絶対に焦りません
とうとう、入学式の日が来た。
髪型を今までとは違って縛ることにした。
肩を越えて肩甲骨のあたりまで伸びた髪を、横でまとめる形だ。
あんまりバサバサすると邪魔かな、と思ったのだ。
切るのはまた、今度にしよう。
「ねーちゃん、僕がやってあげようか?」
「・・・・できるから、大丈夫」
ゴムを持ちながら梳かしているつもりだったが、何度か手を離してしまっていた。
それを見た颯人がとても心配そうに見ていた挙句、この会話だ。
ちょっと、いや、かなり悔しい。
ついでに女心みたいな何かが傷ついた。
帰ったら少し練習しておこう。明日は一発で仕上げる。
学校の敷地には思った以上の人が溢れていた。
試験の日と同じくらいだろうと甘く考えていた。
落ち着いて考えてみれば親子で来るものだから、倍にはなっているはずだ。
早くも人酔いで気持ちが悪くなってきた。
「あ、おはよー天音ちゃん!」
こっちこっち、と手招きする向日葵ちゃんを発見した。
人の流れから少し外れた所に家族3人でいたのだ。
「いやーやっぱりすごい人だよねー」
「うん」
お互いの両親が祝いあっているのをBGMに私たちは話す。
これからクラス発表でも見たいところではあるのだけれど、そこが一番の難点である。
凄いのだ、人が。
「早くきたつもりだったんだけどね、少し遅かったみたい」
向日葵ちゃんは時間経過を待っていた様子。
よくニュースで見る合格発表の張り紙よりも込み合っている。
しかたないのかな、と思いつつ人の減りを待つ。
と、そこに。
「天音、と向日葵じゃん」
「あー色男見参ですかー」
「いきなりそれか、クラス教えねーぞ」
「え、嘘。見てきたの、教―えーて」
瑠佳くんがカメラに収めたクラス分け表を見せてくれる。
私と向日葵ちゃんが1組、瑠佳くんと俊哉君が2組ということが書いてあった。
「お前、裏で仕組んでるんだろ」
「いやいや、そんな力はありませんって。むしろ瑠佳、運悪すぎ」
「クラス交換しねぇ?」
「できないじゃん。したくもないー」
いつも通りの争いが始まったころ、学校の先生と思しき人が早く移動してほしいと叫んでいた。
式の時間が近いからだろう。
私たちは教室へ、両親は体育館へと移動を開始した。
「あ、天音」
「・・・え、と・・・?」
「そ、その制服にあってる。可愛い」
「・・・・・・・・・・・・・・ぁ・・・あ、ありがとう」
「あーあー」
「どうしたんだ?」
「瑠佳、照れすぎ」
「そう言うなよ。相原だって真っ赤じゃないか」
「俊哉君、何かいうことは?」
「え、あぁ。スカートの下になんで短パンはいてるんだ?」
「なんでばれたの!?つーか違うし、感想訊きたいの!」
「学ランの方が似合うんじゃないか?」
「よし、体育館の裏か屋上か選べ」
いつの間にか、俊哉君も合流していた。
その流れで瑠佳くんを引っ張って教室に連行していた(としか見えなかった)。
同じクラスになれた向日葵ちゃんと一緒に一番昇降口に近い教室に入る。
昇降口に近いのが1組で、その先は奥の方に教室があるみたいだ。
廊下を見る限り。
校舎は3階建てで、教室と特別教室(理科室とか)が完全に分離している作りになっている。
ただクラスが8くらいあるので、4:4くらいでで真っ二つにされているのだ。
別の棟にされている。かといって完全に分離はしていない。
二つに分けられた教室棟を繋ぐ長い廊下があるのだ。
その中央には手洗い場のようなところやトイレがある。
勿論教室の傍にもトイレはある。みたいだ。
保健室はとりあえず覚えた。入ってすぐのところ。
余りの人の多さに圧倒され、手がうまく動かない私を待ってくれる彼女。
本当にごめん、と思って気づく。
いつもこうやって、彼女は微笑んで待っていてくれた。
その優しさにいつだって私は救われていたんだ。
「天音ちゃん、こっちっぽいよー。
結構簡単な形してるみたいだから、帰る前に一回回ってみよー
ってでもそうか。オープンスクールでみたっけ?」
無邪気に笑う彼女の作る空間に逃げ込みたくなる。
温かい何かに包まれているような、守られているような感覚がするのだ。
紛れもなく天使、いや女神。
神々しいよ向日葵ちゃん。
「えへへ、もう忘れちゃってたよーぼけたなぁ私」
向日葵ちゃんが、傍に居てくれている。
それは確かに私にとって救いとなっていた。
昔の彼女とは大きく違う今の彼女。
その事実は私を焦らせた。
しかしそれは同時に希望ともなっていたのだ。
「いこっか、天音ちゃん改め天音!」
笑顔の彼女の手と自分のを重ね、歩調を合わせる。
私にとっては子供が母親に対して行う行為の様にも思える。
今は、それでもいい。
まだ焦らなくてもいい。
自分に暗示をかけるため一瞬だけ目を閉じる。
うん、大丈夫。
私は必要以上に頑張らなくったっていいんだ。
周りを困らせないためにも、自分の精神安定のためにも。




