不思議なことが起きました
入学してからは、特に何もなかった。
何も、というのは語弊が生じるだろうけれど、少なくとも中学の様にいじめられることはなかった。
(・・・私の知らないところではあったのかもしれないけれど)
担任の先生だって優しい人だし、教科担当の先生だって優しい。
指名されても答えられなかったり、どもってしまったときは言い終わるまで時間をくれた。
他の生徒がまぁ、特に注視してこない、というのが今は嬉しい。
お互いまだ知らない人同士だから、あまり絡んでこないのだろう。
というかみんながみんな、付き合い方を考えている様子だった。
私は自分のことで精いっぱいだったけれど。
「あー、つかれたー」
「・・・・・ぅ」
大きく伸びをしている向日葵ちゃんは、椅子を倒れんばかりに傾けている。
転ぶから危ないよ、と言う間もなくやめて私の方に少しだけ彼女の顔が寄ってきた。
単純に私に話があるようだった。
「そう言えば、天音は何部入るの?」
「え」
部活なんて考えていなかった。
どうせ何もできないだろうと、考えていたからだ。
だから勉強だけしっかりしようと、それだけしか決めていなかった。
あまりにも唐突な新要素に私は狼狽した。
「え、ええ、え、と」
「あー、考えてなかったの?じゃぁ、一緒に回ってみない?」
「まわ、る?」
「部活見学。確か今日からだよ」
ニコニコ顔の向日葵ちゃんに悪意はなさそうだった。
単純に私を連れ出すきっかけを作っただけ、後でそう言っていた。
「じゃぁ、ホームルームを始めますね。えっと」
朝いちばんと、授業終わりに必ずホームルームを開く。
その際に必ず石垣先生が出す謎のファイルがある。
そこには一日の予定が書きこんである紙が挟まれているのだと、誰かが言っていた。
おそろしいほどに、細かく。閻魔帳のようだと誰かが揶揄していた。怖い。
しかも国語の先生だから字が尋常じゃないくらいに綺麗だという噂だ。
黒板の字も結構きれいだから多分嘘じゃない。
「あ、今日の五時限目には、委員会を決めてもらいます。
このクラスは人数が多いので、何人か免れる人も出てくると思います。
それと今日から各部部活見学を開始します。
活動場所は各自一階昇降口付近にある掲示板で確認してください」
事務的に一日の、特筆事項を述べた後、先生はいった。
「これからの学校生活において重要なものになる部活です。
しっかりと考えて入部してくださいね」
にこやかに笑う先生も悪意はなさそうだ。
うん、みんな悪意はない。
私が勝手におびえているだけだ。部活、つまり人付き合いに。
部活に入るということは、元から人がいる中に飛び込むもの。
それはつまり、えっと、前からある円の中に入る。
ハブられる恐れも、いじめられる恐れもある。
そしてこの私の人見知り。恐怖以外の何物でもない。
自殺行為だ。無理だ、やめておけと声がする。
『向日葵ちゃん、私は部活入らない』そう言えたらよかった。
言えなかった私はこうやって放課後学校内を練り歩くことになったのだけれど。
安定の右後ろから向日葵ちゃんについていく。
私たちの他にも部活見学をしに行こうとしている人たちでごった返していた一階。
怖すぎて近寄れない。
「あー、やっぱりか」
こうなっているのは入学式でも学んだ。
と、笑ったあと向日葵ちゃんは私の手を握った。
驚いた私の手をぐいぐいと引いていくので、大人しく着いて行った。
「ど、どこ」
「美術室!あそこならきっと美術部でしょ?」
彼女の希望はそこだった。
確かに中学も美術部だったと聞いた。
高校でも同じようにするつもりなのだろう。
勿論私には関係のない話だ。
私は穏やかに勉強だけして過ごしたい!
本当にやめて!
と叫ばなかったのは元来のおとなしい性格ゆえだろう。
せっかく築いた交友関係を崩すことは、私にはできなかった。
美術室にはすでに何人かの見学者が居た。
彼ら(私たち含む)に見せるために用意されたようなキャンパスが何個もある。
油絵だろうか、とても書き込まれているのと、そうでないのがはっきりしている。
書いた人が違うのだろう。
そう思って眺めていた。
手抜き、とまでは言えないが画力が圧倒的に違うもの同士。
横に並べたらかわいそうなくらいに。
でもまぁ、私が描いたって同じことになるのだろうことはわかっている。
想像に難くない。
向日葵ちゃんはそうはならないと思うけれど。
「あ、見学?よかったら作品見ていって。そして入部して!」
ストレートな勧誘に苦笑いで応えておいた。
多分入らない。
なぜかと言えば、才能がない。やる気もない。
笑顔を張り付けたまま、バックオーライで外へ逃げ出した。
辛い。
ただ人が何人か一緒に、近くにいるだけなのに。
こんなので、三年も持つのだろうか?
急上昇した心拍数を下げるために廊下を歩いた。
適当に歩いていたはずの道は、教室に向かう道になっていた。
──そして、
ドン!
「っわ!」
「・・・・・っ!」
知らない人とぶつかった。痛い。
倒れなかっただけマシか、と目をそのままぶつかった人に向けてみる。
曲がり角だったから確認もうまくできなかった。
人が出てくるとは思わなかったのだ。
敢えて、人がいないだろう方向に向かったのだ。想定外だった。
結構思いきりぶつかってしまったけれど、大丈夫だっただろうか?
「あ、あの」
「す、っすすすみません!じ、じゃ」
と、まるで何かに追われているのではないかというスピードで彼は行ってしまった。
早い、じゃなくて男の人だったのか。
この学校の制服は男女ともに紺のブレザーなので上だけではどちらかはわからないのだ。
・・・・・、あれ?
男の人だったけど、?
大して上がっていない心拍数を確認。
ついでに脈も。
乱れていないし、早くもない。
あれ?
あんまりにも一瞬だったからかな?
なんとなく、あの人は、あんまり怖くなかったなぁ。




