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第4色目「Enjoy Life」

放課後。

グラウンドを見下ろしていると、そー太が気だるそうによちよちランニングをしている。そー太の後ろにブランカが意地悪そうな顔して付いていく。

ブランカはそー太と同じく野球部の友達で、クラスは違うけど小学校からの付き合いだ。

ある格闘ゲームにブランカというキャラクターがいてこいつを使うブランカは鬼のような強さを誇る。

他のキャラクターを選ばせたら全然弱いんだけど、何故かブランカを使った時だけは鉄壁の防御と目にも止まらぬ攻撃を繰り出すのだ。その異常な強さは地域を駆け巡り、いつの間にかこいつはブランカと呼ばれるようになっていた。

僕もそー太もブランカもタカさんも、小学校の草野球少年団に所属していて、それはもう毎日バカなことばかりしていた。

練習なんてまともにした日はない。

集まる場所があったからそこに集まったまでだ。

要するに僕らは暇だったのだ。


お、ブランカが気だるそうなそー太にシャドウピッチング用のタオルでピシピシやり始めたみたいだ。

恐らくあのタオルはあらかじめ濡らしてあって攻撃力を上げているはず。あれは痛い。

中林先生がいないと練習はただのお遊び状態だ。

そんな中、タカさんは真面目にバッティング練習をしている。

練習試合、そろそろだもんなぁ。


「あの、きいてますか?」


視線を戻すと水嶋が困った顔で僕を見ていた。

聞いてなかったと言うと水嶋はもう一度問題を初めから読み始め、ゆっくり文章を拾いながら解説してくれた。


「こういう形の問題はこう考えれば解けるんです。ほら、この応用問題も。」


僕は一週間後の再テストに向け、放課後の少しの時間を利用して水嶋に勉強を教えてもらっていた。

少しも理解しない、いや、理解しようとしない僕に水嶋は何度も何度も丁寧に教えてくれた。

それを毎日だ。

優しい水嶋に甘えていたんだと思う。

顔色ひとつ変えずに協力してくれるこいつに。

転校生だからまだ大きな顔は出来ない、ある程度は言うことを聞いてくれる、といった最低な考えもあったのかもしれない。

勉強を教えてもらえるから、じゃなくて、支えてくれるから。ここに僕の意地らしい気持ちが入り込んでいた。


時計が17時を回り、少し空が紫色に染まり始めた。

僕は水嶋に、そろそろ部活に出る旨を伝え、準備をして席を立った。

また明日も…と言いかけたとき水嶋は「はい。もちろん。」と笑顔でこたえてくれた。


「60点、絶対取ってね。」


水嶋はグラウンドとは反対にある校門側の下駄箱に続く階段へと姿を消した。

僕はグローブを取り出して急いでグラウンドへ向かった。

タカさんが言う。


「ノックするで!はよポジションについてや!」


あの忌々しい夏休み明けテストの返却から一週間が過ぎ、西日が差し込む教室で僕は再テストを受験していた。

計算が少々厄介であったが、水嶋が最終手段と言って教えてくれた「こう書いてあればこの公式。こう問われたらこの公式。」と犬にもわかる覚え方のおかげで何とか空白を埋めることができた。

