながらカバンをギュッと抱きしめ震えていた。街灯に照らされた涙が足元に落ちていく。


「寂しいよ…。」


初めてだった。

水嶋がこんなにも感情を表に出しているのも。

水嶋の本音を聞いたのも。

辛くて、苦しくて、寂しくて。

本当はずっと前から壊れそうになっていたんだろう。それでも、頑張って、自分なりに周りに溶け込もうと努力してたんだ。

人一倍周りに気を使って、人一倍周りを感じて。

一人で背負いこんで。

誰だって一人は寂しい。

誰だって。


「俺は友達じゃないのか?」


「え…?」


驚いた表情で僕を見ている。


「俺の友達は里乃だ。だから、里乃は一人じゃないと思う。」


昨日はあんなに楽しそうに笑っていた。

すごく楽しかった。

だからもう、里乃の見せる悲しそうな、寂しそうな顔は見たくなかった。


「俺の友達は水嶋里乃です。だから、水嶋里乃の友達に俺はなりたい。」


「うん…うん!うん!」


「もう寂しくないから。寂しくなんてさせないから。絶対に。」


「うん…ありがとう。」


「でも俺はずっと里乃の事友達だと思ってたんだけどなー。」


里乃はえへへ、と笑った。涙をいっぱい浮かべながら。


「そうだ、里乃。学校行こう!学校!」


「え、もう文化祭終わってると思うけど…。学校も閉まってるんじゃ…。」


「そんなの忍び込んじゃえばいいんだよ。まだ文化祭は終わってないよ!とりあえず里乃、懐中電灯持って来い。ありったけの懐中電灯。」


「懐中電灯?」


「くんくん探偵をライトアップしよう!俺も懐中電灯持ってくる。あと部室に発電機があったはず。それ使えば…。」


――聞こえてますか?

水嶋里乃は友達ができました。とってもとっても大切な人です。

これから2日目の文化祭が始まります。

二人だけの文化祭。

もうすぐ、集合の時間です。

楽しい文化祭になればいいな。

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