第6色目「その笑顔」
「えー、いよいよ明日から文化祭や。二日間あるから各自、自由に校内を回ってくれ。ちなみに二日目は先生達の合唱があるから見にきてや。以上。」
中林先生がそそくさと教室を後にした。ここ最近、先生は教職員達による出し物『合唱』の練習に駆り出されているようで、帰る前のホームルームがいつになく淡泊だった。野球に全てを捧げてきた人だ。歌なんて文化的なものは先生の守備範囲外なのだろう。
今からもう既に緊張している様子が伺える。
僕はというと今日から三日間、部活は休みになり授業もない。今日は文化祭の準備ということで朝からテント張りを手伝わされたり、今年のテーマである『Enjoy Life』と書かれた看板を校門前に飾り付けたりと力仕事ばかりやらされていた。
中林先生の指示による強制労働を強いられていたのだ。
すっかりお祭りムード一色になった校門をくぐり、振り返って校舎を見上げる。こう眺めていると意識しなくても自然とワクワクしてくるのは何故だろう。
そー太とブランカは久々の休みに歓喜し、大量の小銭を握り締めてゲームセンターに消えていった。
今日は死ぬまで遊ぶ、と言っていたが、彼らなら死んでからも遊んでそうだ。
タカさん達はファーストフード店でおやつを食べてからまた学校に戻って準備をやらされるそうだ。
誰も捕まえることができなかった僕は仕方なく帰ることにした。
「お、今帰りか?」
岡野がギターを抱えて校舎から出てきた。
ギターなんて持って、今から駅前に出て小遣い稼ぎでもするのだろうか。
「いやいや、俺軽音楽部だし。二日目の出し物の時間にバンドやるってこの前言ったやんか。体育館でやるからな、来いよ。」
二日目は中庭で吹奏楽部の演奏会、体育館は3年による演劇と個人による出し物のステージになっている。ダンスやバンドなど、学生生活を青春色に染めてしまうための魔法の空間を提供されるのだ。
バンド演奏なんかした日には、どこかしらの女の子からお声がかかり、そのままくっついてしまうというのが毎年の事らしい。
岡野もまた、その輝かしい毎年にあやかろうとする一人であった。
ちくしょう羨ましい。
「一緒にかえろーぜ。」
岡野と一緒に歩きだした。
「そういえば、お前んとこの絵すごいな!くんくん探偵!」
岡野が笑っている。
「いやー、でも懐かしいよ。上手にできてるもんなぁ。」
「あれは僕達の努力と才能だ。」
僕は頷きながら言った。
「何言ってんだよ。お前ら、なんもやってないだろうが。なんもやってないからあそこまで完成度が高いんだ。」
岡野がケラケラ笑いながら背中をバンバン叩く。
「アホか。俺も渾身の芸術性を振り絞って色づけをしたんだぞ。」
「うそつけ。水嶋さんがずっと一人でやってたぞ。」
「え?」
なんだって?
「だから!放課後、ずっと水嶋さんがやってたって。俺バンドの練習で何度かお前のクラスの前を通ったんだけど、いつもやってたぞ?委員長とか美術部の川村とかさ、あと何人かと一緒にやってたみたいだけど。みんな部活の日は一人でやってたなぁ。」
他のクラスから大幅に完成が遅れていたうちのクラスだったが、わずか三日ほどの間に驚異的なスピードで仕上がっていったのを覚えている。時間が比較的自由に使える文化系クラブのやつらを委員長と中林先生が集めて完成まで持っていったとばかり思っていた。
放課後になれば委員長がスケジュール表を持って川村や水嶋に相談しているのを見ていていつも、すまん、と思いながら部活に向かっていたからだ。
(水嶋、頑張ってるよなー。)
そー太が言ってた事を思い出した。
「なんで気付かなかったんだろ。」
「え?なに?」
岡野が聞き返す。
「なんでもない。」
少し早足で家路を急いだ。
目の前にあるものを、ただ何となくこなしていた。
勝手にそれは現れて、消えていくものだと思っていた。何も面白くない、自分でラインを引いてすぐに背中を向けた。
自分が少し高いところから周りを見ている感覚。
でも。目の前にあるものに対して、一生懸命頑張っている人がいるのにどうして?
それは誰かの為?
自分の為?
(楽しい文化祭にしたいですね。)
水嶋が僕に言ってた事を思い出す。
なんだか、胸の辺りが熱くなって、ヒリヒリと痛かった。
――文化祭当日。
校門をくぐると他のクラスの生徒や他学年の生徒が演劇の衣裳、出し物の小道具などを持って走り回っていた。本番前の慌ただしい雰囲気を感じて、今日はお祭りなんだな、と再確認した。
一旦、教室に集まってからは各自好きなように見て回る事ができ、夕方の下校時間まで自由に過ごすことができる。一日目は屋台やクラブの出し物、展示物がメインでこれと言って盛り上がりに欠ける部分があり、まぁ放送部が視聴覚室で行う映画上映くらいが一番無難なとこだろう。
もちろん先生達の監視も緩いので、こっそり抜け出して姿をくらます輩も出てくる。
僕も抜け出して帰りたいが。
「おーい、どこいくー?」
そー太がパンフレットを持って近づいてきた。
「タカさんとかブランカ達と焼きそばでも食いにいくかなー?」
「すまん、そー太。お前らだけで行ってきてくれ。」
「え!?なんで?」
そー太が目を丸々にして驚いている。
「いいから。ほら、行け。」
首をかしげているそー太を見送り、教室に戻った。さっき登校してきたばかりの、その人の席へ真っすぐ向かい、僕は声をかけた。
「水嶋、よかったら一緒に行かないか?」
席についたばかりの水嶋がキョトンとしてこっちを見ていた。
「あ、もう先客がいるなら…いいんだけど。もしよかったら…と思って。」
委員長が水嶋に声をかけようとしていたのに気付いて、思い切った事を言ってしまったと少し後悔したんだ。
でも言えてよかったと思う。
水嶋のあの笑顔。
こいつがこうやって笑うのを見るのはなんだか随分久しぶりのように感じる。
「はい!」
グラウンドの方から、もう賑やかな声が聞こえている。
委員長は少し微笑んで教室を静かに出ていった。
楽しい文化祭になればいい。
素直にそう思った。




