応援してもらった分返したいのです
ようやく熱風が全身を掠めるのに対して慣れが生じてきた。
少しだけ頭はぼぅっとするけれど、大丈夫だ。
割合今日は元気な方である。
でも余りの暑さで乾燥した舌がひりひりする。
雲一つない青空がまぶしくて、目を開けていられないほど。
それがまるで彼らのようで、見ていて気持ちよかった。
「はい、今日の授業はここまでです」
石垣先生の言葉に合わせて帰り支度を始めるみんな。
本日最後の授業が終わったので、掃除か部活か帰宅。
大体の生徒が部活に入っているこの学校では帰宅部とされる人も少ない。
けどまぁいないわけじゃない。
実際にこのクラスでも一人か二人はいるって向日葵ちゃんが言っていたから。
勿論大会を控えている生徒は速攻で掃除なんて終わらせて練習に行きたい。
だからこそみんな帰り支度を帰りのホームルームまでに終わらせたいのだろう。
私は別の意味で急いで支度をしているけれど。
私の場合は、人よりも少しだけ早目に行動しないと、周りに迷惑をかけてしまうから。
今週は教室の掃除当番が待っている。
後は部活に行くだけ。作品の内容を考えないとなぁ・・・。
と、ぼんやりしていたところに先生が声を張り上げて言った。
「で、ですね。みなさんご存知の様に、今月末中間テストを行ないます!」
時が止まったように教室が静かになった。
まるで息をするのもためらわれるようなその雰囲気に先生も慄いた様子。
「みなさん年間予定は見てますよね?大会前だからって勉強を一切していないなんてこと、ありませんよね?」
無言は肯定ですよ、先生。
そんな言葉を誰もが思いついただろうけれど、誰も言わなかった。
「やばい、どうしよう」
「今更焦ってどーすんだよ」
「ちょ、なんで瑠佳開き直ってるの?!もう諦め?!」
「いや、お前と一緒にすんなって。俺いつもちゃんと授業受けてるし、勉強してるから」
「瑠佳の裏切り者―」
教室の掃除をしつつ、ゴミ捨て当番で通りかがった瑠佳くんと仲良く会話している向日葵ちゃん。
それをほのぼのした気持ちで見ていると俊哉君が塵取りを持ってきてくれた。
(俊哉君は部活が始まる時間までのひま潰しで手伝ってくれている)
「相原は大丈夫か?」
「あ、テスト?」
「あぁ」
「た、多分?一応ちゃんとノートはまとめてるよ」
「そうか」
それ以上何も言わずに掃除を終わらせていく。
やっぱり落ち着いた雰囲気は変わらないなぁ。
よく周りのみんながどんどん変わっていくと感じていたけれど、本当はそんなことなかったのだろう。
焦りすぎていた私の錯覚だったのだ。
彼らは確かに変わった部分もある。
でも本質は何も変わっていない。
こうしてちゃんと落ち着いてみればわかったことなのに。
よほど精神的に余裕がなかったのだろう。
そのことを改めて思い知った。
言葉にしなかったけれど、みんなに対してのひどい思いは反省すべきだろう。
でも。
私は、少しでも変われた部分があるだろうか・・・。
「天音!大丈夫か?」
「・・・え」
「ぼーっとして、具合でも悪いのか?」
心配そうにわたしの顔を覗き込む(けど遠いところにいる)瑠佳くん。
考え事をしていて周りを見ていなかったため気づかなかったみたいだ。
声すら聴いていなかった。
「だ、大丈夫だよ」
焦って返事をすると彼は訝しげにもう一度訊いてきた。
「本当に、大丈夫か?」
何もかも見透かされそうなその視線がとても怖かった。
心配されているのは申し訳ないし、嬉しくはある。
でもその視線がどうにも、心を逆なでする。
なんだか心地が悪くて仕方がない。
「うー」とか「あー」と繰り返しているうちに先生がやってきた。
「あ、教室の掃除終わったんですね」
その言葉で漸く掃除が終わっているのに箒を持っていることに気付いた。
これは体調不良を疑われるのに十分だ。
慌てて箒を片付けるために掃除用具入れへ向かう。
びっくりした。
瑠佳くんにはいつも驚かされるけど、今日は特にドキドキした。
やましいこと考えていたからだ。
友達思いそうな彼に見透かされたら、きっと嫌われてしまう。
そうしたら、みんなと一緒に居られなくなる。
次の日のお昼休み。
いそいそとお昼ご飯を食べる仕度をしていたらいつも通りに瑠佳くんがやってきた。
そして何でもないように誰かの椅子を借りて私の向かいに座った。
でもその距離は決して近くはなかった。
そうして、開口一番にこういった。
「そういえば、向日葵は大丈夫か?」
対して、何のことを言われているのかわからないといった表情の向日葵ちゃん。
私も何のことかわからなかった。
中間テストの話かなって言うのは直ぐ思いついてもいいはずなのに。
「へ?あたし?」
「だってお前、掛け持ちだから絵描きながら文章書くんだろ?」
「あ゛」
「加えてテスト勉強かぁ。大変だなぁ?」
心底意地悪な顔をしている瑠佳くんと、真っ青な顔色の向日葵ちゃん。
