掌編小説/中世物語 『風呂屋の親爺』
掌編小説/中世物語 『風呂屋の親爺』
中世ドイツのとある田舎町である。
風呂屋は城市から少し離れた川縁にあった。町の人は朝になると、どっと、そこに押し寄せる。
風呂屋の親爺・アーベルは、夜が明ける前に湯を沸して町の人を出迎える。
風呂にゆく途中の麦畑の道で子供が泣いていた。
「やだやだ~、僕、お風呂嫌いだ~」
「汚い子は魔女にさらわれるよ」
「……」
魔女にさらわれると言われれば泣くも黙る。母親にくっついて風呂屋にゆくのだった。
次から次へと町の人が風呂屋にやってくる。
なかは桶が並び、二人づつ入ることができる。混浴だ。
若い娘と爺様がむかいあって湯につかることもある。娘たちは恥ずかしがるということはない。あたりまえのことなのだ。
「仕立て屋のお爺ちゃん、うっ血の具合、どうなった?」
「風呂に入りゃ調子よくなるんじゃ」
「ほーんと?」
「まあな。かっかっかっ」
大都会では知識人・文化人という輩が、混浴習慣が卑猥だといって槍玉にあげることもあるのだが、そのくせ、地方都市にでかけては、のぞきにくるのだ。
「あのよお、学生さん、変な目でジロジロみてんなよ。町の衆があんたをキモイっていっているぜ」
「混浴は公序良俗に反する。卑猥だ。いずれ取締の対象になるであろうことはいうまでもない」
「なに面倒くせえこといってんだ。でてけ、このタコ、町の衆は、ナチュラリストなんだ。インテリが一番下品で興ざめなんだよ」
うがった学生は外に叩きだされた。
風呂桶につかって、町の人々はくつろぎ、お喋りを始めた。娯楽場であり、もっとも重要な社交の場でもあった。
風呂場からあがったところには、散髪屋がきて、髪を切るサービスを始めた。
冷やかすように旅商人がいった。
「隣町の風呂屋じゃ、湯女を雇って、いいこともしてくれるぜ。あんたんところの風呂屋じゃ、湯女は雇わないんかい?」
「うちはカタギの風呂屋なんだ。そんなもんは雇わねえ」
「ぎゃっ、なにしやがる」
湯船に熱い湯を入れた風呂屋の親爺アーベルは、ふっ、と何か耳を澄ませている。
火事だ~。パン屋のところだ~。
「若ぇえ衆、行くぜ」
「合点でぇえ!」
風呂屋の親爺は消防士でもあった。火消し道具一式を携え、若い三助の兄さんたちと一緒に市門をくぐり、パン屋のオババのところに急行。バケツの水をかぶった親爺は水をかぶり、中に閉じ込められた子供たちを助けて、またでてくる。
若い衆、それに町の人々のバケツ・リレーで火が消し止められた。
アーベル親爺はヒーローになった。
十五世紀から十六世紀・ルネッサンス期から大航海時代にかけて、中世の森林が乱伐・羊の放牧によって禿げあがり、木材価値が急騰する。新大陸から性病・梅毒がもたらされ、人々は風呂にあまり入らなくなりだした。風呂屋の親方衆は、湯女を雇いだしたので風呂場はソープランド化してしまう。また風呂屋で雇った散髪屋が死刑囚の刑執行前に散髪・髭剃りをさせられることがあった。そういった事情から、ルネッサンスから近世にかけて、だんだん風呂屋の親爺は、賤民視されるようになってゆく。金持ちでも市参事に立候補することが許されなくなる。地位が回復するのは十八から十九世紀・近代になってからのことだ。
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なおスイスでは、パン屋が一階の窯を利用して二階をサウナ風呂にするサービスをしていた。風呂の準備ができると、ぱお~、と角笛を鳴らし町の人を呼ぶのである。
「ゆくぞ、ハイジ。ペーターもくるか?」
「うん、いくいく♫」
童男童女がベルを首につけた山羊と一緒に跳ね回る。
「おい、山羊どもは置いてゆけ」
「判ってるよ、もう」
氷河の谷間の村で角笛をきいた元傭兵・アルムおんじは、子供二人を引き連れパン屋の風呂にむかうのだった。
了
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引用・参考文献
阿部謹也 『中世を旅する人びと』 平凡社 1978年
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ノート20130813




