と、友達はいません!
”それ”は寒くなりだした秋の、夕方だった。
瑠佳くんは季節問わずサッカーボールを追いかけ。
俊哉くんは相変わらず自分と戦って。
そして、颯人も仲良くしてくれるようになった。
仲良し姉弟と言われるほどに。
とてもいい傾向だと、よく出来過ぎていると、思う。
いやその時はそうも思わなかった。
失ってから気づく。
これがとても的を射た言葉だと、後に知った。
「ねーちゃん、遅刻するよ?」
「え、あ」
時計の針は7時半を回っていた。
もう家を出なくては間に合わない。
颯人が教えてくれなかったならば、本当に遅刻していただろう。
「ごめん!」
「いーから、走るよ!」
にかっとさわやかに笑いかけてくれる。
繋いだ手はとても温かくて、少しだけ男の子らしさを感じた。
最初の信号に止められるまで私たちは走った。
他の子たちも散見できたからだ。
それに時間もいつもと同じくらいまで遅れを取り戻せた。
このまま歩いて行っても間に合いそうだ。
「はぁ、朝からダッシュは疲れるね」
「・・・うん。ごめん」
「たまにはいいけど」
「ありがとう」
颯人にはまだ気を使われることが多い。
いつかもっと甘えられるように、しっかりしなきゃ。
なんて思いつつ迷惑をかけてばかり。
お姉さんである、意地を見せなくては!
「そう言えばさ、」
「な、なに?」
「サッカークラブの勧誘されたんだけど、どうしよー」
「・・・・」
なんだか、瑠佳くんがものすっごくしつこく付きまとっている映像が見える。
いや、残像だろう。
まるで俊哉くんにしていたようにしたに違いない。
それで、気遣いの達人は困っているのだ。
心遣いを無下にしたくはない。
でもそんなに興味はない。
だったら、私の言うべきことはただ一つ。
「颯人がしたいって思ったことを、すればいいと思うよ」
「俺が、したいこと」
「うん。人の意見とか、気にしなくていいと思う!大切なのは自分の考えだよ!」
私は一気に言い切った。
背後にある瑠佳くんの存在は切り離して。
彼の勧誘はし過ぎている。
あまり気の進まない人にまで、押し付けるべきではない。
「そっか、うん。そうだよね。ありがとうねーちゃん」
こんな言葉で喜んでもらえると気恥ずかしい。
そして、瑠佳くんに対して少しの罪悪感。
「今日は、お友達の似顔絵を描きましょう」
図画工作の時間。
はい、残念。友達はいません。
先生それは私に対しての嫌がらせですか。
そうですか。
なんてひねくれてしまった。
瑠佳くんは元から人望があるので、今クラスの人に囲まれている。
抜け出したそうにしているが、無理そうだ。
彼の周り以外の人たちは着々とペアを作って描きだしている。
完全に後れを取っている上に、完成すら見込めない状況だ。
もう成績は悲惨な結果になるのだろう。
それか、家庭訪問やら二者面談やらをされるのだろう。
いやだ。面倒だ。
「あ、あの」
突然右斜め後ろからかけられた声に肩が跳ねる。
振り返ってみれば、そこには肩まで伸ばした髪の綺麗な女の子がいた。
「一緒に、ペア組まない?」
口はいつもの様に動かなかったので首を過剰に動かして、肯定。
断る理由はない。
それに、せっかく声を掛けてもらえたのだ。
喜ぶべきだ。
「・・・・・・・・・・・・」
黙々とお互い作業に没頭する。
この授業が終われば、大して関わることもない。
寂しいけれど、その程度だ。
そもそも小学生の時の友人がいつまでも繋がっていられるわけない。
この場、限りなのだ。
たしか、この子は向日葵、という名前だったと思う。
花の名前、と覚えていたから間違ってはいないだろう。
ひまわり、ではなく「ひまり」というのは呼ばれているのを聞いて知ったことだ。
彼女の顔を描いている、そのつもりだが。
気が付いたら書き終わってしまい、背景に手を掛けた。
大輪の向日葵が、彼女に似合うのではないか。
そんな安直な考えだ。
実際彼女は、向日葵というには性格が暗い。
まるで私の様に。
もっと大きく笑ったらいいのに。
絵の中の少女がどんどん今の彼女から遠ざかる。
授業終了の鐘の鳴る頃。
満面の笑みで向日葵を抱きしめる女の子が、紙面に生きていた。