朝霧のマジック
放課後、式は榊と一緒に朝霧隆文が来店しているという大型スーパーへと向かった。
マジックを行う広場へと向かうと、すでに満員になっていた。
「この様子だと座れなさそうだね」
「そうですね。仕方ありません、立ち見しましょう」
開演時間までしばらくあるので、式は榊に朝霧隆文について質問した。
「マジックって、普通は大型スーパーとかで講演会をするものなの?」
「さあ、そこはよくわからないのですが、朝霧さんは場所には拘らない人で、マジックができればどこでもいいという少し変わった人なのです」
「へえー。そういう人って有名になったらだいたいは大きい場所じゃなきゃ嫌だ、とか言いそうだけど」
「朝霧さんのモットーは、たとえ観客が一人だろうと自分のマジックを求めているのであればどこだろうと駆けつける、というものらしいです。その言葉から察するに、本当にマジックが好きなのですね」
どうやら、マジックには並ならぬこだわりがあるようだった。
そんな話をしているうちに、開演時間が迫っていた。
榊は時計をちらりと見て、
「もうそろそろ始まりますね」
と言った。
「うん。どんなマジックをするのか楽しみだな」
一流マジシャンのマジックを生で見る機会など滅多にない。せっかくなので楽しもうと式は思った。
しばらくすると、広場のステージに一人の若い男性が現れた。
「皆さん、本日は私のマジックショーにお越しくださり、誠にありがとうございます! 私、朝霧隆文と申します。本日は是非とも楽しんでいってください!」
朝霧が自己紹介を終えた後、広場に大きな歓声が響いた。
「自己紹介しただけでこんなに声が上がるなんてすごい人気だね」
「若手実力派として有名ですからね。容姿の良さも相まって若い女性に人気みたいです」
「榊さんはああいう人は好みじゃないの?」
「私は容姿に好みはありませんから」
「そっか。そういえば少し気になったんだけど、マジシャンだからてっきり登場も派手にやるもんだと思ってたけど、案外普通に登場したよね」
「単にそういった設備がないだけではないでしょうか。それよりマジックを見ましょうよ」
適度な雑談をした後、二人は朝霧のマジックを見始めた。
誰もが見たことのあるようなマジックや、朝霧が考案したマジックなど、様々な種類のマジックが披露され、観客を飽きさせることはなかった。
マジックショーも終盤に迫った頃、朝霧が、
「今回もこの時間がやってまいりました。私からの挑戦状です! さあ、今回の挑戦者は……」
と言い出し、観客席を見渡した。
「榊さん、挑戦状って何?」
「朝霧さんは、毎回マジックショーの終わりにお客さんに自分のマジックを解かせるのです。しかし、正解率は低いらしく、一割しかいないらしいです」
「へえ……」
「では……そこのあなた、いいですか?」
朝霧は観客の一部分に向かって視線を向け、声をかけた。その視線の先には式の姿があった。
「式くん、選ばれましたよ」
「え、俺?」
突然指名されたことに、式は驚きを隠せなかった。
「ど、どうしよう」
「せっかくなので行ってみたらどうでしょうか。私は式くんなら解けると思いますよ」
「わ、わかった」
式は朝霧のいる広場のステージへと向かった。
式がステージに上がると、朝霧が握手を求めてきた。
「君、名前は?」
「式十四郎って言います」
「式くんか。少しの時間だけだが、よろしくね」
朝霧は式に微笑みかけた。
「では、今回式くんが挑戦するマジックは、こちらです!」
そう言い終えた後、朝霧は用意してあった正方形の箱を持ち上げた。
「さあ、この箱には種も仕掛けもありません。このとおり、中には何も入っていません」
朝霧は式に箱の中を見せた後、観客にも同様に見せた。
「この箱の蓋を閉じた後、私が念じましたら……」
朝霧が片手で箱に念を送るような動作を行った後に、箱から蛙の鳴き声が聞こえてきた。
「何と、蛙の鳴き声が聞こえてきました!」
その声を聴いた観客たちは大きな歓声を上げた。
「さあ式くん、君はこのマジックの謎を解くことができるかな?」
朝霧はタイマーを取り出し、
「制限時間は5分。これまでの最高記録は3分27秒です。それでは、シンキングタイムスタート!」
と言って、タイマーのスタートボタンを押した。
(まあ、せっかくだし、謎を解いてみるか……)
式は、まず朝霧がもっている箱を観察した。
朝霧が持っている箱は、直径30cm、高さ30cmほどの立方体の箱だ。重さはどれほどなのかはわからないが、朝霧が片手でもっていた時もあったので、そこまで重くはないはずだ。
朝霧が式に箱の中身を見せていたときは、確かに箱には何も入っていなかった。これは間違いないが……。
(だが、まだ俺が見ていない場所がある……)
次に、マジックの一連の流れを思い出した。
朝霧が式や観客に箱の中身を見せたときは両手で箱を持っていた。そのときの持ち方は、右手を箱の底面に添えていて、左手は式からみて裏側を持っていた。そして念じていたときは、右手のみで箱を支え、左手は宙を撫でるような動作を行っていた。このときの右手は、同じく箱の底面を持っていた。
蛙の鳴き声がした後は、右手は底面に、左手は蓋の上に置いていた。つまり、
(右手は、マジック中ずっと底面をもっていた。そうしなければならない理由があるはずだ……)
そして最後の謎は、蛙の声だ。これはどうやって出していたのだろうか。
(多分、腹話術で声真似をしていた、とかではなさそうだ。ちゃんとした動物っぽかったし。それに、声は確かに箱の方向から聞こえた。周りに仕掛けっぽいのはないかな)
式は辺りを見回した。特に仕掛けはなさそうだ。
周りを見渡して気づいたが、式は観客に写真を撮られていた。デジカメで、あるいは携帯電話やスマートフォンで。
「……そうか」
式の頭に、一つの答えが浮かんだ。
「謎がわかりましたよ、朝霧さん」
「えっ、本当に!? まだ30秒しか経っていないよ」
式のその言葉に、朝霧は驚いた。
「ええ。仕掛けはこうです。まず、箱の底面に小さな窪みをつくっておく。そこにスマートフォンを入れる。箱の底面をもったときに操作できるように画面側を下に入れておいたんです。マジックのときはあらかじめスマートフォンの動物の鳴き声アプリを起動しておいて、念じる動作の後に操作して鳴き声を出す、といった感じでしょう。朝霧さん、それを証明するために箱の底面を見せてください」
朝霧は箱の底面を式に見せた。
式の推理通り、そこには窪みに入ったスマートフォンがあった。
「見事だよ、式くん。私の負けだ」
朝霧のその言葉に、観客は再び歓声を上げた。