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死地の直中

 人が記憶する過去は完全ではない。

 時間やその他の刺激によって、忘却や改竄が施される事が多々ある。

 この記憶もまた、そんな不安定なものの一つに過ぎない。






 

 ドクロ面に黒いローブを纏う大男が振り回す大鎌を跳躍してかわした里浦友恵は、『M6A1』突撃銃の銃口をドクロ面の眼球に突き付けトリガーを弾き絞る。

 セミオートに設定された突撃銃から『7.62×51mm強装弾』が放たれ、大男の眼球ごと脳髄までを撃ち貫いて一撃の下ほふる。


 次いで着地のタイミングを見計らいブロードソードによる刺突を掛ける騎士の攻撃を体を捻る事でかわすと、流れるような動きで兜に覆われた頭部に強烈な回し蹴りを喰らわす。

 『QPS』による強化の恩恵を受けた一撃を受けた敵騎士の首は、胴体を残し吹き飛ぶ事となった。


「突撃だぁ!」


「天皇陛下、万歳!」


 不意に耳朶を打つ怒声に振り向くと、銃剣を取り付けた『東京砲兵工廠 三八式歩兵銃』を構えた旧大日本帝国陸軍兵士の一個分隊が、友恵を狙い突撃を行っている様子が見て取れた。

 すかさず跳躍すると共に背部ブースターをフルスロットルで噴かし、旧日本軍兵士の突撃をかわす。そして空中で体制を整えると、突撃銃のセレクターをフルオートに変更し地上へ向けて銃撃を行う。

 まさに弾雨を受ける事になった敵分隊は、為す術も無く撃ち貫かれた。


 友恵はそのまま手近なビルの屋上へ飛び移り足場を確保すると、撃ち尽くしたマガジンを排出。再装填を行う。

 その最中、背後で金属を擦るような嫌な甲高い音が響いた。慌てて振り返ると、そこには赤と黄色、二振りの槍を持つ偉丈夫が佇んでいた。

 思わず目を疑うほどの美男子は、額に魅惑の効果のある黒子を携え友恵と対峙する。そして薄く笑みを浮かべ、赤槍の切っ先を友恵に向けて名乗りを上げる。


「フィアナ騎士団が一番槍! ディルムッド・オディナ、推して参る!」


 瞬間、繰り出される赤黄の閃光。

 友恵は片側を『M6A1』に備え付けていた銃剣で受け止め、もう片側をコンバットナイフで受け流しながら、またも跳躍しブースターを起動させる。今度は先程とは違い、五メートル程の高さで滞空するように出力を調整する。

 射撃体制を整え、先程と同じ用量で銃口を下に向けトリガーを弾いた。


 雨の如く偉丈夫へ降り注ぐ『7.62mm強装弾』だが、驚くことにディルムッド・オディナは黄槍を手中で回転させる事で、銃弾を全て弾き凌いだ。

 舌打ちを一つする友恵は、銃撃を中止し屋上へ降り立った。


「女だてらによくやる。この黒子の魔術が効かぬとは、貴様が纏う不可視の鎧の恩恵故か? しかし、その玩具も我が槍の前には無力!」


 僅か一度の跳躍で距離を詰めたフィアナ騎士団の戦士は、友恵を串刺しにすべく赤槍を突き放ち、それをかわしたところで黄槍の二撃目を顔面に突き出す。

 それすらも難なく回避するも、薙ぎ払われる赤槍の柄が腹部を打った。本来なら骨をも砕く一撃だが、『エネルギーシールド』に守られた状態である友恵を殺すまでは行かなかった。が、土台小柄な少女が受けるには重すぎる一撃に、体は容易く地面から離れて吹き飛ばされた。


 鉄柵に背中を打ち付けるも束の間、間髪入れずに繰り出される赤黄の槍閃に、目眩を起こしている隙さえ与えられない。

 ブースターによるホバー移動で回避しつつ、突撃銃を構え牽制射を行う。しかし、所詮は無理な体制からの射撃。容易くあしらわれ、次なる攻撃を許してしまう。


 こういう切迫した状況を打開する策は、幾つかある。

 その一つとして、相手が出来ない行動を取ることだ。特にこれは逃亡する際に敵の追手を振り切るのに一番効果的である。

 友恵は牽制射の弾幕を張りながら、鉄柵へ向け全力で疾走する。そして柵の端に足を掛け、力の限り跳び上がる。そのまま背部ブースターを全開させ、六十メートル離れたビルの屋上へ跳び移る。


