閉じこもった魔法使いと共に歩く者
廊下を走るシモンの姿が会った。
「ロザリンドさん。ロザリンドさん」
シモンの前のゾンビ達はシモンを避けるように移動していく。
「シモン、シモン」
通り過ぎた教室から微かにボクの声が聞こえてくる。
「ボク、大丈夫」
シモンはそう言うとその教室に入った。シモンはボクの無事を確認すると奥で背を向けているロザリンドを発見した。
「ロザリンドさん。やっと見つけた」
ロザリンドは静かにその場で立ちあがった。
「誰かまだいますか。私は魔導師ソフィ・ジェルマンという魔導師です。心配しなくても声を上げて大丈夫です。声を上げたらすぐにそちらに向かい救助します」
ソフィの声が廊下に響き渡る。ソフィはMSPをジークムントが襲ったという話を聞き急いで救助に来ていた。
「助けて下さい」
シモンがそう声を上げるとソフィは凄い速度でそこに現れた。
「救助に来ました。三人ね。すぐに安全な所まで連れていくから」
「お願いします」
そう言うが早いかシモンたちはソフィに抱え上げられ、とんでもない速さで外についていた。外にはもうすでにかなりの生徒が避難していた。しかし、奇妙なことに誰も怪我もしていなかった。外で治療しようと集まられた医者達は退屈そうにMSPから避難してくる生徒達を眺めていた。
「私は残っている人を救助するわ。じゃあね」
そういって、ソフィはまた学校に向かって行った。
シモンは外で教師たちを中心とした救助チームや避難した学生たちを見て、その場を立ち去ろうとするロザリンドに声を掛ける。
「ロザリンドさん。話があるんだ」
「・・・・分かったわ」
二人はゆっくりとロザリンドがシモンに告白した場所に移動した。
「それで話と言うのは」
ロザリンドは自分の指を絡めながらそう言った。
「俺と戦ってくれないか」
「えっ?どういうこと」
「俺はずっと二人の関係がこのままでいいのかと考えていた。いろんな人に恋愛について色々と教えてもらった。そこで学んだ知識は確かに二人を幸せにするものなのかもしれない。でも、俺にはそうは思えない。誰かに何かを一方的に教えるなんてのは関係じゃない。どれほど違う人間の間にできた関係であっても人は相手と互いを教え合う事を前提にしてしか『関係』は成立しないと思うんだ」
シモンは勢いに任せてそう言い切った。
「??・・・・そうかもね。でもそれと戦うってのは関係あるの」
シモンの言葉はロザリンドからすれば何を言っているか分からないものだ。だがシモンには確かにその言葉を言う必要があり、それをいうことで進む一歩があった。
「俺たちは関係を作る前につき合ってしまった。だから、どんな刺激にしろ俺たちの関係を深めるきっかけが欲しい。だから戦おう」
「無茶苦茶」
シモンの勢いに任せた言葉の応酬にロザリンドは冷静にそれを切り捨てる。
「うん。その通りだ。でもそれで今幸せそうな二人を知ってる」
「そんな根拠で」
「良いんだよ。根拠だの理論だのは俺たち若者は知らないんだよ。恋愛も人との関わり方もそれを知るすべも。なら、無茶苦茶をやればいい。知識のある人はそれを笑うかもしれない。でもやってみなければ分からない。もしかしたら世界で一番仲のいい二人になれるかもしれない。だからお願いだ。俺と戦ってください」
「・・・・はははっははは。馬鹿なのね。馬鹿」
分からない、どうすればいいのか。どうするのが有効なのか。彼女に人は何も教えてくれなかった。しかし、そんなわけの分からない恐怖が蔓延る世界で確かに、確かに生きる術はあるのだ。あったのだ。彼女はそれを手に入れていたのだ。
「!・・。そうだよ。馬鹿なんだ。だから一緒に笑われてくれ」
「いいよ。やろう、戦おう」
「ありがとう」
ロザリンドは絡めていた手を勢いよく振りほどいた。眩き森の美しき妖精を呼びだすための空間を作るために。
「エルフの召喚」
シモンは拳を作り、それをゆっくりと開いた。
「増大する水滴(ヴァ―サ―トッピロウス・エイネン)」
MSPのジークムントがいる教室の窓に天使が舞い降りた。ヴェルナ―は窓から教室に入った。教室には机に座って、頬を撫でるジークムントの姿があった。ヴェルナ―は隣の机に座った。
「怒ってるか」
「当然でしょ。いくらなんでもやりすぎですよ」
「どうなるんだ、これ」
そう言ってジークムントは校舎の外を指さした。
「ああ、不問ですよ。魔導師は元々誰かが制裁を加えられる存在でない上、犠牲者も怪我をしたものも擦り傷程度。腕は鈍ってませんね」
「まあな」
ジークムントは再び頬を撫でた。
「何かあったんですか」
「ああ、実はな」
ジークムントはシモンとのやり取りをヴェルナ―に話した。
「・・っていう選択肢を与えてやったんだ」
「酷いことしますね」
「気づくか。まあ、よくある手だ。一方的に情報を与え、急かし、選択肢を与え選ばせる。バカな奴なら『俺ならあの子を変えられる』とか思ってロザリンドに人生を捧げるだろうな」
「その様子だと上手くは行かなかったようですね」
「ああ、あいつは俺の顔面殴った後、『俺はそんな傲慢にはなれない。俺は彼女と共に変わる。今のはこんなトラブル起こしてロザリンドさん脅かした分です』って言って出ていきやがった」
ジークムントはそういいって頬を撫でる。もちろん、ダメージ等ない。ジークムントは魔導師だから。
「ふふふ。見込みがあるでしょ」
ヴェルナ―は嬉しそうにほほ笑んだ。
「気に食わないが大した餓鬼だ。だが危うくもあるな。正しい道を歩き続けるって行為は他人にそれを強制するに等しい行為でもある。そんなあいつの隣に立って居続けるなんて拷問に等しい」
「ええ、そうですね。しかし、正しさは人を導くものでもあります」
「まあな。だがそれは自分が死ぬまで正しく居続けらければならないと言う呪いでもある」
「呪いですか。詩人ですね。しかし大丈夫でしょう、シモン君なら」
「やけにご執心だな」
「それはそうでしょう。シモン君は彼にそっくりですから」
「どういう意味だ」
突然の爆音とともにソフィが教室に入って来た。
「やっと見つけたわ。元凶」
「はっはは。・・さてと投降しますか」
そう言うとジークムントは立ちあがった。
「何。妙に素直ね。というか何でヴェルナ―もいるの」
「いえ、ちょっと世間話を」
「ふ、全く俺たちの世間は退屈しねえな、ヴェルナー」
「全くですね」
「ちょっとどういう事」
「気にすんな。世間話だ」
今回は知らないことへの恐怖を主題として書きました。なんか書くたびに戦闘がおざなりになっている気がするので次はそうならないようにしたいです。