act.4
最近、気になる小銃は『マグプル マサダ』です。『レミントンACR』とも言われます。
何が気になるのか。
単に名前の響きが好きなだけです。
夕暮れに赤らむ空を見上げて、溜め息を一つ。
一人きりの下校を憂いているわけではない。
友恵は衝突時に強打した後頭部に巻かれた包帯を擦りながら、的場薫との会話を思い出す。
人質プログラムに巻き付けられた爆弾の衝撃をもろに喰らい壁に思い切り叩き付けられた友恵は、そのまま気を失ってしまったらしく、気が付けば医務室のベッドの上に寝かされていた。およそ一時間は気を失っていたようだ。
当然と言えばそうだが、的場薫が医務室まで運んでくれたらしい。
因みに学校なら普通は保健室というのだが、銃器高校は何処も医務室という。雰囲気の問題だろう、というのは東出の説だ。
「起きたか? まだ無理せず、寝ていた方が良い」
不安げに視線をさ迷わせる友恵に、的場薫は優しく介抱してくれた。
ずっと傍に付いていてくれたらしく、暇潰しに折ったのであろう折鶴が幾つかサイドテーブルに置かれていた。今も作っていたらしい。
「あの……私は……?」
「エネルギーシールドのお陰で、体は守られたんだけど、爆発で一気に使ってしまったらしく、激突の衝撃までは緩和されなかったんだ」
一連の事情を説明され、友恵は自分の未熟さを恥じた。
人質となった人間に爆弾が設置されるという状況は、よくある事だ。所謂、“人間爆弾”だ。
それを考慮せず、迂闊に近付いてしまったのは、完全に友恵の落ち度だ。
それなのに、どうして彼はこんなにも申し訳なさそうな表情をしているのだろうか。
そして、どうして「すまなかった」等と謝罪の言葉を述べたりするのだろうか。
「今回の設定では、あんなブービートラップは仕掛けられている事は無い筈なんだ。多分、どっかの馬鹿が悪ふざけで年度末にでもシステムをハッキングしたんだろう。それが戻されること無く、新年度を迎えてしまったんだと思う」
この“どっかの馬鹿”というのは、もしかすると『学生会』の嫌がらせなのかも知れない。
年度末は、より過激な生徒が過激な仕掛けを色々な所に施していたと、誰かが噂していたのを小耳に挟んでいた。
「危険な目に会わせるつもりは無かったんだ。けど、結果的に怪我をさせてしまって……」
「そ、そんな……。ちゃんと確認しなかった私のせいだから……」
「いや、あんなトラップを回避するなんて、素人どころか訓練を積んだ兵士にだって難しい。普通なら、プログラム自身が自己申告するようにプログラミングされていて然るべきなんだ。それを怠るなんて、取り返しの付かない事になったら、どうするつもりだったんだ……!」
語尾に怒りを込める的場薫。
彼もまた、『学生会』を憎み壊滅に追い込んだ一人なのだと、再度認識した。
「怪我をさせてしまった事は、僕の落ち度だ。本当に、申し訳無い」
謝罪の言葉を述べ、深く頭を下げる的場薫。
そんな彼を見て、友恵は恥じ入る思いに苛まれた。
彼は誠実だ。
恐らく今時と言われる若者の中において、珍しい程に誠実だろう。
そんな彼に対して、もしかすると自分に復讐しようなどと考えていたと勘繰るなど、友恵という少女は何と狭量な子供なのだろうか。
「的場くん、頭を上げて。あの、怪我は大したこと無いし、そんなに気にしないで……」
「ありがとう。里浦さんは優しいね」
朗らかな笑みを浮かべる的場薫に、迂闊にも一瞬ときめいてしまった。
いけない。彼に好意を持つなど、おこがましいにも程がある。分を弁えなければ。
「的場くん、ちょっといい?」
不意に間仕切りに使われているカーテンの隙間から、女子生徒が顔を覗かせた。的場薫は「ちょっとゴメンね」と友恵に断ると、席を立った。
カーテンの直ぐ向こうで話しているらしく、影絵のように二人の姿が見える。
その内、的場薫の影が頭をがしがしと掻きながら離れて行き、友恵の傍に戻ってきた。
「ゴメンね、僕はこれから小隊に戻るよ。ちょっとしたトラブルがあって」
「トラブル……?」
「大したことじゃ無いんだけど、会長が今回の事故を聞き付けて。犯人を捜すと息巻いて、暴走気味らしい」
そう言えば三科生徒会長は、この学園の誰よりも『学生会』を目の敵としていると、誰かが噂していた。
『学生会』絡みの事件とあっては、黙っていられないのだろう。
「あの、私の事は気にしなくて大丈夫だよ。もうほとんど傷も痛まないし」
「そうか、すまない。けど、今日はもう帰った方が良い。安静にしておくべきだ」
そっと指先で包帯を撫でられ、友恵は少し頬が熱くなるのを感じた。
どうしてこうも、ナチュラルに優しくしてくれるのだろうか。
「それはそれとして……」
と、不意に真剣な面持ちをして、腕を組む的場薫。
そのただならぬ様子に、友恵は性懲りもなく、もしかすると一年前の事でも思い出したのか、と息を呑んだ。
「ど、どうしたの……?」
内心は早鐘打つ心音に苦しいばかりだが、恐る恐る問い掛けてみた。
すると、今まで見たことの無い程の怖い表情を浮かべて、友恵を睨み付けた。
「ちょっと前から聞きたかったのだが……」
徐に口を開く的場薫。
友恵はその先が語られるのを、死刑宣告を待つ囚人のような心境で待った。
「何で女の子は、サイズの大きいセーターを着るんだ?」
「…………へ?」
その予想を遥かに逸脱した質問に、友恵は数秒もの時間を費やして唖然としてしまった。
今、何について問われたのだろうか?
