引きこもり、はじめました
「昔の方が、沢山話せたよね」
そんな言葉が突き刺さるのは、あの事件の後だ。
何とか人波にいることに対しては耐えられるようになった。
でも言葉はでない。
触れられると、極度におびえる。
私の周りからは人がどんどん遠のいていった。
それが私にとっては幸いだった。
音の少ない世界に、私は一人で立っていた。
テレビの音ですら、私を苛んだ。
何か得体も知れない不安や恐怖が私を襲ってきたのだ。
今までこんなことなかったのに。
ただ楽しいだけの娯楽だったのに。
特に夜が怖い。
夜にテレビを見ながら食事をすることもあるが、その時が一番怖い。
ご飯を食べても味がしないし、急いで逃げ出したい気持ちに駆られるのだ。
ゲームをやっていてもどこか寒々しい空気が流れるのだからたまらない。
あの事件以来、瑠佳くんたちとも話が出来なくなってしまった。
今後の生活に絶対関わる家族との会話。
そちらを優先して慣れるための治療を受けたからだ。
家族以外には、まだコミュニケーションが取れない。
学校はいけなくなった。
初めて颯人の気持ちがよくわかった気がした。
あの時の颯人も、こんな風に沈んでいたのではないかと。
一年、二年と家に引きこもるようになって。
家と精神病院の往復だけが、私の世界になった。
カウンセラーのお姉さんが「おはよう」と。
(ちなみにこのお姉さんは夜来ても「おはよう」と言う)
そう言うたびに思い出す。
あの男と、他の人の差異とは何かと。
同じ体をしているのに、他の人もああならない保証はない。
もう大丈夫なんてことはないのだ。
このカウンセラーの人だって、きっと同じなのだ。
子供を虐げて、悦に浸る人かもしれないのだ。
いや、それ以外の犯罪を嬉々として行う人かもしれないのだ。
私の心は、ちぎれそうだった。
不安と恐怖、欺瞞。
誰もがあの犯罪者と同じに見えてしまう。
「・・・・・・・・・ねーちゃん」
そういって一歩ずつ私に寄ってくる颯人。
震えてしまったままの手を出して、颯人の手を触る。
指先から、甲へ。
温かい。
あの事件から、季節は巡っていた。
それでも傷は治らない。
怪我は治った。たった、ひと月で。
だから退院した、いや出来た。もうできることはない、と。
この対人恐怖症は、まだ当分治らない。
「ごはん、たべよ?」
「・・・・・・・・・・(こくり)」
声はもう何年も出していない。
もう、だせないのかもしれない。
朝起きて、ご飯を食べて。
颯人を送り出してから、病院に。
帰って来てからはずっとベッドで横になる。
横になったまま寝ていることが増えた。
このまま二度と目が覚めなければいい。
もう誰も、私に関わらずにあればいい。
そう願って、布団にくるまった。




