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第3色目「6の10倍」

五時間目のホームルームが終了するころには、僕の横の席に人集りが出来上がっていた。


「りのちゃんっていうんだ!珍しい名前よね?」

「水嶋はどこから来たん?」

「転校生は男って噂やってんで!びっくりしたわぁ。」


思い思いの言葉をそんなフルテンションで投げつけられたら誰だって答えるのは無理だろうに。

僕は席を立って窓の側に避難することにした。

教室一番奥、一人余り席の僕を中林先生が指差して、一つ席を作るように、と指示された。

水嶋さんの自己紹介が続く中、僕だけが廊下に出されていた机と椅子を教室に持って入り、新しい席を作った。自由度が極めて高く、皆から羨ましがられた特等席に一つ机が入っただけで、妙に変な気分だった。

サッカー部連中が出会って一時間も経たない女の子に、もう親しそうに話している。よく見たらその中にそー太が嬉しそうに加わっていた。

次々浴びせられる質問のマシンガン攻撃に、水嶋さんは丁寧に一つ一つ答えていた。

六時間目開始のチャイムが鳴って、やっと座るスペースができた僕は静かに席についた。


水嶋さんが申し訳なさそうに言う。


「あの。ごめんなさい。」


僕は大丈夫と返事して、まだ教科書が全部揃っていない水嶋さんに机をくっつけて英語の教科書と今までのノートを見せてあげた。

水嶋さんは自分のことを『りの』と呼んでって言ってくれたが、何か無性に恥ずかしく、水嶋って呼ぶよと愛想無く言う僕に笑顔で返事をしてくれた。

最初教室に入ってきた時は地味で暗そうな印象だな、と思っていたけど明るくて素直な良い子ってのが今の印象だ。

なんだかホッとした。


ふと、突き刺さる視線を感じて教室を見渡したら、そー太が梅雨よりもじめじめした目でこっちを見ている。

もう奴は水嶋の事を自分の所有物か何かだと思っているらしい。

放課後にも質問ラッシュがくることを粗方予測していた僕は水嶋に、そんなに一つ一つ答えなくていいんだよ。と言ったのだが、彼女は「話し掛けてくれるの、すごく嬉しいですから。」と笑顔で答えた。


案の定、放課後の僕の席は水嶋里乃質問コーナーへと成り果て、僕は巻き込まれる前にそー太を引っ張って部活に向かった。

中林先生の「仲良くしてやってな。」という言葉と、水嶋が自己紹介最後に小さな声で言った「仲良くしてください。」の言葉を思い出し、すごく楽しそうに質問に答える水嶋の姿を見て僕はなんだかすごく嬉しくなった。


しかし数日後、事件は起きた。

起きてしまったのだ。

夏休み明けテストが返却され、僕は限りなく0に近い点数を獲得した。もちろん野球部顧問の中林先生はホームルームで激怒し、一週間後の再テストで60点以上とらないとレギュラーからの降格と、土日の練習日には一人教室で問題集を延々解いていく補習を言い渡された。力なく席に戻った僕は、水嶋になんとなくどうやって勉強しているのか聞いてみた。


「大丈夫ですよ。パターンさえ覚えちゃえば。」


パターンがわからないから僕は頭を抱えているのだ。


ふと水嶋の答案が見えた。

10点?


なんだ、こいつも馬鹿なんじゃ…


よく見たら0が一つ多かった。水嶋はこの学校に入ってきて早速満点を叩きだしていたのだ。僕が100点を出した記憶といったら小学生の生活の時間。カエルについて熱い気持ちを述べた作文で100点をもらったことがある。

ちなみに90点以下の子は一人もいなかったわけだが。

僕は世界が終わったかのように水嶋に愚痴った。それはもう愚痴ってやった。

水嶋はいつも通り、一つ一つ言葉を噛み締めながら、うんうん、と頷いてる。

お前の言うそのパターンさえわかればな。

僕は渋々部活の用意をして席を立った。

水嶋が「あっ」と言って僕を呼び止めた。


「一週間後に60点…ですよね?」


その通り。いまの点数を一週間後に約10倍に持っていかなくちゃならない。


「もしよければ、その…。」


手を前に組んで俯いている。こいつが滅多に自分から発信しない性格なのはなんとなくだがわかっている。何か主張したい時にこういう格好をするのが水嶋の癖なのだろう。


「わからないところはどこですか?」


「全部。」


水嶋はえへへ、と笑った。

長い前髪が目を隠してよく表情を確認できなかったけど。たぶん笑ったんだと思う。

どんな手段でもいい。

僕は一週間後に60点を取らなければならない。

頼むぞ、水嶋里乃!

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