「やっぱ将来的な成長を見越して、大きめのものを買うんだろうか?」
「え? っと……何、で……?」
「いや、最近、何故か女の子に話し掛けられる事が多くなって」
それはモテるからだ。
『学生会』を壊滅に追いやった『生徒会』のメンバーの中でも、特に的場薫は人徳者として人気が高い。ファンクラブがあるという噂も耳にしていた。
「その、話す女の子のほぼ全員が、袖が掌の半分以上まであるセーター着ててさ」
なるほど、と友恵は苦笑した。
女子も気になる男子の気を引くのに必死なのだな、などと少し上から目線に思ってみた。
「さっきの医務委員の娘もそうだったし……」
「あのね、的場くん。それはファッションだよ」
率直に教えてあげると、彼はキョトンと目を丸くした。
「ほら、こうして袖口で掌を隠したりして、指先だけ見せたりすると、可愛く見えるんだって」
所謂“萌え袖”というものだ。
友恵はセーターを来ていないから、カッターシャツで実演して見せた。すると的場薫は「なるほど」と興味深げに深く頷いた。
この反応を見るに、どうやら女子の努力は報われているように思えなかった。
「ファッションだったのか……。どうりで可愛いと思った」
否、どうやらツボだったらしい。
やはり男子から見て、可愛く見えるようだ。友恵からしてみれば、ただ“ぶりっ子”しているように見えるだけで可愛い等とは思えないが。
「しかし、手を隠したりして、いざというときにどうするのだろうか?」
まだ悩みは解決されていなかったらしく、彼の顔は深刻極まりないもののままだった。
「い、いざって……?」
「例えば、急に襲われた時なんか……いや、敢えて手を隠す事によって、暗具を忍ばせ易いのではないか……?」
あくまで機能性の観点で悩んでいるらしく、ファッション性は眼中に無いようだった。
もしかすると的場薫という『生徒会』の副会長は、銃器や戦闘に関しては一流だが、ファッション等の雑学には疎いのかも知れない。
「おっと、呼ばれているんだった。――じゃあ、僕は行くね」
「あ、うん。ありがとう……」
「今日はゆっくり休んで。また明日」
砕けた敬礼のように片手を挙げて、的場薫は医務室を去っていった。
残された友恵は、彼の意外な一面を見てしまった何とも言えない優越感のような罪悪感のような、妙な感覚に苛まれた事で少し疲労を覚え、倒れるように横になった。
医務室を出たのは、それから三十分後の事だ。
夕日を背に星空が見え始めた薄闇を眺めて、もう一度、溜め息を吐く。
一人きりの下校は、今更憂いる気にもならない。
友恵を苛むのは、自分自身の狭量さだった。
的場薫と言葉を交わす事によって、更にその現実を突き付けられた。
何度も自覚しても、改善される気配が何もない。きっと本気で改善しようとしていないからだろう。
この性格は、一生を掛けても治らないのかも知れない。
「マテバ、一体どういうつもりだ?」
屋外射撃練習場のバックスタンド。
夕陽を正面から浴びて練習風景を眺める少年、的場薫は、雨竜毬耶の言葉に朗らかな光を帯びた紅い瞳を向けた。
毬耶は彼の隣に腰掛ける。
「どういうとは、どういう?」
「里浦の事だ。あんな才能の無い娘に時間割く理由だよ」
生徒の事を悪く言うのは本意では無いが、才能ある生徒がその才能を無駄遣いしている様を、見て見ぬ振りをすることは出来ない。
特に的場薫は、校内切っての“特殊部隊”と謳われる『生徒会』のメンバーの中でも、一二を争う腕前の持ち主だ。
それを詮無い訓練に費やす事は、才能の無駄遣いと言わずには居られなかった。
「彼女とは去年、ちょっと縁がありませて。折角の縁をここで途切れさせるのも、勿体無く思いましてね」
よく分からない事を述べて朗らかに笑む的場薫は、「まぁ、見ていて下さい」と人差し指を突き立てた。
「心配しなくても彼女、才能はありますよ。少し努力すれば、良い方向に転ぶでしょう」
「私が心配しているのは、そんな事では無い。無駄な指導に時間を割いて、貴様の腕が鈍らないかを危惧しているのだ」
身勝手な学園上層部の爺婆に、口煩いPTAの御偉方のせいで、『生徒会』に余計な手間が増えてしまった今、戦力の低下は何としても避けたいところだ。
それだというのに、我らが生徒会長は『学生会』の存在を嫌うあまり、上級生の入隊を拒んだ結果、素人同然の一年生を中心とした小隊が出来上がってしまった。