 地に足を着けると同時に突撃銃を背中に回し、『QPS』端末のタッチ式ディスプレイに指を走らせる。定められたキーを入力すると、量子化されていた一挺のグレネードランチャーのデータが呼び出され、実体化を果たし友恵の手中に収まった。

 すかさず六つの回転式弾倉を持つ『RVG-27』グレネードランチャーの照準をヘルメットと一体化されたバイザーのHUD(Head Up Display )と同期させ、向かいのビルに取り残して来た槍兵へ狙いを定める。

 鉄柵の端でこちらと対峙するディルムッド・オディナを認めつつ、トリガーを弾いた。


 一発の榴弾が放たれ弧を描くようにビルとビルの間を飛行し、標的としてプログラムされた偉丈夫を認識すると姿勢制御スラスターを噴かしまっしぐらに特攻を掛ける。

 直後、凄まじい爆発が巻き起こった。

 千度を優に越える熱量が鉄柵を溶解させ、爆風がコンクリートの地面を抉る。


 爆裂焼夷榴弾は、一撃で『エネルギーシールド』を持たない兵器を溶解させる程の威力を持つ。

 如何にフィアナ騎士団のディルムッド・オディナと言えど、マグマと同程度の熱量を持つ爆発に呑まれて無事で済む筈が無い。

 やがて爆煙が晴れたそこには、無惨に崩壊したビルのみが残っていた。双槍使いの偉丈夫は、死体すら残さず燃焼しきったようだった。


「友恵、今何処だ!? 今の爆発はお前か!?」


 『QPS』の索敵機能を利用し敵性生命体の存在の有無を調べている最中、慌てふためく怒声が鼓膜を震わせた。

 友恵は咽頭マイクのスイッチを入れ、「東出、無事だったか」と返答する。


「そりゃこっちの台詞だ!」


「私は無事。M6のマガジンが切れただけ」


「ったく、単独行動は慎めよ。隊長が心配してたぜ?」


 隊長。

 友恵の所属する『人類統一連合軍統括本部直属対未確認生命体駆逐部隊フォックストロット小隊第二分隊』の分隊長。

 それ即ち、友恵の実姉である里浦友代を差す。


 姉も無事だったのか、と心の片隅で安堵の吐息を吐く。

 まぁ、あの人は簡単に死ぬようなタマで無い事は友恵が良く知っている。ましてや敵が旧世紀の亡霊であるならば、尚更だ。


「それで、お前は今何処に居るんだ?」


「爆発があったビルの向かいの屋上。この榴弾、なかなか使える。けど、爆発範囲に気を付けないと危ない」


「やっぱお前の仕業だったか。ったく、派手な花火上げやがって。俺らは今、バジャーの連中が乗り捨てて行ったハンヴィーを拝借して進軍中だ。直ぐ迎えに行ってやるから、ちょっと待ってろ」


「了解。…………東出、レーション持ってる?」


「どうした? 携帯して無かったのか?」


「さっき全部食べた」


「何だそりゃ? どんだけ腹減ってたんだよ? あれか、ストレスを食欲で誤魔化すタイプか?」


「多分、そう」


「ったく、俺の分けてやらぁな。拾い食いなんてすんなよ?」


「そんな事はしない。――もう通信を切る。私語が多いと、小隊長が怒るから」


「そいつもそうだな。兎に角、三分程で着くから大人しくしてろよ?」


「了解。――里浦、アウト」


 通信を終えると、グレネードランチャーをもう一度量子化して納め、代わりに『適性銃器』である『FN P90Tactical』を手中に喚び出す。

 即時射撃体制を整えると、破壊したビルを一瞥し、束の間の黙祷を捧げると友恵は屋上から飛び降りた。











 爆風に呑まれつつも進軍の手を緩めない敵兵を塹壕の中で眺めているのは、『人類統一連合統括本部直属対未確認生命体駆逐部隊フォックストロット小隊第二分隊』の少年少女。

 部隊名が長いので、専らフォックストロット第二分隊と呼ばれている。


 その分隊の一員である里浦友恵は、自身の『適性銃器』である『FN P90Tactical』を手中に呼び出し、交戦に備えていた。

 この短機関銃とは、かれこれ三年以上の付き合いとなる。訓練生時代から苦楽を共にしてきた『P90Tactical』だが、劣化もせず傷も修復され新品同様だ。それが『敵性銃器』の特徴だが、一抹の切なさを感じずにはいられない。


