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第13色目「やくそく」

今日は朝から嬉しい話と嬉しくない話を聞かされた。今日、里乃来てるよと川村から聞かされたのはそれから三日後のこと。

すぐに五組まで里乃の顔を見に行った。息を切らしながら突然現れた僕を驚いた表情で見ていた里乃。

すぐに笑顔になって、おはようと声をかけてくれた。

嬉しくない方の話もしよう。

俺彼女できたわ。とそー太から直接聞いたのは僕が五組から戻ってきた時のこと。

ついに自分の耳がおかしくなってしまったと思い、何度も聞き返したのだが、そー太は彼女できたわとしか言わない。あらゆる角度で疑ってみる。ブランカ辺りが仕組んだどっきりじゃないのか。何かの罰ゲームじゃないのか。そー太の脳内で思い切った革命が起こってしまったのか。


「なんだって?」


念のために三度聞き返してみた。


「だから彼女できたって!」


「嘘だろ。嘘だと言え。」


「マジだよ。コクられたんだよ。」


「それはどこのマニアックな人だ?」


「川村。」


なんだってー!と僕の中の脳みそ会議室が悲鳴をあげる。それが神経を伝わって口から出る瞬間、僕はその言葉を飲み込んで納得していた。

以前、美術館で見た川村の絵。どこかで見たことのある野球少年はそー太だったのだ。

『恋』と名付けられたその絵。川村はあの時から、いやもっと以前からそー太のことを想っていたのか。


「やっぱり。まぁ頑張れよ。」


「ちょっ!悔しがらないの?やっぱりって何?なぁ待ってよー。」


そー太を置いて僕は音楽室に向かった。一時間目は音楽だ。寝よう。


――放課後を告げるチャイムと同時に、クラスメイト全員が一斉に立ち上がる。

今日は何しよっかー?とクラス中に笑顔が弾けていた。

本日、職員研修のため全クラブ活動が休みになっているのだ。

忙しすぎる毎日の中に、いきなり休みができてしまうと何をしていいのか戸惑う。と言っても、忙しくなくてもそうな訳だが。

これは無趣味な僕の宿命なのだろう。

川村とそー太が僕の方を見て手を振っている。

今からデートなのか。その背中を見送りながら染々思う。

二人が教室を出たと思ったら川村だけが戻ってきた。


「ちょっと良い情報。里乃、今なら部室で画材道具整理してるよ。」


川村はフフンと笑って再び教室を出ていった。

美術室は音楽室のある校舎、一階奥に位置していて授業以外ではめったに来ることはない。ちょうどそー太と昼食後、ジュースを飲んでいる中庭の裏手にあって、放課後は吹奏楽部と美術部の籠城と化している。

薄暗い校舎に入ると、埃っぽい臭いと色が変色した貼り紙がベタベタ貼られている。なんだか不気味だった。美術室に続く廊下に出ると、大きなカバンを抱えた里乃と出くわし、二人同時に声を上げた。


「うわ、びっくりした。」

「あ、びっくりした…。」


少しの間があいて、僕らは笑いあった。


「どうかしたの?こんなところに。何か忘れ物?」


「いやあ…えーと。そうだ、探検。探検してんの。」


「探検?」


里乃が笑いながら首をかしげている。とっさに出た誤魔化しの台詞はあまりにも嘘っぽくて幼稚で、我ながら冷や汗が出た。


「探検で何かみつかった?」


「うん。見つけたよ。」


僕は里乃の大きなカバンをひょいと取り上げて一緒に帰ろうと誘った。

カバンは思った以上に重く、何度も持直しながら校門を出た。里乃は、もういいよ、私が持つよ、と言っていたが、それこそこんな重いものを里乃に持たせるわけにはいかなかった。

何度も意地を張る僕に納得してくれたようで、里乃はありがとうと呟いた。


「なぁ、甘いもの食べたくないか?」


「うん、食べたい。」


「アイスでも食べにいく?でも今日ちょっと寒いからな。クレープにするか?」


「アイスがいいな。」


「よし、アイス行こう。」


もうかれこれ二年以上、閉店セールをやっているデパートの地下に少し高いけど美味しくて人気のアイスクリーム屋がある。

あまり僕は行ったことはないのだが、時々クラスの女の子からこのアイスクリーム屋の話題が出ていたのは知っていた。


「俺イチゴ。」


「私も。」


お会計はご一緒で?と言う店員に、僕は渾身の力を込めて千円札を叩きつけた。一度言ってみたかったんだ。


「一緒で。」


さっきまで曇り空だったのに、何時の間にか太陽が顔を出していてポカポカ暖かかった。僕達はアイスを食べながら少し遠回りした。近くの河原では小学生達がキャッチボールをしている。六月とは思えない、爽やかな風が気持ち良い。

河原のベンチに腰掛けて、しばらくそのキャッチボールを眺めていた。

まだ小さい僕とそー太、ブランカ、タカさんが河原でキャッチボールをしている影を重ねながら。

里乃の方を見ると、僕らの目が合った。照れ笑いの後、里乃はすぐに目をそらした。


「ごめんね。」


「何が?」


「この前来てくれたんだよね。」


「ああ、いいよ。」


里乃が俯いて、手を前に組んでもじもじしている。


「あのね、私ね…。」


「最近の風邪は長引くからな。」


僕は言葉をかぶせた。

里乃がキョトンとした顔でこっちを見ている。


「帰ったら手洗いうがいだ。それでもまた風邪ひいちゃったら、またお見舞い行くから。」


里乃はえへへ、と笑った。僕も笑う。

里乃が今、病気のことを告白しようとしたのがなんとなくだけどわかった。

でも今横にいる里乃は元気に笑っている。それだけでいいと思った。病気だからとか、そんなもので里乃との関係が崩れるわけがない。里乃は里乃だ。そのままの里乃で、そのままの僕で、これからもずっと…。


「あ、そうだ。」


里乃が嬉しそうにカバンの中から取り出したのは一枚のチラシだった。

これからやってくる夏を感じさせるような、水玉模様の涼しげなチラシ。


「これ。」


「お、河原でやってる花火大会のチラシか。」


「うん。一緒に行けたらなって。」


「うんうん。行こうよ。いつ?」


「8月17日。あ…でも。野球の大会あるよね。」


「試合は8月頭からだし。全然大丈夫。行けるよ。」


「よかった。私、花火大会に行くの初めて。」


里乃のとびきりの笑顔。ずっと見たかった笑顔だ。

僕にはこんなことしかできないけど、できるだけ里乃を笑わせてあげたい。

この夏で部活も引退する。それからはたくさんたくさん、里乃との思い出を作っていこう。そう思った。

里乃は頭がいいけど、できたら同じ高校にも。本人には言わないけど、僕はこんなことも考えていたんだ。


「この花火凄いんだぞ。何千発も打ち上がってさ、人もいっぱい来て。ちょっと混むけど大丈夫。特等席知ってるから。夜店も出てさ、昔そー太が夜店で…。」


里乃といろんなことを話した。自分でも驚くくらいによく話した。うんうん、と一言一言噛み締めながら頷く里乃。

山の向こうに日が沈んで、いつの間にかこの街に夜がやってきていた。このままずっと、時間が止まってしまえばいいのに。もう朝なんか来なければいいのに。


「約束。」


僕らは小指と小指を堅く結んだ。里乃の手は、白く、細く。交わした約束はとても暖かなものだった。

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