初めての部活動です!
桜の花びらがここぞとばかりに散り急ぐ。
春の終わりを告げられた寂寥感と花の儚さを想う。
目を閉じればざぁ、と優しい音の風が全身を通り抜けていくように感じる。
スカートが少しだけ短くなったような心地になる。
きっと小田先輩の言っていたのはこういうことなんだろうと、想像した。
部活登録の日。
私が真っ直ぐに入部届けを提出しに行ったら泣いている小田先輩と石垣先生にあった。
二人ともとても悲しそうな顔で、下を向いていた。
先生が何事か話していたのが廊下から聞こえてきた。
多分廃部に関する話だった。
静かに扉を開けた自分の影の薄さで却って微妙なものを見てしまった。
精いっぱいの勇気を振り絞って声を掛けるまで気づかれなかった。
「あ、あの・・・」
たったそれだけ。
それだけの言葉で彼は涙を宙に浮かしながらこちらを見て、また泣いた。
紙を、部活登録用紙を持っている私を見て、彼は一体どんな思いだったのか。
私には到底理解できなかった。訊きもしなかった。
あまりのことで立ち上がれない彼の代わりに、近づいてみた。
少しだけ心拍が上がる。先生がいるからだろう。
涙が出る。お願い先輩、泣かないで。もらい泣きしてしまいそう。
「わたし、この部活に、入ってもいいですか?」
文芸部の顧問の先生に問う。
大きくうなずいて用紙を受け取ってくれた。
「先輩、部活、一緒にやっても、いいですか?」
知らない人だ。怖い。でも他人とは思えない。
他人行儀半分、親しみ半分。
初めてだからなんといって加入すればいいのかわからない。
これでいいのか、そんな確認も込めての言葉だった。
むしろこれ以上の何かが言えたとは到底思えない。
私のそんな不安な気持ちを知らないだろう先輩は、泣いて笑った。
「・・・・はい、一緒に」
へにゃりと崩れた顔で泣いて、笑って。
一つ上の先輩だということをのちに知ったが、やっぱり年上に感じられる部分は少なかった。
でもその分、友達のような仲のよい付き合いになった。
気づけば先輩だということで作っていた他人の壁が少しずつ薄くなっていった。
「先輩、どうでしょうか?」
「んー、何というか、情景描写が弱い感じですかね」
「情景ですか?」
「もう少し人物からピントをずらしたような文章を入れてみてはどうでしょう?」
「なるほど」
二人だけの時間はとても穏やかで、気づけばあまり閊えずに話せるようになった。
本当に限られた時間だけれど、”普通”で居られている自覚があった。
先輩もとても楽しそうに笑ってくれる。しゃべってくれる。
それだけで私は嬉しかったし、楽しかった。
これが青春ってものなんじゃないかと、初めて思った。
ちなみに、私が入部届けを出した後向日葵ちゃんと俊哉くんが来た。
多少条件はあるものの、入部する意思を示すと先輩はまた泣いた。
先生が「よかったですね、小田君。これでまた部活動できますね」と涙声で言っていた。
この先生は本当にいい人なんだろうなぁと思いつつ、今でも距離は縮まらない。
今だけかもしれない。そう嘘でも考えておく。
そうじゃないと裏切られた時辛いから。辛いだろうから。
それにたった一つの側面を見ただけでは私の意識は変わらない。
ずっと根深くあるトラウマは、消えない事を自分でも感じている。
埋め立てようにも、無理矢理縫合しようにも深すぎる。
だからいまはそっとしておかねばならない。それ以外に手を加えてはいけない。
他の治す方法を見つけなくては治りを悪くさせるだろうから。
治りかけの瘡蓋と同じように触らないままにしておかなければならない。
「ねーちゃん、最近しゃべるようになったね」
「・・・・そ、かな?」
「うん。なんか、言葉がよく出てるよ」
桜の花びらが半分くらい散ってしまった頃の朝。
一緒に朝ごはんを食べていた颯人が唐突に私の変化を述べてきた。
あまりのことでびっくりはしたが、ほめられていることに気付いてちょっと違和感。
私の方がお姉さんなんだけれども。なんで弟の颯人に褒められて喜んでいるのだろう?