返却された再テストは大きく62点と朱入れされており、中林先生にやればできるんです、と言ってやったが、あっさり「やれて当たり前。」とカウンターをもらった。

水嶋にも報告した。


「よかったですね。」


にっこり笑ってグラウンドとは反対側の階段に消えていった。

どうにかレギュラーの座を守り切り、練習試合に向けてそろそろ真面目に練習に取り組もうと思った。

グラウンド前の掲示板には文化祭の貼り紙がもう貼りだされている。


「☆Enjoy Life☆」


月並みなテーマだ。

昼休みにいつもの丼物で胃袋を満たし、ポケットに密かに忍ばせておいたフルーツグミを食べながら自販機でジュースを買った。


「お前、ほんとジンジャーエール好きやなぁ。」


声をかけてきたのは岡野だ。僕の家のすぐ近所に住んでいる。同じ町内ってこともあり、小さい頃は地蔵盆や地域の餅つき大会などでよく一緒に遊んでいた。

小学校の時は一度も同じクラスになることはなく、話す機会も少なかったが、中学一年時は同じクラスになり、また昔のようにボチボチと遊ぶ関係に戻っていた。


「俺もジュース飲も。」


岡野はカルピスを押すと同時にオレンジスカッシュのボタンを連打し、原液をミックスさせて見事オレンジカルピスソーダを作り上げた。


「転校生はどうよ?」


どうよって言われても。

普通にやっておられますよ、ええ。


岡野は「そりゃよかったよかった。」と呟いて次は体育だからと早々中庭から去っていった。


教室に戻ると水嶋が一人席に座っていた。

小さなお弁当箱を緑のハンカチで包んでいる。


「あ。」


カランと落ちたのは小さな丸いフォークだった。

へぇ、懐かしい。小学校の給食の時に使っていたスプーンフォークだ。よくこれでカチカチのピーナツバターをペンペン叩いて柔らかくしたもんだ。水嶋のスプーンフォークは小学校の時に支給されたシンプルな銀色のタイプではなく、プラスチックになっていて女の子らしい薄いさくら色をしており『くんくん探偵』というキャラクターが犯人はキミだワン!とこちらを指さしている柄だった。


「あの、すみません。ありがとうございます。」


水嶋はスプーンフォークをお弁当箱と一緒に包み込むと、いそいそとどこかへ行ってしまった。

文化祭がいよいよ近づいてきており、2年生は各クラスで大きな一枚絵を作る事になった。

うちのクラスはただ絵だけじゃおもしろくない、ということで折り紙を使った巨大貼り絵を作成することになった。


「えー、巨大貼り絵ですが。何を作りますか?」


委員長が前に出て意見を求める。

中林先生はピカソのゲルニカなんかどうだろう、とアイディアを出していたがいまいちゲルニカを理解していなかった生徒からは良い反応はもらえなかった。


「あのドラマのロゴにしようやー!」

「富士山とかでいいんちゃう?」

「もう先生の似顔絵とかでええやん。」


「はーい、面倒くさいからやめませんかー?」


そー太がまた調子に乗って委員長に指される前から立ち上がっている。


「やめません。はい次。」


委員長がそー太を一刀両断した。教室が爆笑の渦に巻き込まれる。

なんだか、決まりそうにないなぁ。

僕はうわの空で椅子をキコキコやっていると水嶋が俯いて手を前に組んでもじもじしているのが見えた。


お前、なんか良い案ある?


水嶋は「あの。」を五回くらい繰り返してた。口癖なのだろう。


「くんくん探偵…とか?」


なるほど。あのスプーンフォークといい、こいつはくんくん探偵が好きなんだな。

「それ言えば?」と、僕が言うと水嶋は首を横にぶんぶん振った。


「あの。ただの思い付きだから。くんくん探偵は子供向けの人形劇だし。みんな嫌がると思うから。」


だそうだ。


「何か意見はありませんか?」


委員長がいい加減腹立ってきているのがひしひしと伝わる。

中林先生も委員長の苛々に気付いているらしく、早く意見を出さないか、と教卓をコツコツ蹴っていた。


「あーもう。なんでもいーよー。お前なんかないのー?」


そー太がこっちを見ている。先生も。委員長も。

みんなも。


「くんくん探偵。」


頭にくんくん探偵がぐるぐる回っていて、つい口走ってしまった。


「くんくんって、あのくんくん?」


そー太がニヤニヤしている。


「アハハ!可愛いやん!くんくん探偵!」


右斜め前の彼女が腹を抱えて下品に笑っている。


「かわいいやん!」

「おー懐かし!俺むかし見てたぞ。」

「簡単そうだし、よくない?」

「くんくんにしよーぜ」


教室が一気にうるさくなった。皆口々に思い思いの言葉を口に出すから誰が何を喋っているのかもはやわからない。


「静かに!決定でいいですか!?」


委員長が明らかに苛々していた。

無理もない。とっくに掃除の時間をむかえているのにホームルームがダラダラと延長してなかなか終わる気配がなかったからだ。

あぁ…くんくん…。

僕は頭を抱えながら静かに席についた。


「くんくん探偵になっちゃった。」


水嶋はすごく嬉しそうだ。

時折見せる笑顔よりも、一段と大きな笑顔だった。

委員長が黒板に大きく書いた。

『ピカソのゲルニカ』と書いてある横に大きく花マルをつけて。

くんくん探偵。

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