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やめて下さい、死んでしまいます!  作者: 雲雀 蓮
青年期(高校生~)
34/40

思いだせなくてもやもやします




たまにふっと忘れていることがあるような心地がする。


家を出てすぐに何か忘れ物をしたことに気付くのだけど、それが何なのかわからない。

そうして学校で漸く気づいて、困ってしまう。そんな時の感覚に似ている。




私は、何かを忘れている。

でもその何かは、わからないのだ。







結局私と向日葵ちゃんは二人の応援しにはいかずにテスト勉強をしていた。

流石にいけるはずもなかった。


二人のためにも、私のためにも。

無駄な苦労を生む必要はどこにもないのだから。



暑さなのかテスト勉強への疲労かで向日葵ちゃんは瀕死だった。

机から起き上がれないという病気になって早数分。

未だ起き上らないけれど、勉強大丈夫かな?


ちなみに今日の勉強会が始まったのはつい数十分前だ。

進捗を彼女に訊いたらきっと青ざめることだろう。




私たちの代りに颯人が応援しに行った。しかも録画してきたのだ。

颯人の取ってきた彼らの雄姿をテレビ画面で見せてもらった。

動画には二人が活躍する様子と、興奮している颯人の歓声が入っていた。

颯人の声に家族みんなで笑った。

お父さん曰く「お前の声がうるさいぞ」って。

久しぶりに両親が楽しくて笑っているところをみた気がして、颯人に感謝した。



二人ともすごくて、このまま県大会に行くらしい。

その時はまた颯人が行くと言ってニコニコしていた。


テレビ画面越しの瑠佳くんは勿論キラキラ輝いているように笑顔で、楽しそうだった。

俊哉君は気迫がすさまじくて、本当に俊哉君なのかと疑うほどだった。

二人ともいつもとは違って、初めて見る顔ばかりしていたのが少し寂しいなって思った。


でも、まぁ。

それはそれだ。

二人が頑張っているところはとても、素晴らしいことだ。

彼らの姿を見て私も考えることができた。

好きなものほど頑張れるってこと。

私にとって好きなものは今のところない。

けど、できた時はみんなが見たことないような私になれるのだろうって。



だから今は、焦らなくても、無理しなくてもいいのだと。



「ひ、向日葵ちゃん。勉強、しないの?」

「ああーうあーー」



どうやらこちらはもう少しだけまったり勉強をすることになりそうだ。

そう思って世界史の教科書を開いた。







私たちの学校はまさに自由。

教科選択の自由度が高いのだ。

そしてクラスの隔たりというものが限りなく薄い。


一年生の時から選択教科が多いと困るなって思ったけれど、そんなことはなかった。

単純に順番決めをしているようなもので、人数調整とも言える状態だった。


選択科目は来期(二学期制なので)で、今回取れなかった分を補うようになっている。

なぜそんな体制を取ったのかは私にはわからないけれど。

でも美術や音楽等の芸術系科目は一科目しか取れないのでたっぷり悩んで美術にした。

それはやはり向日葵ちゃんがいるだろう、というものではなく一人でできるから。

音楽で合唱などになった瞬間、私の場合アウトだ。


他人に迷惑をかけないための配慮。

今さらって感じもするが、しないよりはした方がいい。


基本となる三教科(国語、数学、英語)も勿論クラス分け。

しかも成績順で区切っているみたい。

だから瑠佳くんや俊哉君と同じ授業になったりすることもままある。


ただ体育だけは男女別に行うので、前半クラスと後半クラスの男女で交互に受けることになる。





美術はテスト勉強というより作品を仕上げなくてはならない。

授業時間内で。

だから実質勉強することはないので楽だ。

国語(特に現代文)は得意だし、歴史もまあまあ、英語は昔勉強させられたところが出題範囲。

後は数学の演習を只管やっていてもいいかなって思う。

化学も少しやっておかなきゃいけないけれど。



・・・・向日葵ちゃん、大丈夫かなぁ。














そんなこんなでテスト期間に入った。

県大会は夏休み中なので、瑠佳くんと俊哉君も難なくテスト勉強出来たらしい。

相反するような向日葵ちゃんの顔を見て二人は察したようだった。


「まぁ、何とかなるよ」

という慰めにもならない言葉は口からこぼれもしなかった。


単純に作ったノートを見つけていたから気づかなかった、というだけだけど。

気づいたときには涙目になっていた向日葵ちゃんをみて、申し訳なく思った。

「気づかなくてごめんね」って言ってはみたものの、屍の様になった向日葵ちゃんは反応しなかった。

呼吸が安らかすぎて、ちゃんと生きているかわからないほどだった。




何だかんだあってテストが終わって、一息ついた後、夏休みが来た。

幸い赤点はなかったので補講はなし。

芸文祭のための作品作成に問題なく取り掛かれる状態になった。

(芸文祭自体は秋にやるようで、作品は夏休み明けでいいと言われた)

