表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やめて下さい、死んでしまいます!  作者: 雲雀 蓮
青年期(高校生~)
38/40

私の知らない世界を知っている人がいたのです




「大丈夫、大丈夫、なんとかなるよー」



そう微笑んでいたお姉さんがいた。

いくらか傷ついた手で私の頭を優しく撫でてくれた。

その彼女の本当の心を、私は知らない。








真っ白を視界いっぱいにとらえた。

今度はどっちだろう、と五感を働かせると保健室とは比べ物にならない薬品の香りがする。

なんだ、病院か。



「あ、おはよう」



そう思った瞬間に黒い物体が視界を埋めた。

前にも会ったことのあるその黒髪の女性はいつもの挨拶をしてきた。

返そうと口を開こうとするが、声が出ない。

代わりに空咳が出て、余りのことに身を縮めた。



「あー大丈夫?寝起きにびっくりさせちゃかったかな」



そう軽く言いながら彼女は閉まっていたカーテンを全開にした。

久しぶりに入った光に目が拒絶反応を示す。

思わず閉じてしまった目は中々開かず、その間にお姉さんはカルテのようなものを出した。

単なるメモ帳だと前はごまかしていたが、紙にメモとは思えない検査の結果があった。



「久しぶりに話すね。ちょっとどきどき」



冗談めかして笑う彼女は、瑠佳くんと同じように哀愁も漂わせていて。

ただ事じゃないのだろうなって、一瞬で分かった。



「今回は、何があったのかな?ゆっくりでいいから、教えて?」



優しく頭を撫でながら「痛いの痛いの、夏樹に飛んでけー」と歌う。

その仕草すらも涙を生んでしまうほどに私は怖かった。

記憶がないことを責められることが、思いだせと言われることが。

何かを教えるための言葉を一言も吐かずに私はお姉さんに抱かれて泣いた。


痛みで苦しんでいた時より沢山涙を流して。

このまますべての記憶が消えてしまえばいいのに…。

むしろこのまま私という存在がなくなってまっさらになってしまえばいいのに!




「……うん、うん」




泣きじゃくる私の心を見透かしたように、相槌を打ちながら「大丈夫」とつぶやく彼女がどんな顔をしていたのか、私は知らない。

ただ、お姉さんの手が震えていたのだけははっきりと覚えている。




















涙が枯れるほどに泣いて、疲れを感じるほどだった。

でも心のどこかで整理がついてしまって、このまま眠れそうなほどには落ち着いていた。


その状態になった私にハンカチを渡したお姉さんはことのあらましをもう一度訊いた。

冷静になって答えてみれば私に非がある感じがする。


「記憶がないのを責め立てられて、頭痛がした」なんて。

瑠佳くんが悪いわけじゃない。(なんで忘れているのかわかったのかは別として)

彼に謝らないと。きっと迷惑をかけた。



そこまで何とか話し終わると、お姉さんはファイルを閉じた。



「なるほど、記憶がなくなっちゃったんだ」

「…うん」

「ちなみに、その時一緒に居た人ってわかる?」

「わ、わからない。でも瑠佳くんはもしかしたら、しってるかも」

「…もしかしたら、一緒に居たのは瑠佳くんかな?」



顎に手を当てて引っ掻くようなしぐさをするお姉さん。

数日前にできただろうかさぶたがはがれた。



「…そうなると、彼にきいたほうが早いのかもね」

「…っ」



思わず息をつめた私の心中を察してか、お姉さんは急いでつけ足した。



「あ、えっと天音ちゃんはここにいてもいいよ。私が瑠佳くんに会ってくるから」



紹介だけして?と小首をかしげるお姉さん。

紹介ってどうやるんだろう、と首を傾げる。

継いでお姉さんが「どこに住んでる子?」と訊いたので近くの家だということと名字は「鎌田」であることを話した。


「ふむ、『鎌田』っと」


ファイルを開いて書きこんだあと、またファイルと閉じた。

それだけで行けるの?と訊くと、彼女は言った。


「こう見えて探偵だから、ね。案外いろいろ分かるんだよ」


すごいね、って言ったら彼女は少し誇らしげに笑った。




「君の言う瑠佳くんの方がよっぽどすごいと思うよ」




遙か彼方に向けた視線はここから見えないはずの瑠佳くんが見えているかのようだった。



















「やぁ、君が『瑠佳』くんかな?」

「あんた、だれ」

「いやぁ言葉遣いが悪いねぇ、減点。丁寧に教えてあげようかと思ったけどやーめた」

「…」

「その危ない武器はしまおうか。さすがに君を傷つけると彼女が悲しむからね」

「…あんたは、味方か?」

「…っはは、君何と戦っているつもりかな?」

「…天音の」

「『敵になるすべて』とでも?最近の君の行動は少しばかり過激だ」

「あんたには関係ない」

「急いては事を仕損じる。君はもっと落ち着くべきだ」

「…っ!」

「君が本当に叶えたい願いは、なにかな?」

「俺は、ただ」

「うん。それは君のエゴだ。彼女の気持ちを全く考慮してない」

「あんたも、あいつらと同じことを言う」

「『あいつら』ね。とんだ言い方だ。君にはわかっていないのか」

「…?何の話だ?」

「実に簡単な話だよ、実に、簡単な話」



「本当の彼らの姿が見えない内は、君は彼女を救うことなんてできやしない」












翌日。

瑠佳くんに会ったとお姉さんは言ってきた。

「どうだった」と訊くに訊けず、黙っていたらお姉さんが教えてくれた。



「彼も、君に何があったかは知らなかった」と。

常にない愉しそうな表情のお姉さんは、私の頭を優しく撫でた。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