こういうところで仲の良さがはっきり出てくるよなぁって思う。
瑠佳くんが私を好きだと言ったのは、昔の私。
今瑠佳くんは向日葵ちゃんが好きなのだろう。
そうとしか思えない。
私は別にそれで構わないと思うし、できることなら応援したい。
でも私ができることってほとんどないから、見守るだけ。
二人が幸せになる未来を願っているだけ。
ちょっとだけ寂しいけど、それも仕方がない。
「天音―勉強教えてー」
「え、」
「お願い!一生のお願いー!!」
「え、え」
私の肩にしがみついて懇願してくる彼女。
驚きのあまり声がまともにでない。会話ができない状態の私。
その不毛なやり取りを打ち切ったのは授業開始のチャイムだった。
キーンコーン
「あぁああ」
みんなが自分の席へ戻っていく騒音の中、向日葵ちゃんの小さな悲鳴が聞こえた気がした。
カリカリカリ…
ペラペラ
何かを書きこむ音と本をめくる音だけが耳に入ってくる。
今日の文芸部の部室には私と小田先輩、勉強の追い込みをかけている向日葵ちゃんがいる。
勿論私と先輩は芸文祭に提出するための作品作成(私はまだなにも決めてないから練習)中である。
汗をぬぐいながらも必死にノートを写している向日葵ちゃん。
それをみてなんだか私も頑張らなきゃって気持ちになってきた。
まぁ、写しているのは私のノートだけれど。
綺麗にかけているかな、読めるかな。
そんなドキドキもある。心拍数がいつもの二割増しくらいである。
シャーペンを持つ手が震えてしまう。
「…あっつーぃ」
蚊の鳴くような声で向日葵ちゃんは言った。
恐らく私と小田先輩に対する配慮だ。
私はともかく、先輩はとても集中している様子、って違った。
いつもの様に向日葵ちゃんを警戒している。
ちらちらと向日葵ちゃんに視線を送っているところをはっきり見てしまった。
タイミングが悪かったのかもしれない。
ばっちり目が合って照れている様子もうかがえた。
「天音―何かいてるの?」
「え、あっと、ちょ、ちょっとね」
「うー文字ばっかりー」
そりゃあ文芸部だからね。とは言えなかった。
自分の書いたノートの方がもっと字がずらずら並んでいると思うよ。
色鮮やかといえど、やはり字の量はすごい。
国語だから図形の類はないし、見づらさって言うのはどうにもできない。
「ちょっと休憩―」
そういって机に突っ伏してしまった。
起き上るほどの気力と体力がないようだ。
身じろぎもしない。
「そういえばさー天音は、応援しに行くのー?」
「?」
応援?何の?
そう言おうとしたけど、口が上手く動かなかった。
その代りに生まれた沈黙で彼女は気づいてくれたようだった。
「あー瑠佳とか俊哉の試合見に行くの?」
「・・・あ」
考えてもいなかった。
そう言えば二人は大会があるからって夜遅くまで練習しているんだった。
でも・・・私なんかが応援に行っても・・・なぁ。
だってたくさん人がいるところはまだ苦手だから。
今日だって勉強会をするってなって図書館に入ろうとしたけれどダメだった。
仕方がないから部室に来たのだ。
もっと沢山人がいるところなんて、行けるはずない。
それに私が行ったって嬉しいわけない。
心配で試合に集中できないかもしれない。
行っても、迷惑なだけだ。
「わたし、は」
「あたしはさー天音と一緒に居るよ」
「え?」
「天音が行くなら一緒に行くし、行かないなら一緒に勉強するよ」
「・・・」
「きっと瑠佳馬鹿みたいに喜ぶと思うよ」
「・・・そんなこと」
「でもね、天音が無理することもないとあたしは思うの」
起き上ろうとして、生まれたての小鹿状態になっている向日葵ちゃんは至極まじめだった。
腕はプルプル振るえているけれど、言っていることはぶれてない。
支点である肘の所為で机が揺れて、小田先輩が悲しそうな顔をしているけれど。
「そ、だよね」
「うむむぬ」
今回は無理だと決断したけれど、いつか行ける日が来るのかな。
必死に起き上ろうとしていた向日葵ちゃんは、帰るまで辛そうに呻いていた。
「うーだるー」
「お前なーちょっとだらけすぎじゃねぇ?」
「うるさいなぁ、瑠佳にはわっかんないよー」
「はぁ?なんだよそれ。単純にだらしなーくしてるだけだろ?」
「うるさいから、こっち来ないで」
「なんだよ、ったく」
「どうしたんだ?喧嘩でもしたのか?」
「なんか、今日はやけに機嫌悪いみたいで」
「ま、いつも調子いい奴なんていないだろう?」
「うーん、まぁそうだけどさーもっと言い方あるんじゃないかって」
部室だけではなかったあのだらけようの理由は、酷い生理痛だったと後でこっそり教えてもらった。
どうやら向日葵ちゃんはお腹が弱いらしい。
夏でも何かしらかけておいた方がいいんじゃないかなって思ってさりげなくタオルを渡したけれど、わかってもらえなかった。
「あつい」って言って枕にされてしまうので、未だに解決できていない。