…向日葵ちゃんに結果を聞こうとしたけれど、反応がその時もなかった。

勿論瑠佳くんと俊哉君は全然大丈夫、というか成績上位に居た。

一応私も上位10位に入っていたのでよかった、よかった。



夏休みの課題は出たので、既に取り掛かってしまう。

まだ手を付けたばかりで1/4も終わっていないが、最初の一週間くらいで終わらせる予定である。

嫌な事は早目に終わらせてしまいたい派なので。









夏休み。

あんまり頑張ってないけれど長期休暇を取ってもいいのだろうか。

中学の時みたいに。


やはり何かしよう、という気だけが早ってしまう。

その気持ちのやり場が課題に向いているとも言えるのではないだろうか。

一見真面目に見えるこの行為は、ただ心の安定を求めているだけのものなのに。





「あ、ねーちゃんおはよー」

「お、はよー?どこか行くの?」

「うん!今日は瑠佳に―ちゃんの試合あるから行ってくる―」

「そっか、いってらっしゃい」

「行ってきまーす!」



バタバタとあわただしく出ていく颯人。

その背中を見て私も身支度を調える。

別にどこかへ出かける予定はない。

それでもやはりいつまでもパジャマでいる訳にはいかないから。


顔を洗って目が覚めた。

眠気もどこか遠くへ逃げていったので、後は落ち着いて順序良く仕度すればいい。



「…あ、颯人水筒忘れてる…」



リビングの机の上には青い水筒がポツンと取り残されている。

それは紛れもなく颯人のものであり、なおかつ今日の予想最高気温は35度。

戻ってきていないか玄関先まで確認しに行ったが、どこにも見当たらない。


暑いなか水分も取らないでいたら倒れてしまう。

どうしようと焦る思考の中、「届けないと」という使命感が湧いてくる。


私が気づいていてあげられたら、こんなことにならなかったのに。

どう見たってカメラしか持ってない彼を見て、「飲み物持った?」って聞けるほどの余裕がなかった自分がふがいない。


「よし!」


日焼け止めを塗って、少しだけ庇の大きい帽子をかぶる。

念のため、自分の水筒も持ってサッカー部の試合場所へ向かう。

幸い場所はわかっている。大通り沿いに行けば間違いなくいけるだろう。











みーんみーん、と喧しいセミの声がする。

それに応じて気温が上がっていくような錯覚に陥る。

暑い、と口に出してみて汗をぬぐう。

ハンカチじゃなくてタオルを持ってきてよかった。



交差点を右に曲がればもう着く。

しかしその交差点では何やら事故があったようで、人だかりができていた。

これでは進入できない。そう判断したので、大通りから少し外れた道を行くことにした。

こちらの方が回り込まずに行けるだろう。いわゆる近道だ。


それにしても横断歩道のあるあたりにトラックが突っ込んでいたようだったが、大丈夫だろうか?

というか、こんなに見晴らしの良くて大きい道で事故?