 『FN P90』はPDW(個人防衛火器)と呼ばれる、それまでの短機関銃とは異なり既存の拳銃弾を使用せず、専用のライフル弾を小型化した銃弾を使う新しい形態の銃器として開発された経緯を持つ。

 建物等の閉鎖空間において、小銃では取り回しが悪く、かといってボディーアーマーが普及してきていた時代では拳銃弾を使用する短機関銃では威力不足が懸念された。そこで求められたのが、小銃弾程の貫通力を持つ銃弾を使用でき、短機関銃並の取り回しの良さを持つ全く新しい銃器であった。


 ボディーアーマーを貫通する威力を持つ『5.7×28mm弾』を使用し、ブルパップ式を採用したことにより全長500mmという小型化に成功した『P90』は、正に閉鎖空間にて使用する為に開発された銃器と言えよう。

 更に銃身上部に装着する半透明プラスチック型マガジンの総弾数は、特殊な装填方式により短機関銃にしては多い五十発で、ブルパップ式を採用した事で全長の割に銃身が長く集弾性も向上している。

 タクティカルモデルは通常型と異なり、標準装備のダットサイトの代わりにピカティニーレールが備えられている。友恵はこれにACOGサイトを装着した。


「旧世紀の亡霊か。大人しく死んでいれば良いものを」


 傍らで携帯食を口にする同じ分隊員のクララ・クラーク・クラン伍長が、面倒臭そうに呟く。


「亡霊じゃなくて英霊。『ヴァルハラ』の『エインヘリアル』」


 クララの間違いを指摘する友恵だが、彼女は「同じ様なものだろ?」と歯牙にも掛けぬ様子だった。

 確かに我々が相手取る敵は、既に死した兵士の魂だ。所謂、“英霊”という上位の存在。

 『エインヘリアル』とは戦死した兵士の魂であり、『ヴァルキリー』によって『ヴァルハラ』に導かれた者の総称だ。今、友恵達に牙を剥き襲い掛かっている者こそ、過去の戦争や紛争で戦死した兵士である。


 しかし、実際に戦争した兵士の魂が襲い来ているわけではない。

 彼等は地球が記憶する戦士の記録映像。それが実体化したに過ぎない。

 その為、武装や力量も当時のままで、神話に語られる『エインヘリアル』のように日々研鑽を高めているような事はない。言うなれば、録画映像を繰り返し流しているに過ぎないのだ。

