掌編小説/中世物語 『マダムの唇』 1/3
秋の夜ふけだった。まだ葉の落ちていないオークの木が群れる深い森を貫く街道を一両の馬車が駆け抜けてゆく。ゴンドラにはかがり火がつけられて前方を照らしいていた。本来、馬車などというものは二頭もあれば十分に走れる。それなのに六頭だてときていた。よほどの貴人が乗ったものだ。警護の騎士とか徒士の姿はみえない。
道のはるか後方から、いくつものかがり火と、馬の蹄の音がきこえてくる。
宮廷闘争に敗れた有力貴族が外国に落ち延びようとしているところに追手がかかっている。あるいは危急の要があった貴族が、森の奥で山賊にでくわした。いずれにせよ、警護の兵はことごとく討たれていることは明白だった。
――で、坊ちゃん、どうする?
「もちろん、助けるさ」
おいおい、田舎芝居にでてくる騎士様じゃあるまいし、首を突っ込むのかい?
「見過ごすわけにもゆくまい」
まあ仕方がないか。
馬車が後方に抜けた。
赤毛の坊ちゃんが、追ってきた連中の前に躍りでた。
松明にぼんやりと髭面の男たちの顔が浮かんだ。
「なんだ、てめぇえ?」
「なるほど。みるかに傭兵崩れの山賊……」
「邪魔する気か? ほお、値打ものの服を着ている。貴族だな。おまえもついでに、ぶっ殺し、身ぐるみ剥いでやる。いい度胸だから、死ぬ前に、名前をきいておいてやるぜ」
――わが名はボルハイム!
長剣を引き抜き、斜め前に構える。それから俺と乗っている連銭栗毛の馬に鞭をやって、突撃した。
相手は五人。それでもやるかい?
「当然だ」
なにゆえに?
「帝国騎士の誇りにかけて」
お人よしめ。たしかに騎士道ガイドラインに、貴婦人や処女が賊に襲われているところにでくわしたら無条件で救え、というのがある。だがな、この乱世じゃ骨抜きの道徳だ。
敵も長剣をもっている。得物をみれば素性は判る。傭兵とはいっても騎士崩れだ。ちょいとやばそうだな。だが冒険のない人生なぞ糞っ喰らえだ。加勢するぜ。
俺は坊ちゃんと敵双方の馬が交差する直前、馬上にいる敵六人の顔をつぎつぎと蹴ってゆき、また元の鞍に戻った。賊は一様に面食らった。一人はそれだけで、バランスを崩し、馬から転がり落ちた。
チャンスをつかめよ。
もちろん、そういうところは抜け目がない坊ちゃんだ。無駄のない太刀筋で、相手の喉元をつぎつぎと必要な分だけ斬った。恐らくは返り血すらも浴びていないだろう。
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坊ちゃんは駒の踵を返して馬車を追った。御者が深手を負って失神しているのをみたのだ。坊ちゃんは駒を寄せ、駆けたまま御者台に飛び移って馬車馬をとめた。
ゴンドラから侍女の手を借りた貴婦人が降りてきた。
「危ないところをありがとうございました」
この時代は、教会規則により、女性は手足の様子を、家族以外にはみせない。貴婦人となるとなおさらだ。その人はひきずるほどに長い裾の服・ローブを着て、腰のところはベルトで留めている。外套はそれよりも少し短めで、スリット部分をで羽織っていた。ベールをめくると細面だった。
貴婦人は身に着けていた首飾りを外そうとした。
「お気に召されますな。当然のことをしたまでです」
「そうはいわれましても」
「ご無事でなによりでした。では、これにて――」
しかし子供のころから騎士道を叩きこまれた坊ちゃんは基本に忠実だ。男子系のお辞儀、マハナ・エン・バインをやって、ふたたび鞍にまたがる。あははは、若いな、坊ちゃん。姫はすっかりホの字だぜ。手を振ってやれよ。だが振り返るそぶりもない。ま、そういうところが色男が色男たる由縁というわけだな。
しょうがない。俺は、先に馬に乗った坊ちゃんを追いかけ、鞍に跳び乗った。
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This story follows the next time.
I will see you again.
ノート20140317




