閉じこもった魔法使いと現実
少し想像してください。理不尽な事故の存在、人間関係を上手く作れるか、人生を幸せに生きれるか。・・・・・・。出来ましたね。怖いでしょう。これは最近気づいた事なんですが人は対処する術が見当もつかないものに恐怖するんです。どうすれば理不尽な事故に遭わないか。どうすれば良好な人間関係が作れるか。どうすれば人生を幸せに生きれるか。分からないでしょう。私も知りません。でも、何かを考え対処する方法は知っているはずです。それが英知を持つと言う事です。学んでください。考えて下さい。そうすればここを卒業するころには怖いものなんて無くなりますよ。_ヴェルナ―が大学入学した際のせんせいの挨拶より。
話は少し前に戻る。ロザリンドはいつものようにMSPに向かっていた。ロザリンドは優等生だ。MSPに入る時点で大抵の生徒は優等生だがロザリンドと言う優等生は単純に世に言う真面目な人と言う意味の優等生だ。
MSPについたロザリンドがすることは本を読むことだ。ロザリンドになんでそんな事をしているかとか聞けば、読書をするのはそれが正しい学生の姿だからと答えるだろう。
真剣にロザリンドは授業を受ける。なんで、そんなに一生懸命に授業を受けるのかと聞かれればロザリンドはそれが学生のあるべき姿だからだと答えるだろう。
そうした問答を聞くことがあったとすれば多くの人はロザリンドさんは真面目なんだねと考えるだろう。今までそれがロザリンドに関わってきたジークムント以外の人のロザリンドという人間に対する評価の全てである。全てなのである。
放課後になるとロザリンドは帰り支度を始めた。そしてすぐに下駄箱に向かう。そこにはいつものようにシモンの姿があった。
「やあ、ロザリンドさん。一緒に帰ろうよ」
そう言うシモンは緊張が伝わってくる。
「うん、シモン君」
二人はゆっくりと外に出た。
「・・・・・・」
「・・・・・・。今日は天気がいいね」
「・・・・そうね」
会話はそこで途切れてしまう。この様子を隠れて見ているガロア達にはそれが良いものには見えないだろう。自分で告白して、関係を続けようとしないロザリンドの姿は好意的に取って異常で、考え方によってはシモンへの嫌がらせにも感じられるだろう。
しかし、しかしロザリンドはその一連のやり取りに何の疑問も持ってはいない。いや厳密にはロザリンドは受け答えをしていると考えるだろう。
シモンはそんなロザリンドに違和感を覚えていた。シモンが告白を受けた時のロザリンドはこんな喋らない子ではなかったと思ったからだ。それが逆にシモンの心にガロア達とは違うロザリンドを見せていた。
二人はしばらく無言で歩いていたが、突然シモンがロザリンドの方を向いて止まった。
「・・・ロザリンドさん。今度の日曜日に図書館行かない」
「・・・・」
「あっ無理なら、別に気にしなくて言ってくれればいいから」
「・・いいよ」
その言葉を聞いて笑顔を見せるシモンをロザリンドは眺めていた。
その出来事は大きな変化だ。ロザリンドにとって誰かと遊ぶと言う経験は無い。自分が生きるのに困らない物事とやるべき事のみをやってきた彼女にとって、自分が作った関係でそう言った最低限以外の経験をすることは。
それでも、ロザリンドはそれを自覚はしていなかった。なぜならロザリンドはシモンとのデートをやるべき事ぐらいにしか思っていなかったからだ。ロザリンドのとって、シモンとの関係を作ろうとしたあの時のみがロザリンドにとっての唯一の例外だからだ。
二人はそのまま、まともな会話もなく分かれ帰った。
ロザリンドが帰るとそこにはジークムントの姿があった。
ヴェルナ―と話をしたジークムントは今度はロザリンドに幸せになる方法を聞くためにロザリンドを待っていたのだ。幾つかのお菓子とお茶の準備をジークムントはし始めた。準備が整うとジークムントは話し始めた。
「早速だが、お茶でも飲みながら幸せについて話そうじゃないか」
「うん。パパ」
「お前にとって幸せとはなんだ」
「それは現状を愛する事だと思う」
「・・なぜそう思ったんだ」
「・・・・」
ロザリンドは答えられない、その理由はジークムントが選んだ考え方だったからだと言う事を。
「お前はもう少し自分で考えてみろ。お前が彼氏を作ったと聞いて、何かを考えたのだと思っていた。でも、そうじゃあない。お前は変っていない。自分の生き方の指針に他人を置くな」
「違う。違うの」
ロザリンドは否定する。否定する。そうしなければ、そうしなければロザリンドはジークムントに対立するから。
「何が違うんだ。考えてみろ。お前の幸せを、お前の生き方を」
「でも、でも」
「怖いんだろ。誰だって、俺だって怖いんだ当たり前だ。魔導師なんてやってる俺でさえ、幸せはこういうもんだと思い安心したいと思っている」
「パパも」
「ああ、考えれば考えるほど新しい考え方に気づく。思考を止めてはいけない。お前も考えてみろ。近いうちにまた聞く事にする。今日はお開きだ」
「・・はい」
「悲しそうな顔はするな。お前のためだ」
「・・はい」
ロザリンドはジークムントとお茶とお菓子を片づけると自室に帰っていった。ジークムントは居間のソファーに座ると机にグラスを置き、そこにワインを注ぎ始めた。
「・・難しいな」
ロザリンドは自分のベットに横になって、ゆっくりと考え始めた。今まで考えることの無かった多くの事をゆっくりと時間軸通りに過去を思い出しながら、その途中でロザリンドは涙を流した。涙を拭うとロザリンドはいつもと同じように全てを忘れて、いつもと同じように眠った。
ロザリンドはシモンと初デートの図書館に向かうために服を選んでいた。
「何にしよう」
ロザリンドは何着かの服を見ていた。どれも雑誌で見たものを適当に揃えただけだった。ロザリンドは知らない、この服をみてシモンが喜んでくれることも、なんでそんなことが起こるのかも。
「これでいいか」
そう言って、ロザリンドは図書館へと向かって行く。待ち合わせ場所にシモンが立っていた。ロザリンドはそれを見て、自分がどうしようもないほど気分が落ち込んでいた事に気付いた。気づいたがロザリンドは気分の落ち込みをどうするわけでもなく、いつものように無視した。
デートの後、ロザリンドはそのまま家に帰って自分の部屋に向かっていた。
「おかえり」
その声に反応は無く、沈黙のみがそれに応える。
ロザリンドは部屋で再び考えた。自分が何で落ち込んでいたのかを原因はすぐに分かった。ジークムントに自分は変ってないと言われたからだと。いつものようにその問題を無視できないのはそれが大きな問題だから、そして考え終えてもまだ落ち込んでいるのはこの問題を解決する術を自分が持っていない事に気付いたからだ。
なぜなら、ロザリンドはその問題を解決する方法を見つけるために何をすればいいか分からないからだ。
ロザリンドは泣いた。夕食ができたことを知らせるジークムントの声を無視して、声を押し殺して、ロザリンドは生まれて初めて心の底から泣くことを経験した。
そして、次の日ジークムントがMSPに向かう。