 『エインヘリアル』というのも暫定的な名前に過ぎない。的を得たネーミングな為、現場ではそれで通っている。


 そして彼等は、戦場を求めてこの世界を馳せ、最終的には今を生きる人間の住む世界を破壊しようと目論んでいるそうだ。

 それを阻止する為に、友恵達がここに居る。

 彼等の敵となって、この世界に彼等を留めておく事が友恵達の役割である。


 それは斯くも過酷極まりない行為である。

 英霊だろうと旧時代の武装で身を固めた兵士相手に、近代兵器で武装した連合軍が遅れを取ることは無い。が、如何せん数が多い。

 生きている人間に対して死んだ人間の方が圧倒的に多いように、生きている兵士に対して死した兵士の数の方が圧倒的に多いのは当然の事だ。

 特に古くは紀元前の、まだ拳銃という概念すら存在しなかった兵士までも襲い来る始末。

 その軍勢と言えば、星一つを滅ぼしかねない数である。


 そんな相手に正攻法で勝てるわけがない。

 如何に高性能な兵器、優秀な兵士を揃えたところで、弾薬にも人間の命にも限りがある。


 そこで投入された兵士が、友恵達のような『適性銃器』を持つ“銃器使い”と呼ばれる存在である。

 『適性銃器』は弾切れを起こすことが無く、また使用者が生きている限りは使用不能に陥ることも無い。本当の意味で命尽きるまで戦い抜く事が出来る、唯一無二の兵器である。


「友恵、シケた面すんなよ」


 不意に肩を叩かれ、思考の海に沈んでいた友恵の精神は現実に引き戻された。

 振り返ると『スプリングフィールドM1』自動小銃を肩に凭れさせた少年、東出満二等軍曹が微笑を浮かべていた。


「怖じ気付いたか?」


「少し。けど、体は動く」


「そいつは良かった。――この為に軍に志願したんだ」


 東出は『M1ガーランド』に銃剣を着けながら、独白するように語った。

 それに対して友恵は、「私は母の命令でここに居る」と語る。すると彼は自嘲気味な笑みを浮かべた。


「何だ、実は俺も命令されたからだ。つっても親じゃ無いがな。俺は戦災孤児で連合の施設で育ったんだ。兵士としてな。このガーランドとは、もう五年の付き合いになるな」


「それは初耳」


「そういやお互いの事はあんまし喋らないもんな。もう二ヶ月も同じ分隊だっつうのに」


 東出は元々は別の分隊だった。確かチャーリー第四分隊と聞いている。

 チャーリー小隊は二ヶ月半前に壊滅した。その為、彼はこの分隊に転属となったのだ。既に何度か死地を共にしたが、銃剣術に於いて彼の右に出る少年兵は居ないだろう。

 友恵とは特別仲が良いというわけでは無いが、分隊内では唯一の同級生だけあって、自然と交わす言葉が多くなったのだ。

 それでも知らないことが多いのは、まだその程度の関係性ということだ。


「しかし、相変わらず数だけは多いな? 何処の軍だ?」


「装備を見る限りは大日本帝国陸軍のようだな。お前達の先祖様だ」


 東出の疑問に答えたのはクララだった。


「万歳突撃、か。死を恐れてすらいないなんて……」


 万歳突撃。

 これは和訳に過ぎず、当時連合軍兵士達は“バンザイ・アタック”等と呼称していた。それが日本に再輸入され訳されたのだ。

 万歳突撃とは、旧日本軍が補給や撤退を望めない場合において、“捕虜になるくらいなら誇り高く潔く華々しく死のうではないか”という思想の下、敢行された玉砕前提の自殺的突撃の事。


 これで勝利したという事例は無く、むしろこの特攻を撃退すれば勝利は間違いないとされ、連合軍兵士は万歳突撃を待ち望んだという。

 しかし、日本軍の中にはこの突撃を戒め、敵の進軍速度を遅らせる縦深防御という戦術を取る将校も居た。これにより戦局は予想外に長引き、日本軍を補給物資も増援も無くなり撤退すら出来ない状態に追い込むまでに、連合軍兵士は多数の死傷者を出したという。


