タネ明かし
翌日、朝霧は式に指定された駅の三番ホームまで来ていた。
「朝霧さん、おはようございます」
「あれ? 君は確か式くんと一緒にいた……」
「はい。榊刹那と申します」
榊は軽く自己紹介をした。
「それで、式くんはどこにいるのかな?」
「向かい側のホームにいるみたいです。昨日マジックのタネがわかったと言っていたのですが、私には教えてくれませんでした。今日は朝霧さんと一緒に見てくれと言われ、ここに来たのですが……」
「そうなのか」
朝霧が向かい側のホームを確認すると、そこには式が立っていた。
「あ、式くんがいました。手を振ってみますね」
「……」
榊は式に手を振った。式もそれに答えた。朝霧は、その光景を無言で見ていた。
その後、朝霧の携帯電話から着信音が鳴った。式からだ。
「……もしもし」
『朝霧さん、もうすぐあなたのマジックを再現してみせますよ。楽しみにしててください』
それだけ言い残し、式は電話を切った。
「式くんは何と言ってました?」
「マジックを再現するから楽しみにしててくれって」
「そうですか。何だか、今の式くんはいきいきしていますね。普段からは想像できません」
「そうなの?」
「ええ。普段は人とあまり関わりを持とうとしないので。今回のマジックショーも、私から誘ったのですから。それなのに推理に関しては、やけにいきいきとしています。不思議ですね」
「……私にとって、マジックとは自分が唯一輝ける場所なんだ。彼にとっての推理も、似たようなものなんだろう」
「……そうなのでしょうか」
榊と朝霧は式について話していた。
しばらくすると、電車がホームの間を通過した。電車が通り過ぎた後、榊たちは向かい側のホームを確認した。しかし、そこに式の姿はなかった。
「ほ、本当に式くんの姿が消えてしまいました……」
「……」
榊が呆然としていると、朝霧の携帯電話から着信音が鳴った。もちろん式からだ。
朝霧はスピーカーに切り替え、榊にも聞こえるようにした。
「……もしもし」
『ど…どうですか朝霧さん。あ…なたのマジックを…再…現しまし…たよ……』
「? 何故式くんは息を切らしているのですか?」
「……はははっ。やっぱり君はすごいなあ」
『こ…んな強引な、マジックは…初めて見ましたよ』
「え?」
榊は二人の会話についていくことができなかった。
「まあ、答えあわせは落ち着いてからでいいよ」
『そう…ですね。じゃあ…駅内の喫茶店まで来てくれますか」
「ああ。わかったよ」
朝霧は通話を切った。
「あの、朝霧さん。どういうことですか?」
「それは彼から聞いてくれ。じゃあ行こうか」
榊たちは駅内の喫茶店まで向かった。
榊たちが喫茶店に着くと、すでに式が席に座っていた。
机には、人数分のコーヒーが置かれている。式が頼んだものだろう。
「来ましたね。じゃあ答えあわせをしましょう」
「式くん、あのマジックは一体どういう仕掛けがあるのですか?」
「仕掛けなんて何もないよ。あれは、ただ走っただけなんだからね」
「え?」
式はコーヒーを一口飲んだ後、マジックのタネについて話し出した。
「あのマジックのタネはこうさ。電車が目の前を通過した瞬間に電車と同じ方向に走りだすんだ。そして電車が通り過ぎる前に階段を下りる。これだけなんだ。このマジックを成功させるためには、対象者を自分がいた場所に釘づけにする必要がある。あたかも、その場から一瞬で消え去ったかのように演出するためにね。そのために、俺に電話をかけてまばたきしないで見ていてね、なんて言葉を言ったんだ」
「な、なるほど。そのような物理技とは思いませんでした。だから式くんは電話に出たとき、息切れを起こしていたのですね」
「うん。全力疾走したからね。こんなに走ったのは久しぶりだよ。けど、朝霧さんがマジックを行ったときは息切れをしていなかった。それは多分息を整えてから電話をかけたからだと思う。だから消えてから電話がかかってくるまでに少しラグがあったんだ」
式が話したマジックのタネを、朝霧は黙って聞いていた。
「どうですか、朝霧さん。これが昨日あなたが行った消失マジックのタネです」
「……一応聞いておきたいんだけど、私が君の推理通りにマジックをしたという証拠はあるのかな」
「それを証明するのは俺じゃありません。朝霧さんが見せてくれたら、すぐに解決しますよ。じゃあ7番ホームにでもいきましょうか。後少しで次の電車も来ますし」
「どうして、7番ホームなのですか?」
「簡単だよ。7番ホームから出るには、階段を昇らなければならないからだ。俺の推理通りのタネなら、階段を昇る姿が丸見えになってしまう。だから、朝霧さんはわざわざ下り階段でホームから出る場所を選んだ。もし俺の推理が間違っているというなら、7番ホームでまた消失マジックを見せてください。違うというならできますよね」
式は朝霧に要求した。朝霧は少しため息をついた後、観念したかのように、
「……降参だ。君の勝ちだよ」
と言い、負けを認めた。