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魔導師と魔法使いの幸福論

話はシモンがロザリンドとデートする何日か前に遡る。

ジークムントの家の客間にヴェルナ―の姿がある。机には何本かのワインとつまみが置かれている。そこにジークムントが現れる。ジークムントはヴェルナ―のグラスにワインを注ぐと椅子に座った。今度はヴェルナ―が立ち上がってジークムントのグラスにワインを注いで椅子に座った。

「早速だがお前の幸せの法則を教えろ」

「ふふふ」

「なんだ」

「いえ、やはりあなたの口から幸せの言葉が出てくるのには違和感が」

「分かってる。自分でもおかしい事を言っているのはな」

 そう言うとジークムントは更にヴェルナ―のグラスにワインを注ぐ。

「幸せですか。私は研究を続けられれば幸せなので」

「ああ、そう言うのはいらねえんだ」

「そうですか。幸せですか」

 そう言いながらヴェルナ―は自分のグラスの中のワインを転がし口に運んだ。

「ああ」

「それは夢中になれるものがある事じゃないでしょうか」

 ヴェルナ―の人生の中心は何時でも何処でも科学であり、それを考えるという行為を中心にヴェルナ―の人生は存在する。それが前提の幸せこそヴェルナ―の幸せであり、それのない人生をヴェルナ―は知らないし、恐らく理解しないだろう。

「夢中になれるものがある事か。お前らしいな」

 もちろん、ヴェルナ―がそう言うであろう事は付き合いの長いジークムントは予想していた。しかし、それとここでそれをきちんと聞くことは違う。違うのだ。

「夢中になれるものが無いと退屈ですから、それがあることで人は幸せになるのではないかと」

「理屈は理解できるが俺はそうは思わない」

 予想していた展開を飲み込み、ジークムントは楽しんでいた、この時を。人と人のぶつけ合い、飲み込み合う、互いの人生が強く交差するこの時をだ。

「ではジークムントは何を持って幸せと言うのですか」

 ヴェルナ―は感情を心にとどめきれず、テンションの上がったジークムントの様子を見てジークムントの感情に更に火薬をぶち込む。

「自分が幸せである事を理解する事だな」

「??・・当たり前では」

「そう言う事じゃない。幸せとは現状に満足し、その現状を維持しようとすることだな」

「つまり、私と真逆の考えと言う事ですか」

「そうなるな。まさか、いきなり反対の意見の奴に話を聞けるとはな」

 ジークムントはヴェルナ―のグラスにワインを注ぐ。

 ジークムントは喜んでいた。対立する考え持つ人間は彼にしてみれば、真逆の人生を歩いてきた人間を意味していたからだ。最も知りたくて、最も遠いはずの人間が近くにいた。その大いなる歓喜をジークムントはワインとともに体に取り込んだ。

「じゃあ、お前がそれを幸せと定義した理由を聞こうか・・・」



 時刻はもうすでに深夜になっていた。ヴェルナ―とジークムントはワインもつまみもすでに食べ終えていた。

「もうこんな時間ですか。そろそろお開きにしましょうか」

 ヴェルナ―はそう言うとグラスを片づけ始めた。

「いや、まだだ。どちらかと言うとこっちが本題だからな」

 ジークムントはさっきまでの歓喜を中心とした感情を消し去り、静かにそしてそれ以上の感情の乱雑さをもってヴェルナ―に着席を促す。

「?」

 ヴェルナ―はキョトンとした顔で再び、席に座った。

「ヴェルナ―、お前から見てロザリンドはどう見える」

「どうと言われても、可愛らしい女性だと思いますが」

「そういうことじゃない。ロザリンドは幸せそうに見えるか」

「・・・」

「遠慮はいらん」

「・・見えないですね。何と言っていいか分からないですが余りにもジークムントに依存しすぎているように感じます」

 ヴェルナ―はそれほど多くロザリンドと会う機会があったわけではない。しかし恐らく誰よりも単体としてのロザリンドではなく、ジークムントとロザリンドという組み合わせを知っている。