「そういう風に教育されてた時代の兵士だ。お前が気に病む事じゃ無い。――しかし、実際にアメリカ辺りはそれに大層苦しめられたそうじゃないか。そうだろ、クララ伍長?」


「私はドイツ人だ。イギリスとのハーフだけど」


 塹壕の端から敵の様子を伺う三人。迫撃砲や戦車、航空戦闘機による砲撃、爆撃が再三行われているが、一向に突撃の勢いは衰える気配を見せない。

 既に半数以上を失っているというのに、まだ走り続けている。


 その強靭さに感服すると共に、味方を省みない戦術に恐れを抱く。

 あれらは記録映像が実体化したに過ぎない命の無い兵士だが、当時はこんな事が頻繁に起こっていたと思うと胸が締め付けられる。


「この突撃に、何の意味があるというの……?」


「これは地球という巨大な記録媒体が録画した映像だ。意味なんてモノは無いんだろう。奴等に意思なんてものは無いんだしな」


 爆撃により死亡したとされる兵士は、次々に姿を消していく。

 『エインヘリアル』は元々は映像である為、死んだとしても死体が残る事は無い。そして映像であるが故に、慈愛や恐怖心というような道徳心どころか自我すら無いのだ。


「総員、交戦準備」


 不意に無線機に声が響いた。

 フォックストロット小隊の小隊長である拝島俊吾大尉の声だ。拝島隊長は今、見張り台の高台から敵の動向を探っていた筈だと、頭の片隅で思い浮かべる。


「敵は正面からぶつかってくる。物量は向こうが上だが、性能は我々が勝っている。面制圧攻撃を掛けろ」


 小隊長の指示が飛ぶ中、友恵達第二分隊の面々は各々の『適性銃器』のセーフティを解除し、射撃準備を整える。

 瞬間、「機銃、斉射!」と指示が下された。それに連動し、トーチカやバンカーに配備された機関銃を『適性銃器』に持つ銃器使いが発砲を始める。

 凄まじい銃声の轟音が飛び交う中、「おい、お前ら」と駆け寄って来たのは分隊長の里浦友代だった。友恵の実姉である。


「まだ未確認だが、旧日本軍の後方に騎馬隊を見たと言っている空軍パイロットが何人か居る。状況を鑑みるに、塹壕戦に陥る可能性が高いぞ」


「騎馬隊って、今度は戦国武将か?」


「いや、西洋の騎士だったらしい。何れにせよ、機銃で抑えきれる数では無いだろう。日本軍をあわよく壊滅出来たとしても、間髪入れずに第二波が来るぞ。恐らく再装填の隙を突いて、一気に雪崩れ込んで来る筈だ」


 つまりはその騎馬隊というのは、旧日本軍の兵士を盾にしているということだ。

 このまま日本軍を掃討出来たとしても、その間に接近してきた騎馬隊を果たしてどれ程まで抑えられるか。

 友恵は遥か彼方で土煙を上げ、大地を疾駆する騎馬兵団を睨み据えた。


「友恵、お前はこれを使って敵の指揮官を撃て」


 そう言って友代は大型のブルパップ式狙撃銃を寄越してきた。『エンラインPSZ』という名前だったと記憶している。

 最新の電磁対物狙撃銃だ。

 電圧を変化させることで、威力を調節出来る優れもの。名目は対物ライフルであるが、威力を落とせば対人ライフルとしても扱える。


「M6の方が使い慣れてるのに…………」


「なら壊すな。ただでさえ物資の補給が滞っているんだ。近代兵器は大切に扱え」


 思わぬ説教に膨れっ面をしながら、友恵は狙撃銃に備えられている高倍率テレスコピックサイトのレンズに付着していた埃を服の裾で払う。

 正直、狙撃はあまり得意では無い。

 元々、白兵戦に適応出来るように調整されている友恵だ。同じ場所でじっと獲物が現れるのを待つのは好みではない。が、そうも言ってられないのが戦争であることも理解している。


「そう言えば、ザカエフはどうした?」


「奴なら無事に元の世界に後送されたよ。シェルショックらしいが、新米にしては良くやっただろう」


 ジェイソン・ザカエフ。

 数日前にフォックストロット第二分隊に配属された十二歳のロシア人少年。

 研究所出身という彼は、まだ精神面での調整が不充分であったらしく、先日の作戦の折りに敵の迫撃砲による爆撃を受けて精神に異常を来してしまった。それでも敵のトーチカを制圧したという戦果を上げているだけ、そこそこ使える兵士だったと言えよう。


「お喋りはここまでだ。敵が射程に入ったぞ」


 塹壕の端から敵部隊の様子を伺っていたクララが、『適性銃器』である『スプリングフィールドM14DMR』狙撃銃を構える。

 それに呼応するように、第二分隊の面々はそれぞれ銃器を塹壕から覗かせ交戦準備を整える。


 敵兵の数はかなり減っていたが、やはりまだ勢いは衰えていない。

 本当に、軽装備での突撃に何の意味があるのか疑問は消えないが、友恵は余計な思考を振り払い『PSZ』対物狙撃銃のバイポットを展開し発射体制に入った。











 

 全ては夢か、それとも現か。

 それを測る物差しは、今の彼女の手元には無い。

 きっとこの先もありはしない。

 何故なら彼女は既に、

 いや、良いだろう。

 全ては終わった事象に過ぎない。

 私は今の彼女が幸せに生きるよう、

 全てを賭して、

 守り抜くことを誓おうではないか。


 その為に先ずは、私が表舞台から消える事にしよう。

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