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第14色目「僕が得たもの、そして」

入道雲から姿を現した太陽がどんどん地上に近づいてくる。

セミの声が耳に入って、この街を騒々しくさせた。

刺さるような陽射し、肌にまとわりつく湿気。

僕の家の窓は全て解放され、扇風機が一台、僕の部屋にやってきた。

あんなにも嫌っていた夏ってやつだ。

でも今年は少しだけ、いつもと違った。少しだけ。

テストが終わると部活は息つく暇もないほどで、一日のほとんどの時間はユニフォームを着て過ごした。

そー太やブランカと、これでもかと言うほど毎日顔を合わせる事に、いい加減うんざりもしていたが、中林先生の気合いの入りようと周りの高いモチベーションによって、自然と僕の中にあった火種は勢いを増して燃え上がっていった。


「よーし、ダッシュ10本行ってこい!その後は素振り300本や!」


「はい!」


焼けるようなグラウンドに、夏が降り注ぐ。


――8月頭に開催される夏の大会。その予選が地元の市民グラウンドにて行われる。一回戦は、奇しくも冬に練習試合を行ったあの隣町中学だ。


「前回の試合を思い出せ!」


中林先生はそれだけ言ってプレイボールを待った。

努力した分だけ、結果がついてくる。中林先生がいつも僕達に言っていた言葉を胸に、予選が始まった。


一番打者のそー太が出塁し、二番がそー太を二塁へと送る。三番のヒットにより一、三塁となった時、相手チームは四番のタカさんをバッターボックスに迎えた。練習試合と同じ展開に、タカさんの顔が少し強ばっている。


「タカさんなら大丈夫。リラックス。」


僕はバッターボックスに向かうタカさんを見送った。

誰よりも真面目に頑張ってきたタカさんなら、きっと打てる。僕は信じていた。


――試合終了後、控えめにガッツポーズをしている中林先生を見て僕らは少々驚いていた。普段こんな感情表現はめったにしない人だからだ。


「よくやった。お前等の頑張りで勝てたんや。」


それは、公式戦での初勝利だった。

それから波に乗った僕らのチームは順調に勝ち進み駒を進めていった。

勝つたびに中林先生のガッツポーズも大きくなり、僕達の自信も大きくなっていった。

努力した分だけ、結果がついてくる。

この言葉がとても力強く、頼もしく感じた。

準決勝を勝利で飾ったその日の夜。僕は里乃と会った。文化祭の時、二人で話したあの公園で。どうしても僕は、準決勝で勝てた事を里乃に伝えたかった。


「そっか。すごいよ、本当にすごいことだよ。よかったね、本当によかったね。」


里乃はまるで自分のことのように喜んでくれた。


「あ、良いこと考えた。ちょっとここで待ってて。」


そう言って里乃は、いつも持つ大きなカバンを家から持ってきた。


「そのカバンに付いてるのって…。」


「そう。幸せの鈴。」


里乃は鈴をカバンから取り外し、マジックで何かを書き始めた。


「はい。これ持ってて。お守り代わり。私、応援してるから。」


街灯に照らされ銀色に輝くその鈴には、僕の名前と里乃の名前が書かれていた。


「幸せ、君にもきっと届くよ。」


里乃は笑っていた。いつものように。


――決勝戦。まさか自分がこの場所に立てるなんて思いもしなかった。僕だけじゃない。恐らく誰もがそう思っているだろう。

電車をいつも二本乗り継いで、やっと到着するこの大きなグラウンド。

今日は貸し切りのバスが出て、大勢の保護者や先生達と一緒にこのグラウンドへやってきた。

勝っても負けても俺は後悔しない。ただ、お前等の全力を見せてほしい。

中林先生は試合前、手を震わせながら僕らに言った。中林先生が緊張している。それがすごく伝わってくる。

ポケットに入れた、幸せの鈴を握り締めた。

もう、僕には迷いなんてない。


――近くの小学校で野球クラブがあるらしい。母がそう言って僕を野球クラブへ放り込んだ。両親が共働きで、婆ちゃんもお店をやっていたため、夕方までやんちゃな子供を預かってくれる野球クラブはとても有り難かったんだと思う。

そこにいた奴らと、練習が終わっても学校に残って遊び続けた。

夜になっても帰らない僕らを見つけた先生が、よく怒ってたのを覚えている。

なんとなくいた場所、それこそが僕の居場所だった。なんとなく過ごした時間、それがかけがえのない大切なものだったなんて。

こうして大切な仲間と大切な時間を共有している。同じ時間、同じ毎日。

そんなものは二度とやってくるはずがない。

今、この瞬間こそが僕達の全てだったんだ。


――ゲームセットの声が、真夏の夕空に響く。

手に残るあの感触を実感する暇もなく、僕らは抱き合った。

地区予選で優勝を果たした僕らは、全国大会に出場すべく、大きな荷物を持ってバスに乗り込んだ。

これから遠い地で、試合に負けるまで戦いは続く。

一回戦、二回戦…遠いところで同じ白球を追いかけてきた者達は、やはり強く、毎回毎回ここで終わりか、と諦めかけた。

それでも少しだけ、本当に少しだけ僕らの方が強かった。

ベスト8まで残った東京との試合。その日が僕達の最後の試合となった。

試合に負けた後、僕は少しも悔しくなんてなかった。きっとみんなもそうだと思う。一礼してグラウンドを去るとき、みんな笑っていた。

当たり前か。

あんなに弱かったチームが全国大会でベスト8まで残ったんだ。

僕達の夢の先、遥か先に行ったところの到達点。そこまで一緒に行けたこと。

中林先生だけが、涙を流しながら僕らに言ってくれた。


「自分を誇れ。仲間を誇れ、と。」


その日のうちに僕らはバスに乗り込んで、故郷を目指した。途中のパーキングエリアで中林先生が全員分の夕食をご馳走してくれて、ビールをたくさん飲んだ先生はそのまま家に到着するまで起きることはなかった。

夜の高速を走るバス。寝静まった車内。大きなトラックが次々バスを追い越していく。

高速道路を照らす光が、時々車内をオレンジ色に染めて、少し寂しくなった。

眠れない。

こんなに疲れているのに、眠れない。

淡い黄緑色したデジタル時計が23時を知らせている。

窓の外を眺めた。流れる景色。流れた時間。

僕の街の明かりが見えてきた。

バスが左に進路をとろうとする方向指示器の音だけが、カチカチと車内に響いている。


(里乃…。)


8月20日が、もうすぐ終わろうとしていた。

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