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第1色目「夏が嫌い」

夏が嫌い。


太陽が僕のすぐ真上にあって、いつか落ちてくるんじゃないか、と恐くなる。

目の前の景色がユラユラ揺れてバックネットから体育館の距離感がわからなくなる。

夏は楽しい。夏を楽しむ。

テレビが、雑誌が、漫画が、周りがそう煽るから夏ってのは楽しいものだと勘違いしちゃうんだな。


まだ夜が明けないうちからセミが大合唱を始めて、必ずと言っていいほど目が覚める。この蒸し暑い中、やっと寝付けたと思ったらこれだ。扇風機一台で猛暑と戦う僕には辛過ぎる。

朝早くにセミに叩き起こされた僕は、そのまま眠れず、じめじめした朝方の空気に嫌悪感を抱きながらベッドの中で起床時間の7時を迎えるんだ。

そして灼熱の日差しを浴びて汗だくになりながら学校に行く。

夕方は部活で夜遅くまで練習。夏の公式戦があるので先輩達の後ろで延々球拾いを続けるだけ。

夏休みなんてあったもんじゃない。朝から晩まで軟球を拾い続けるんだ。練習できなかった分、僕ら下級生は夜から本格的な練習を開始する。中学生の部活動にしては相当キツイんじゃないかと思う。

あっさり一回戦で負けた先輩達は早速髪の毛をバレない程度に染めて僕らの練習をヘラヘラしながら見に来る。一通り偉そうなアドバイスを僕らに投げ捨てて、そのお礼に僕らは菓子パンを奢る。それが新チームになった二年生の宿命、といった感じで周りは認識していた。

ただ学年が一つ上ってだけで、それが可笑しかったり、腹が立ったりで、それなりに不愉快な夏ってのを過ごしていた。


何にもない毎日。

同じ毎日。


形にはまった事が起こって、台本通りに進んでいく。

きっと来年も、僕は夏が嫌いって言うと思う。

きっと。絶対。


9月1日。

セミの目覚ましによって寝不足気味の頭は、回転の仕方がわからず、右斜め前に座っている女の子の胸元をとりあえずは凝視せよと命令を送ってきた。

女子は大体、新学期に話す話題といえば彼氏、彼氏といつも以上に張り切ってその単語を連呼する。

みんなの楽しい楽しい夏の思い出が僕の周りをぐるぐるまわっていた。

半分閉じた生気のない目で右斜め前の彼女を見つめる。健康的に焼けた肌に白いカッターシャツが絶妙にいやらしい。

そして、白いカッターシャツから透ける、水色のブラが更にいやらしい。


ああ。水色になりたい。


「なぁ、夏休みどっかいったん?」


びっくりして目線を上げた。右斜め前の彼女が嬉しそうにこっちを見ている。

今まで一点を穴が空きそうなほど眺めていた僕は、とっさに言葉が出なかった。

「いやあ…部活。」

ふーん、と右斜め前の彼女が言う前に僕は重ねてこう言った。

「あ、プールに行ったかな。市民プール。」

ニヤリとした表情で右斜め前の彼女は言った。

ふーん。


黒板に何かを書く音が聞こえる。知らぬ間に中林先生が教室に入ってきていて黒板に何やら書いていた。

教室が新学期のお祭り状態で全く気が付かなかった。と言っても、先生が来ていることに気付いてるのは最前列の数名と、委員長の真田さんくらいだ。

あと、全くクラスの会話に入れていない僕。


「おーい、もうそろそろいいかー。おーい。おい!!」


中林先生が黒板をドスンと叩くと教室は一気に静かになった。

黒板には大きく『二学期』と書いてあった。

その横に小さく『おしらせ』


…おしらせ?


「はい、今日から二学期や。いつまでも夏休みしとったらあかんぞー。先生も今日から仕事なんや。お前らもしっかり仕事せなあかんぞー。」


「はい先生。仕事ってなんですか?」


手を上げて指される前から既に立ち上がってるやつがいる。


「なんや惣太。自分がせなあかんこともわからんのかい。練習しすぎでボケたか?」


そー太は僕と同じ野球部で思ってる事、考えてる事がすぐ言葉になってしまい、それゆえ何かとすぐ先生に質問したがる、いわゆるクラスに一人はいるよな的人材である。根は明るくていい奴なんだけど。


「お前らの仕事はいっぱいあるぞー。まず勉強や。夏休み明けテストの勉強はもちろんしてきてるやろな?」


ぎゃー、うわー。

皆、ここぞとばかりに悲鳴をあげてみせる。


「あと文化祭の準備もお前らの大切な仕事や。」


あー。だるー。

最後列を陣取る不良集団、やたら髪の毛にワックスを塗っているサッカー部の連中がいつもより声高にだるー。を連発した。


「テスト。お前勉強した?」


そー太が僕を見ながら聞いてきた。僕はもちろんNOと答えた。


「おーい、はい黙れ。お前らも大変なんはわかる。でもな、大人はもっと大変なんや。俺なんか休日に部活を見なならんし、お前らのテスト作ったり、職員会議で文化祭の…」


中林先生の愚痴が始まり、僕は窓の外を眺めることにした。

教室一番奥の一番後ろ。

三階からの眺めはそこそこ良くて、大型スーパーのバルーンや僕の家付近の神社、僕らが小さい頃によく遊んだ公園が見える。

空は水色。あの娘の水色だ。白いてんてん雲が水色に溶けて街がキラキラ光ってるように見える。

サラサラと風が入ってきた。気持ちいい風。夏の風と秋の風がちょうど合わさったようなそんな。


グラウンドに二つの人影が見えたような気がした。


中林先生の声が教室に響く。いつもよりしっかり、そしてゆっくりとした声。


「あー、あとな、お前らにはあと一つ仕事があるんや。」


僕は視線を先生に戻した。


「今日の昼からクラスにもう一人、仲間が増えるんや。」


教室が今日一番静かになった。


「その…仲良く、したってな。」


先生は黒板をコンコンと叩いた。

大きく書かれた『二学期』の文字。

小さく書かれた『おしらせ』

さっきと同じ気持ちいい風が入ってきて、僕はグラウンドをぐるっと見回した。

いつもと同じ夏の終わりが、ギシリと音をたてたような気がした。

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