「そうだよな。俺もそう思っている。あいつはな。小さいころからそうでな」

「小さいころですか。あなたがまだマフィアの幹部をやっていた頃ですか」

 ジークムントはマフィアをやっていたが、ロザリンドの幼いころとジークムントの所属していたマフィアのボス争いが一致していたのだ。当然その頃は魔法という概念などなくジークムントも魔法を使えはしたが師の意向から魔法を使わなかったため、ボス争いの早期決着がロザリンドの身を守るためにも必要であった。

「そうだな。まあ、親がマフィアじゃあな」

「友達は作りづらいでしょうね」

「それでも、自分をだせる人間なら一時の友でも作れるんだろうがあいつは内気だったからな」

「ええ、覚えていますよ。彼女と最初に会った時、いつもジークムントの後ろに隠れていましたね」

「そんなこともあったな。・・と思い出話はこれくらいにしてな。俺はあいつが俺に依存し続けるならそれもありかなと思ってたんだよ」

「思っていた?」

「ああ、思っていたんだ。だが、あいつは変ろうとしていた。俺が牢屋に入る事になった日に自分の部屋にこもったあいつがだ」

「彼氏ができた話ですか」

「察しがいいな。友達すらまともに作ったことのないあいつが彼氏だと、俺は冗談と思ったが最近はその彼氏のことで悩んでやがる」

 ロザリンドが彼氏を作った事はジークムントにとって何よりの驚きであった。ジークムントにとってロザリンドは何もできない。そんなイメージが強く、強烈な具体性をもってジークムントの中で存在していたからだ。

「好ましい事じゃないですか」

「そうだな。だが俺は彼氏を作ったのは俺のためじゃないかと思ってんだ」

「??」

「分からないか。俺は昔からあいつに人間関係が織りなす物事の楽しさを吹き込んできた。当時はそんなつもりはなかったんだが今にしてみれば人間関係を作れと言っていたようなもんだ」

「??まだよく分かりませんがなんで、ジークムントが興味のある事を話すと・・・。あ」

「そう言う事だよ。あいつは俺に気に入られたいがために初めて人間関係、それも最も複雑な恋愛関係を作ろうとしたんじゃないかと思ってな」

 依存、その度合いは人によって違うだろうが人は少なからず依存しているだろう。だが、ロザリンドのような依存は珍しいだろう。自分の生きると言う行為の全てを一人の人間に気に入られる事と同化する。それがロザリンドの生き方であるとジークムントはそう言っているのだ。

「あなたが牢屋に自分から入ったことで自分からの興味が無くなったと思ってと言う事ですか。考えすぎでは」

「そうかもな。だが今のあいつはまだ俺が牢屋に入る前のままだ。俺に依存したままのあいつが俺に気に入られるために彼氏を作ったと言うなら、それはあいつのためにはならないだろ」

「ふふふふ」

「なんだよ」

「いえ、あなたも父親になったんですね」

「あのなあ、俺は最初から父親やってるつもりだが」

「そうですか。少なくても、牢屋に入る前のあなたはそうでなかったように思いましたが」

「うるせえ。あの頃は色々なことに飽きてきてたからな。マフィアのトップになって色々な人の作るものを見つくしたと思ったんだよ。あいつも俺に依存はしていたが大きくなってたし、女と作る関係にも飽きてきてたしな」

「でも、そうではなかった」


「そうだな。まだ『親』をやってなかったんだよ」


「そうですか」

ジークムントは自分とヴェルナ―のグラスを手に取った。

「そろそろお開きにするか」

「?・・何も解決してませんが」

「心配しなくても思いついた」

「そうですか。なんか楽しそうですね」

「そうだな。あいつの勘違いとはいえ、あいつのおかげでまた新しいものが見れそうだからな」

「あなたが『現状を維持する事』を幸せというのは滑稽ですね」

「何か言ったか」

「いえ、おやすみなさい、ジークムント」

「ああ、おやすみ」


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