一生治らない怪我をした、のです
目が覚めた時、悪夢は終わっていた。
病院の白い部屋の中。
私は本当に夢でも見ていたのではないかと思ってしまった。
でも、夢じゃないのは直ぐ分かった。
起き上るだけで体中に走る痛み。
手足にある縛られた跡。
そして、頭に巻かれた包帯の下にあるたんこぶ。
ぞっとした。
あれは夢じゃない。
あの男から受けた傷はきちんと残っていた。
目を閉じてそむけようとしても、あの男の目が網膜に焼きついてはがれない。
体が徐々に冷えていく。
あれは、私と同じ、人間だった。
私の周りにいるのと同じ、人間。
それなのに、今まで誰もしてこなかったことを、してきた。
その事実だけが、そこはかとなく恐ろしく感じた。
カラカラ
病室の扉が開く音がする。
流れるような、静かな音。
懐かしくも感じる足音が二人分。
それがどうしてか、あの男の足音に聞こえてしまった。
ありえないことに。
ドアで隔たれた、隣の空間から来る、あの足音に。
「あ、天音!目が覚めたんだな!」
「ねーちゃん!」
「っひ!」
知っている人なのに。
あの男とは違う人なのに。
どうしてか、恐ろしかった。
近づかれることが、怖かった。
また、蹴られるのではないかと。
そんなことないのに。
あるはずないのに。
とっさに枕を瑠佳くんめがけて投げた。
「こないで、来ないで!」
他にも沢山のものを投げた。
すぐそばにある台に乗っていたものすべて。
飲みかけのペットボトル、ハンドクリーム、リップクリーム、ペン、タオル。
床に置いてあった靴。
かけてあった布団をも丸めて投げた。
投げるものがなくなる頃、白衣を着た男の人がやってきた。
「・・・っぃ」
シルエットが、そっくりだった。
左手に繋がれた点滴を自分で抜いて、それをその男に投げつけた。
投げるというよりも、転がす方に近かった。
「やだ、やだあ!来ないで!!」
腕に走る鋭い痛み。
目の前には、茫然とした瑠佳くんと颯人。
白衣の人はどこかへ行った。
でも体の震えも、恐怖している心も変わらなかった。
私へと伸ばした2本の手が下りていくのが視界の隅に見えた。
何人かの足音の後、扉の閉まる音がした。
「うぁ・・・っふ」
誘拐事件は解決した。
犯人は無事つかまって、被害者は救出された。
でもその事件は確実に私のトラウマとなった。
例え、犯人が死刑にされても治らない、大きな傷。
一生治らない、ふさがることのない裂傷。
心が死んでしまいかねない、致命傷。
今の私の精神状態では、精密検査も何も行うことはできない。
カウンセリングを受けながらの治療をすることになった。
「初めまして、天音ちゃん」
黒髪の女の人が私に話かける。
私よりも少し上にしか見えない、その人は悲しそうな顔をしていた。
そして私の頭を撫でようとしてきたのだ。
殴られる、と瞬間的に思った私は首をすくませてしまった。
「・・・・」
私の気持ちを察したように手を止めた。
でもその後すぐに私を優しく抱きしめてくれた。
「・・・・・・ぁ」
ぽんぽんと赤ちゃんを寝かせる要領で背中を叩く。
その規則的なリズムは、私を泣かせるのに十分だった。
声を殺して泣いた。
あの日。みんなを拒絶して帰した日もこうだった。
涙が止まらなくて嗚咽もこぼれて。
本当に泣きたいのわけじゃないのに、やめたいのに止まらなかった。
心の奥から恐怖や悲しみが湧いてくるようだった。
「ごめんね、天音ちゃん。もっと早くに助けてあげられなくて」
そう言ったカウンセラーのお姉さんの声がした頃には泣き疲れて眠っていた。