そんな弱小と言っても過言では無い小隊に於いて、『生徒会』の能力は必要不可欠である。いざとなれば、一騎当千の力を持つ『生徒会』が敵を殲滅しなければならない。
故に、今やるべき事は、一年生の育成よりも『生徒会』メンバーの個々の能力の向上にあると毬耶は思っていた。
「雨竜先生、人に何か教えるという行為は、中々に素晴らしいものですね? 教わる側も教える側も、大変勉強になる」
「――? 何が言いたい?」
「いえ、だから、僕の行為は決して無駄ではないという事ですよ」
的場薫は傍らに置いていたタブレットを手に取ると、ディスプレイを操作してあるデータを呼び出し毬耶に見せた。
グラフやそれに付随する解説の羅列が表示されるデータを一通り眺め、「これは?」と質す。
「評価の途中経過、に終わっちゃいましたけど。彼女の戦闘データです。見ての通り、まだまだです」
確かにデータは低い評価を示していた。五段階で言うところの“二”といったところか。
「けど、その分、彼女には“のびしろ”があります。何せ、初めてクロークを使ったというのに、ほぼ完璧に使いこなせてましたからね。正しく導くことが出来れば、間違いなく“銃器使い”として覚醒するでしょう」
「それは貴様の仕事では無いだろう?」
「えぇ、僕の仕事ではありません。けど、僕がやりたいんです。弱くてどうしようもなかった僕を育ててくれたあの人のように、僕も誰かを育ててみたいんですよ」
沈み行く夕陽を眺めながら、的場薫は物思いに耽るような表情を見せた。
夕陽を背に、哀愁を漂わせ帰宅の路に着く少女が一人。
平均的な身長、体重、体格をし、日本人らしい黒髪をセミロングに伸ばした少女は、癖の猫背を更に曲げて、憂鬱そうにトボトボと歩いている。
小石の一つでも転がって前に出れば、躓いて転んでしまいそうだと、世話焼きなら心配してしまうだろう。
その世話焼きが一人、少女の肩を叩いた。振り向くのも億劫なのか、ゆっくり振り返った彼女の頬に、人差し指が突かれる。
「フフッ、引っ掛かったぁ」としたり顔をする女性。
「ヤッホー、友恵ちゃん。今、帰り? ちょっと遅いね?」
少女、友恵とは対照的な小春日和の太陽のように朗らかで明るい笑みを浮かべる女性は、「ダメだよ、暗い顔してちゃ」と言って自分の唇の端に人差し指を当てる。
「幸せが逃げちゃうよ? あれ? それは溜め息だっけ?」
「架純さん……いつも突然現れますね?」
「だって架純さんだもん」
別に褒めたつもりは無いのだが、腰に手を当てて胸を張る青砥架純。かと思えば、「ほら、行くよ」と言って友恵の手を取り率先して歩き出した。
「ちょっと、そんな引っ張らないで下さい! て言うか、何で手を繋ぐんですか!?」
「だって友恵ちゃん、昔から手を繋いであげないと直ぐコケちゃうし」
「コケません! もう子供じゃ無いんですから」
「でもそそっかしいとこは変わってないよ」
この人だけにはそそっかしいと言われたく無かった。
いつも明るく朗らかな架純は、自分では決して認めないが少々ドジな一面がある。それでよくトラブルになって、問題を大きくする悪癖のおまけも付き、彼女の周りは良くも悪くもいつも賑やかだ。
彼女のような人間を、トラブルメーカーというのだろう。
そんな彼女には生活面で助けて貰っている為、強く出られないところがあった。
「あれ? 友恵ちゃん、その頭の包帯は何? 怪我したの?」
「今更ですね……」
不意に振り返った架純は、人差し指を友恵の額に押し当てる。
正直に言えば間違いなく心配を掛けてしまう為、ここは話をでっち上げておこう、と口を開いた。
「ちょっと転んだんです。大したことはありません」
「フムフム、転んだのか……」
まるで値踏みでもするように包帯を凝視する架純。
嘘がバレたか。普段からほわほわした雰囲気を纏う彼女だが、観察眼だけは鋭い。
それこそ、小説や映画の中の探偵並みだ。
「友恵ちゃんはそそっかしいなぁ」
どうやらバレてなかったようだ。
朗らかに微笑む彼女は、また友恵の手を引き歩き出した。
バレはしなかった。
しかし、完全にバカにされた。
何だろうか、この何とも言えない敗北感は。悔しいというより、哀しくなった。
萌え袖は、袖が伸びそうですよね。
それは兎も角、他の登場人物の出番が少ないのに、新キャラを出しちゃった事に焦りを感じています。このままだと、主人公以外は影の薄い存在になりそうなので。
出来れば東出くんと『生徒会』の役員は目立たせてあげたいと思う、今日この頃でした。




