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第5色目「イメージ」

文化祭での制作物が堂々決定し、大きな板に大きな画用紙が貼り付けられ、なんとも愛らしい『くんくん探偵』がこっちを指差して犯人はキミだワン!と決めゼリフを言っている。まだくんくん探偵は折り紙を貼りつけていない下書きの段階であって、これからこの巨大くんくんに命を吹き込んでいくのかと思うと軽い目眩さえ覚えるのであった。

主に放課後やホームルームの時間を利用して、少しずつ下書きの絵を完成させていき、僕も昔に使っていたくんくん探偵のぬりえを押し入れから発掘し、資料として作画に加わったりもした。絵心という難解なものを今一つ理解していなかった僕は美術部の女の子に何度もダメだしされ、ついには真っ白なくんくんに赤、青、黒といった配色支持を書き込むだけの役まで降格していた。

皆それなりにではあったが文化祭へのモチベーションが高まりつつあり、本当にそれなりに準備というものを楽しんでいたのだと思う。


ある日の放課後、スパイクを教室に忘れていた僕は練習を抜け出し、急いで階段を駆け上がった。

教室に入ると水嶋が一人、ほうきを持って掃除をしていた。


「あれ、お前だけか。」


スパイクを取って水嶋に声をかけた。

毎日放課後には巨大貼り絵を作成する当番が決められていて今日は水嶋を入れて六人の当番が貼り絵を作成しているはずだった。

他のやつらはどこにいったんだろう。

水嶋が掃除をしながら言う。


「みなさん部活があるみたいで。私は部活入ってないから後は私がやるって言ったんです。あの、それに、私くんくん書くの得意だから。」


そっか、と言って壁に立て掛けてある巨大貼り絵を見た。

そこには見事なまでに犯人はキミだワン!!と会心の台詞を決めるカッコいいくんくん探偵が描かれていた。水嶋が大まかな全体像や細かい修正を入れたのだろう。まるで今にも動きだしそうなくんくん探偵の下絵が完成していたのだ。


「うん。くんくん探偵よりくんくん探偵だ。お前すごいよ。」


水嶋はえへへ、と笑った。

その後、ホームルームの時間を利用して、いよいよ巨大貼り絵に色をつける日がやってきた。いつものように教室はお祭り騒ぎのような状態で真面目に作業に取り掛からないやつがほとんどだった。今あるだけの折り紙や糊だけじゃとても分量が足りず、委員長と中林先生を含めた有志達が買い出しに繰り出していたからだ。

教室の真ん中に画用紙を広げ、大きめにちぎられた折り紙をペタペタと貼っていく。そー太がちぎる折り紙は異様に大きく、横にいる僕がそれを更にちぎり直して貼っていった。

5分もたたないうちにそー太は集団から外れ、不良軍団に交じってどこかへ行ってしまった。

正直そー太はいてもいなくてもいい状態だったので引き止める理由はない。


しばらく作業を進め、僕はトイレに立った。

廊下に水嶋が一人黙々と折り紙をちぎっている。大きな缶に山盛りになっているちぎられた折り紙。

赤の缶、青の缶。

僕らのダラダラした作業が追い付いていたのはこいつが裏で大量のちぎった折り紙を用意していてくれたからだった。


「水嶋。もう大丈夫じゃないかな。中に入って一緒にやろう。」


他のクラスに比べたらかなりの遅れ具合であったが、なんとかくんくん探偵の顔の部分に色を付けることができ、あとは体の部分に色をつけて仕上げといったところだ。

委員長と水嶋、美術部の川村が折り紙をどんどんちぎっていって、僕らがくんくんに色をつけていく。

文化祭一週間前を迎え、いよいよくんくん探偵が完全に近い形で姿を表していた。

昼休み、食堂ダッシュを見送って、いつものようにタカさんとそー太と隅っこの席で丼物をかき込んでいた。


「おまえらのクラス、なかなかええやん。くんくん探偵懐かしいな。」


タカさんがニコニコしながら言う。


「だろ?もうめっちゃすげーだろ!」


ほとんど何もしてないそー太が言うと無性に腹が立つ。


「うん、すごいわ。うちなんか全然おもんないよ。どっかの画家の絵らしいけど。くんくんとかの方がいいよ。思い入れがある。でも綺麗に書けてるなぁ。あれお前が書いたんだろ?」


タカさんが箸をくるくる回しながら語る。

僕はあくまでアイディアを出しただけで、くんくんを忠実に書いたのは水嶋だと伝えた。


「水嶋?ああ、転校生!へぇー、絵上手な子なんやな。すごいなぁ。」


タカさんはとにかく何でも褒める。実際、水嶋のくんくんは傑作だが。

食後、いつものようにそー太と中庭でジュースを飲む。


「水嶋さぁ、頑張ってるよな。」


そー太がベンチに寝転がりながら呟く。


「なーんかさ、水嶋ってとっつきにくいんだよなぁ。自分からは絶対喋らないし。」


その節はある。決して自分から発信しようとはしない。常に受け身で待っている感じだ。話し掛ければ話してくれるが。

やはり僕が感付いていたように、そー太も気付いていたのだろうか。


「お前、仲いいよな。何話してんの?水嶋の考えてることよくわかんなくってさぁー。話し掛けてやりたいんだけどね。」


そー太の優しさだった。

やはり水嶋はクラスに溶け込めていないようであった。あいつがよく一人でいるところを見かけている。その時に見せる寂しそうな顔をそー太も見たことがあるのだろう。

しかし周りの見解からすれば水嶋はとっつきにくい、というイメージを持たれていて、そー太は誰かしらにその話をされて、そー太自身も持っていた苦手意識が徐々に表に出てきてしまっていたのだろう。

そー太はヘラヘラして頼りなさそうにみえて、一番周りの事をよく見ていた。そー太の優しいところが、そっと僕への伝言のように感じた。


「くんくん、もうすぐだな!ちゃんと完成させような。俺もそろそろ真面目に手伝うわ。お前じゃなくて水嶋だろ?くんくん探偵のアイディア出したの。」


そー太は大きく背伸びをして、呼び出しがあるから、と職員室に向かった。

僕はいつもより早めに教室に戻ると水嶋が頬杖をついて窓の外を眺めていた。吹き込む秋の風が線の細い水嶋の髪をサラサラ撫でていく。

水嶋の机には薬を入れるケースが転がっていてカプセルと大小形の違う錠剤が入っていた。


「結構遠くまで見えるだろ?」


僕は席に戻って窓の外を眺めた。


「あの大型スーパー、いつもバルーン出しててそれがゆらゆら揺れるのをいつも授業中に見てんだよ。いつまで閉店セールやるつもりなんだろね。もう半年だぞ。」


水嶋がクスクス笑う。


「お前、風邪でもひいたか?薬飲んでるみたいだけど。大丈夫か?」


水嶋は少し慌てたように薬をカバンの中にしまい込み、大丈夫です、と笑う。

窓の外を眺めていた水嶋。やっぱり寂しそうな顔をしていた。

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