いや、でもどんなに年をとってもほめられることは嬉しいことであって(以下無限ループ)
「え、あ、うん。べ、勉強してるからね?」
「高校入ってからねーちゃん変わったよ。笑うようにもなったし、夜泣かなくなった」
「えっと」
ばれていないと思っていた。
夜は精神的に不安定になる。誘拐されたあの日の夜を思い出すからだろう。
でもそれ以上にいろんな音が怖くなるのだ。
テレビも音楽も、救急車両のサイレンや暴走バイク。
それらを含めた多くの音が私の神経に直接障るのだ。
耳をふさいでもふさぎきれない音が確実に私の精神を摩耗させる。
だからその分私は涙を流さずにはいられないのだ。
しかし夜に大声をあげて泣く訳にはいかないので、声を殺しているはず。
なぜばれたのだろうか、と訊けば鼻をすする音が扉越しにも聞こえたからだという。
「家族みんな知ってるよ。夜不安で泣いてるの」
「・・・・その、ごめん」
「別に謝られても・・・・。ねーちゃんはさ、無理しちゃダメなんだよ」
「・・・うん」
「家でくらい素直でいて」
「わ、わかった。・・・って颯人!学校遅刻するよ!」
颯人の方が登校時間は長くて、授業開始時間が早い。
だから一緒に朝食を食べていると時間が狂ってしまう。
それを分かっていて彼は私を待っていてくれたのだ。
落ち着いた状況で私がいられるように、自分に無理を課したのだ。
弟の大人びた心遣いに心が震える。
なんでみんな、こんなにすいすい変わっていってしまうのだろうか。
朝ごはんを食べ終わり、手を合わせ終わった彼が立ち上がる。
「颯人、ありがとう」
「・・・なんのこと?」
にやりと悪戯っぽい笑顔を私に見せて彼は家を出た。
彼の足ならば遅刻なんてしないだろう。むしろ最短時間を目指しているのかもしれない。
瑠佳くんの様に毎日楽しそうに暮らしている。
前の家とは全然違うと笑っていた。
全部お父さんとお母さんと私の、相原家のみんなのおかげだと誕生日に言ってくれた。
家族みんなで抱き合って彼の生誕を祝ったのが記憶に新しい。
怖くはない。焦りもない。ただ穏やかな気持ち。
こんな気持ちがきちんと誰かに伝えることができたならば、いいな。
「あ、ああ、ああの」
「はい、先輩。どうかしましたか?あ、先輩もお菓子どうですか?」
「あーーー俊哉、私のお菓子食べたー!?ひどー!」
「・・・・(あぁ)」
兼部部員(試合前は幽霊)の二人が来るときは大体いつも通りの私たちに戻る。
それは私と先輩しか知らない、隠された事実なのである。
うん。いつかみんなと同じテンポで話せたらいいな。
先輩の優秀さをみんなにも教えてあげたいな。
きっと聞いたらびっくりしちゃう。
普段のおどおどしたような態度にはないような文学への情熱。
眼鏡の奥にある黒い目は何時だってキラキラ輝いているんだよって。
肝心の私(唯一の理解者)が話せなかったら意味がないんだけれど。
先輩の凄さが世に知れ渡るまではもう少しだけ時間が必要になるだろう。
とりあえず今は、私だけが知っていればいいのだ。
「はぁ・・・」
「ど、どしたの?瑠佳くん」
「うわぁ!・・・天音?天音こそ、どうしたんだ?」
「・・・向日葵ちゃんが、瑠佳くん、元気ないって」
「え、ああ。そっか。・・・ありがとう」
「うあ!」
「・・・・・・・ごめん、近寄りすぎた」
「うううん!・・・だ、だいじょぶ」
「・・・(おい、なんで相原をけしかけるようにしたんだよ?)」
「・・・(元気ないから気遣ってあげてんじゃん)」
「・・・(逆にダメージ与えているような気がするぞ)」
「・・・(え、うそ?!)」
「そこに隠れてる馬鹿二人!さっさと出てこい!!」
「あ、ばれた」
「逃げるぞ」
「待てー!!」
「・・・(置いて行かれちゃった。まぁいっか)」




