六十日前 その2
聖真高校は高台にあるせいで校門への道は坂になっている。しかも、だらだらと一キロ弱続くので、自転車でもたいていの生徒は押さないと上りきれないし、まして一気に駆け上がるなどと言う芸当は、普段のトレーニングで鍛えている体育会系の生徒でも、なかなかできない。
咲はようやく坂を登りきり、少し息切れを感じながら顔を上げた。校門の前で二之宮が立っている姿を見つけ、ホッとして笑みをこぼす。
「待たせちゃって、ごめん……え」
零したばかりの笑みが、固く凍りついた。
足元から一気に駆け上がって来る寒気に、戸惑い、思わず同じように立ち尽くす二之宮の袖を引く。
「金ちゃん……」
「あぁ。なんだ? ここ」
赤れんがの壁に囲まれた鉄門がそびえ立っていた。その横には私立聖真学園高等学校の文字。一見、何の変哲もない、ただの校門だ。鉄門は内側に開かれ、その奥には青々した木々や、パステルカラーの春の花を抱えたか花壇がさらに奥の白亜の校舎に続いている。まるで、訪れるものを歓迎するように大きく腕を広げているようにも感じられる。
けど……。
息を飲んだ。これ以上、踏み込める気がしない。
目をこらす。ぼんやりと仄暗く、文字の様なものが浮かんで見える。びっしりと鉄門に刻まれているようだ。
「結界?」
「どうやら、普通の高校じゃねぇみたいだな」
二之宮が、にやりと笑って咲をかばうように校門を見上げる。
どうしよう……このままじゃ……。
二人が顔を見合せた時だった。
「おい、お前ら」
不意に声がして、二人同時に跳ね上がる。おそるおそる振り返り、また二人同時に胸をなでおろした。
「ジン」
ジンは電柱の陰に立って、こちらを見ていた。二之宮はほっとしたのを誤魔化すように仏頂面を作り大股でジンに近寄っていく。
「どうして、こんなとこにいるんだよ?」
「ここは、俺の散歩コースやねん」
ジンは後ろ足で耳の裏をかく。
「そこの校門、厄介なん思い出してな」
「じゃあ」
咲が一歩踏み出すと、ジンは目じりに皺を寄せて
「ついてき」
と、くるりと背を向けた。
ジンは慣れた様子で、壁沿いにどんどん歩いて行った。こんな明るい時間に、大丈夫だろうかとヒヤヒヤする咲をよそに、ジンは堂々と歩いていく。
ほぼ、学校の周りを半周した辺りだった。
「こっちからなら、入れるわ」
何かの搬入口のようだった。壁の一部を切り取ったような小さなドアで、人一人がかがんでやっと通れるほどの大きさだ。
ジンが器用に前足を使って開ける。顔だけ突き出して覗いてみると、食堂の裏なのか、大きな青いポリバケツが何個も並んでいるのが見えた。すぐ隣の裏門にはあの文字が表門と同じ文字が浮かんでいるが、こちらは大丈夫そうだ。
「まさかお前、残飯を……」
「漁るか! どアホ!」
ジンを先頭に二之宮、咲の順で通る。
「ありがと。ジン」
「おう。楽しんどいでなぁ」
ジンは似合わないウィンクをした。
「いくぞ」
「はい!」
咲はジンに手をふって、先に行ってしまった二之宮の隣に並ぶ。
二之宮は両腕を頭の後ろで組んで、空を見上げた。
「に、しても。面倒だよな」
確かに。朝はいいとして、帰りもここからとなると、どうだろう? 怒られたりしないだろうか。
「あの結界、どうにかできないか妖子さんや赤間にでも……」
ポリバケツの傍を過ぎ、校庭が先の方に見えてきた時だった。
顔を見合わせる。
「……今の」
振り返る。
微かに……しかし、確かに悲鳴のようなものが聞こえた。
二之宮が同じ方向を向き、にやりと笑う。
「やっぱ、普通の学校ってわけじゃねぇみたいだな」