よくわからないことだらけです
入学式が終わった後、数日ほど休みがあった。
それは単純に入学式が早目にありすぎたみたいだったけれど、準備期間でもあった。
と言っても大したことはない。
推薦入学、つまり先に面接等で受かった人たちのための勉強期間の終わり後の休み。
どうやらワークやらをやらされていたらしい。
それらの添削やらを元に必要ならば面談する、そのための空白のスケジュールだったと、ちょっと小耳にはさんだ。
こちらとしてはだいぶありがたいほどの休みである。
ぐったりとしたまま、二度寝タイム。
あと一日は寝られるような心地になる。
「天音ー?お友達が」
・・・・・・・・・・・・・・え。
お母さんの呼び声に思わず飛び起きる。
急いで着替えて、手櫛で髪をとかしつつ、玄関へ向かう。
誰だろう、朝・・・早くもないけれど、こんな時間に?
ガチャリ、と扉を開けた。
「お、おはよう」
すると、なんだか嬉しそうな顔の瑠佳くんがいた。
ぐっと扉を閉めたくなる気持ちを抑えて、言った。
「ど、・・・した、の?」
「・・・・・・・・・・・・・・・えっと、ちょっと外にいかないか?」
いつもの様子と違う瑠佳くん。
首を傾げつつも、了承する。
何か、伝えたいことでもあるのだろうか?
この間の言葉だろうか?
急いで靴を履いて、外へ出る。
彼は特に焦った様子もない。怒っている様子もない。
ただ、穏やかな顔で、私の傍に立っていた。
ニコリ、と笑った彼の顔が、なんだか知らない人のようであった。
「いこっか」
そう彼が言ったのを皮切りに、私たちは歩き出した。
どこへ行くのか、とは訊かなかった。
訊けなかった、と言うのが正しいけれど、彼もわかっていて答えなかった。
何も、一言も喋らずに彼と共に歩いた。
見覚えのある風景をただ、ひたすらに歩き回ったのだ。
小学校の近く、中学校の近く。
まるで私たちの過去を懐かしむように道を歩いているようだった。
でも彼は「懐かしい」の一言も言わなかった。
その彼の背中を見て、付いて行くだけだった私が言えることではないと思うけれど。
お昼頃になったのだろう。
日が高くなったのが、自分の体温からも分かった。
春と言えど、歩き回れば体温も上がる。
気温だって上がる一方だ。
そう思いだした頃には、家についていた。
私の家に。
「今日は、付き合せてごめん」
「・・・・え、と」
「訳がわからなかったかもしれないけどさ、大事なことだったんだ」
「・・・・・・」
本当に、訳がわからない。
彼は一体何をしたかったのだろうか?
ふざけた様子は一切なかった。
今だって、真剣そのものな顔をしている。
それがなんだか、苦しく感じた。
決して、歩き過ぎが原因ではない。
涙すらも出ない、そんな精神的な苦しさ。
今感じているのは、物理的な苦痛ではないのだ。
「・・・絶対に、今度は守るから」
彼はそう言って、家に帰ったようだった。
茫然と立ち尽くす私を置いて。
いつもの様に笑うことなく、彼は去っていったのだ。
あまりの豹変ぶり─と言うのも変か─に私は驚きが隠せなかった。
彼が去っていく後ろ姿が消えたのを見送って、それでもまだ外にいたのだ。
颯人が丁度二階の自室から見えた私を心配して降りてくるまで、ずっと。
彼に、何があったのだろうか?
何も理由がなく行動をする人じゃない。と思う。
そして、ここまで私を不安な気持ちにさせるのだって、多分ない。
きっと彼なりに何かがあって、の行動だと、思いたい。
そうでないと、怖くてたまらない。
彼も変わってしまったのか、と。
私の知らない、誰かになってしまったのだろうか、と。
私を傷つけるような、存在になってしまったんだろうか、と。
あの男の人の様に、”怖い”瑠佳くんになってしまうのだろうか。
もしそんなことになってしまったら、私はどうしたらいいのだろうか。
外に行ったのはいいが、ふさぎ込むように部屋に籠った私を両親が不安がり病院へつれて行った。
「こんにちは、天音ちゃん」
「・・・・こ、こ・・にちは」
「今日はいい天気だね、花粉もすごいらしいけど、天音ちゃんは大丈夫?」
「・・・・(こくり)」
「そっか、俺と一緒だ」
お兄さんがいつも通り、天気の話から始めたカウンセリング。
私はいつも以上に言葉が出ていない気がして、申し訳なく思った。
「何か、不安なことでもあった?」
「・・・・・」
「勉強の不安なら、また教えてあげるよ」
「・・・・うん」
「友達と、何かあったの?」
「・・・・・・・・・・る、」
「る?・・・瑠佳くんかな?」
「・・・・・うん」
先ほどまでのことを断片的(にならざるを得なかった)に話した。
お兄さんは落ち着くように、とお茶を淹れてくれた。
緑茶を私に渡して、一口飲んだあと、彼は言った。
「多分大丈夫だよ。瑠佳くんは守るって言ったんだろう?」
「・・・でも」
「いつも天音ちゃんの言うような人ならば、彼は天音ちゃんを傷つけるようなことはしないよ」
「・・・・・・で、もっ」
「信じて、あげようよ」
抗議の声を上げた私をなだめるようだった。
私だって疑っているわけじゃない。
疑いたいわけじゃない。
でも、でも、ここまで意味が分からない行動は、どうしようもない。
怖いのだ。たまらなく怖いのだ。
あの日だって、何の前触れもなく訪れたのだ。
何もない、いつもと同じ、・・・でも違ったのだ。
私の今後の運命を決めた、あの日は、一生忘れられない、恐怖の記憶なのだ。
何もない日だったのに、あんなにも怖かったのだ。
何か起きた日なんてもっと怖いことが待っているのではないか?
それなのに、どうして、”信じろ”なんて言うのか。
”何もないと信じろ”?無理だ。
「まぁ、勿論彼を疑ってもいいと思うよ。でもね。俺は思うんだ。
今まで大事に接してきた彼が、今、君に危害を加える意味がない、と」
笑って、お兄さんはまたお茶を一口飲んだ。
「確かに、俺は瑠佳くんに直接会ったわけじゃない。天音ちゃんの語った彼にしか接していない。
でもね俺は、いや俺だからかな。似た者同士だから、わかるんだ。
きっと彼は今、天音ちゃんを守るために必死になっているんだろうね」
訳がわからない。
頭がくらくらする。
お兄さんの言っている意味が分からない。
みんなが、私の知らない人になっていく。
なんで。
「・・・・・・・」
「ごめん、話、長かったかな?」
「・・・・よく、わかんない」
んー、と顎に手を置いて考える仕草をするお兄さん。
それはまるっきりお姉さんのと一致している。
顎を引っ掻かないのが唯一の違いだろう。
「・・・彼は、今、戦っているんだよ」
俺が言えるのこんな感じ、と笑ったお兄さん。
何だかごまかされたような思いになりつつ、今後の話をした。
高校の勉強の話や、授業、ノートの効率のいい取り方。
いい先生と悪い先生、友達付き合いのなんたるか。
先ほどまでの、曖昧な話は一切なかった。