帰るまでに渋滞しそうだな、としか思わずに通りすぎた。


じっくり見る心の余裕はなかったので、詳細を知ることはなかった。










もうじき試合会場となっている建物の入り口という時にまたあの女の子をみた。

休日なのに制服を着て、ぼんやりと下を見てたたずむその姿は廊下で見た時のままであった。

こちらの視線に気付いた様子で自然と目が合う。

短めの黒髪で少しだけ隠れて居た顔が露わになる。

真っ白な肌、髪と同じ真っ黒な瞳がとても印象的だった。


彼女は少しだけ顔を緩めて、嬉しそうな顔をして会場の中へ入っていった。

後を追うように私も入ってみたが、入り口付近にはもう既に彼女はいなかった。






「…あれ?」

「あ、ねーちゃん?!なんで!?」

「あ、天音!!?」



他にも沢山人がいてざわざわとしている中、二人の声ははっきり聞こえた。

焦ったような、慌てたような声をあげて二人は駆け寄ってきた。

それに対して私が動揺しつつ、声もなく水筒を差し出すと、颯人は更に驚いたような顔をする。



「え、水筒届けにきてくれたの…?」



と、問うので首を縦に振って肯定する。

すると颯人が「ありがとう」と言って笑った。

瑠佳くんはその一連のやり取りを見て言葉を発しないまま見守っていたけれど顔全体で驚きを示していた。

おそらく二人とも私がここに来るなんて思いもしなかったから驚いているのだろう。

私だって本当ならば来るはずもなかった。


「あの、ね」


そんな瑠佳くんに応援の言葉を言おうとした、はずだった。

がんばれって一言だけでも言えたらいいな、と。

せっかくここまで一人で来られたのだから。


でも、




「ここに、女の人、私の前に入ってこなかった?」




でも口は全く別の言葉を放ち、また二人を驚かせた。

自分で言って何を言っているのだと思ったけど、どうしてか止められなかった。

あの人が誰かも判らないのに。

どうしてこんなにあの人を見つけては考えてしまうのだろうか。


「いや、ここ入口だから往来激しくてみてなかったから」


そうだよね。

至極当り前な答えが返ってきたので肩を落とす。

その様子に対して不思議そうに感じつつも、焦った様子の颯人が言う。



「ねーちゃんの知り合い?なのその人」



これには頭を横に振って否定。


だって名前すら知らない。学校が同じってことしかわからない。

なおさら謎を深めていく私の言動に颯人は挙動がおかしくなっていた。

「あ、え」と繰り返しているのを聞いて、漸く彼を困らせてしまったことに気付いた。

そのことを詫びて何でもないとごまかせば多少は緩和したけれど、多分忘れることはないだろう。

気まずくて顔を下にそむける。


自分でも何がしたくて、何を考えているのかわからない。

ただただ、あの女の子が気になって仕方がないだけなのだ。

それそのものがおかしいと、わかっているのに。





何かを忘れている、それが何か思いだせない。

登校時に家を出た時の感覚に似たそれが私を襲う。

なんでだろう。何を忘れているのだろう。

もどかしい、気持ち悪い、なんで、わかんないの?





そんなことを考えていたら、瑠佳くんの試合の時間が近くなったらしい。

「俺もう行かなきゃ」という言葉にはじかれたように顔をあげた。

そして考えていた言葉を、口にだす。



「が、がんばって!」

「・・・!あぁ」



一瞬驚いたように眉尻をあげた彼はニッと口角をあげて笑った。

くるりとまわって颯爽と歩いて行くその背中を見て思う。

言えて、よかったと。

ほっと一息ついた私に颯人が言った。



「せっかくここまで来られたから、見ていく?」



否定するほど怯えていない自分に、自分で驚いた。

今日はなんだか調子がいいみたいだから大丈夫、そう伝えると彼も笑った。







サッカーはテレビでも見ないからルールとかよくわからない。

でも今日の試合は私一人で見ていてもきっと楽しめただろう。

それほどまでに瑠佳くんが生き生きと、楽しそうにプレーしていたのだ。

いつも見る瑠佳くんとは少しだけ違うその姿をどうしても追いかけてしまう。


あの幼い日見たのと同じように、彼は楽しそうだった。

相変わらず、サッカーが好きで仕方ないって顔をしていた。








「ねぇ瑠佳にーちゃん、その顔でねーちゃんのまえ出て来ないでね?」

「え?!」

「でれっとしちゃってさーかっこわるい」

「う、うるさい!だって、だって」

「ねーちゃんは、俺に!水筒届けに来ただけだから」

「うっ!」

「勘違いしないでくれる?(にっこり)」

「…お前もか。お前も俺の敵なのか、はや」



「あ、ねーちゃん帰ろっか?瑠佳にーちゃん部活の方に一回戻るらしいし」

「え、あ。うん、分かった」

「ばいばい、瑠佳にーちゃん」

「え、ちょ」

「また、学校で」

「あ、あぁ」







「瑠佳にーちゃん面白いよね」

「?え、なんで?」

「ううん、何でもない」



帰り道、颯人の機嫌がすこぶるよかった。

やはりスポーツ観戦好きなんだろうなぁ。

今度テレビでやってたらチャンネル変えるのやめようかな。








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