掌編小説/中世物語 『機械仕掛けの魔都と海底都市イース』
フランドルあるいはフランダースと呼ばれるところは、ドイツ=神聖ローマ帝国とフランス王国をまたいだ地域で、低地地方・ネーデルランドとも呼ばれているところだ。フランス語にドイツ語に加えて、地元の言葉・フラマン語というのがあって、このあたりの住人は器用に使い分けて話していた。
港町にはいろんな国から人がくるもんだ。交易商人のほかにも、各国使節やら司祭、それから吟遊詩人なんかもやってくる。旅籠の一階が居酒屋になっている。例の如く君命で各地を巡察していた赤毛の坊ちゃんこと帝国騎士ボルハイム卿は、夕食をとりに、スィートルムの階段を降りて、石畳の路上にまで長卓を張りださせた席についた。
居酒屋では、地元の常連客に加わって、見知らぬ者たちが相席し、話が盛り上がって歓声をあげたり、口喧嘩したりしていた。
このとき、半島の公国・ブルターニュから旅してきたという旅の吟遊詩人が、大事そうに小脇に抱えた弦楽器・リュートを奏でだした。恰幅のいい白髭の老人だ。
居酒屋にいた連中は、みな、曲の合間に吟じられる昔物語に耳を傾けだした。
「まずは口上。……西に臨んだ大西洋にむかって、フランス本土から、にょきっ、と突きだした恰好のブルターニュ半島。そこの平原には太古の謎の民族が残した巨石文化の痕跡があります。イメージしてみましょう。……なだらかに凹凸のある台地に、きのこの形につまれた高さ数メートルの石板やら、滑走路のような標識みたいに等間隔で並べられた石柱があるのです。彼の地にはこんな伝説があります」
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半島の王国を最初に統一したのはコナン王といいます。偉大なる王の自慢は美しい王妃でありました。廷臣たる騎士たちが上洛してきた日、宮廷では宴が催されます。
宴たけなわとなったとき、角杯を手にしたコナン王が一同を前にいいました。
「卿らはわが王妃より美しいご婦人をみたことはあるかな?」
騎士たちは口ぐちに、「ございません」と告げます。
王妃はすらりと背が高く長い黒髪を床にまで伸ばした美女でありましたが、ただし、それは若いときの話。いまや皺がでて容色に陰りというものがみえていたのです。
宴席には、俳優みたいに若くて美形の騎士・グラドロンも招かれておりました。彼は夢見るように王の問いに答えます。
「――おります」
「なに?」
「先日、私は、妖精の森・シレーヌで狩りをしていましたところ、白き牝鹿をみつかけて馬で追いかけました。すると、泉で麗しの乙女が沐浴していたのです」
「妖精族・シルフ(エルフ)の娘……」
「強く迫って妻に迎えました」
要は、若い美形の騎士様は、自分の妻のほうが、王妃より綺麗だと自慢して返したのだ。
王妃の表情はみるみる引きつってゆきます。
騎士たちは、王妃がグランドロンに片思いを寄せていたのを知っています。そして彼女がこの騎士にいい寄ったとき、若い騎士はつれなくふってしまったという経緯も、巷で、面白おかしく誇張され噂さされているのを知っておりましたから、――どうなるものか、はらはらして見守っていました。
場を察した王はみずからの腹を片手で叩いて笑います。
「なるほど妖精族・シルフの娘か。王妃とて敗けるかもしぬな。しからばここに連れて参れ」
「妻は常にそばにおります。ここにおります。姿はみせませんが私には声がきこえる……」
コナン王は、悪酔いしたのか、急に怒りだし杯を床に叩きつけ、
「孺子、黙っておれば儂や王妃を愚弄してばかりおる。衛兵、衛兵、グラドロンを逮捕しろ。城外で股裂きの刑に処してくれる」
吠えましたので、宴席の隅に配していた衛兵が、王に命じられるままに、グランドロンを窓際に追い詰めます。
仲間の騎士たちは、
「グランドロンよ。王と王妃に謝罪しろ。命乞いをするのだ」
しかし誇り高い彼は、
「私は王の問いに正直に答えたまでだ。真の騎士はつまらぬ嘘などつかぬ」
刹那、一同は鈴の音のような美しい女性の声を耳にします。
――御屋形様、窓から飛び降りてください。風の精である私が手を貸しましょう。
え?
グランドロンが不敵に白い歯をみせ、声の導くままに、窓から身を躍りだします。
宴の広間は館の上階にありました。跳び降りたら、死ぬか重傷を負うかという高さ。
しかし、王や王妃、廷臣たる騎士たちがかわるがる窓からみやりました。
このとき、突然、強い上昇気流が起って、騎士・グランドロンの身体はふわふわと宙に漂いながら、ゆっくりと地面に舞い降ろされてゆくではありませんか。さらに、彼が着地する前に口笛を吹くと、彼の愛馬が駆けてきて主人を背に載せ、閉じられようとする城門を駆け抜けてしまいました。
このとき、彼を先導したのは妖精族・シルフから迎えた妻でした。彼を助けたその人は、白い牝鹿の背に横座りして、はるか彼方に駆けてゆきます。
一同は思わずつぶやきます。
――う、美しい。グランドロンは正直者だった。
王妃は怒りにまかせて、
「世界で一番美しいのは誰?」
と何度も叫びます。
一同は、「王妃様です」と答えたのだが、心はそこにあらず。
なおも王妃は、「世界で一番美しいのは誰?」と、叫び続け、ついに狂い死にしました。
「グランドロンが王妃を殺した。衛兵、馬をひけ、わが騎士たちよ、奴を追うのだ。奴を捕えよ、今度こそ、八つ裂きにするのだ。」
逃亡した騎士が逃げた先は皆、判っています。妖精の森・シレーヌです。
しかし、コナン王と廷臣たる騎士たちはグランドロンの愛馬を発見しただけで、グランドロンその人と、妖精・シルフ族の夫人の姿をみつけることはできませんでした。
その後、コナンの王朝は異民族に滅ぼされます。
異民族侵入の禍いのあと、荒廃した国土に、妖精の森・シレーヌから騎士グランドロンは再び現れ、散り散りとなったコナン王の臣民たちを集めて祖国を再建し王に推され、壮麗な港湾都市イースを建設し、そこを王都として殷賑をきわめさせたのでした。
こうしてグランドロンは、民から慕われ、「英雄王」と呼ばれ愛され、半島・ブルターニュの地に、第二王朝を築いたわけです。
王妃となるべき夫人は妖精の森・シレーヌから、なんらかの理由で。……恐らくは種族の掟に縛られて、王とともに人界に戻ることを許されなかったのですが、グランドロン王には、母親に代わって、モアチェ・シルフ(ハーフ・エルフ)である一人娘のダユットがおり父王を補佐します。
イースの都を築くとき、グランドロン王は、干潟であったそこを埋め立てる際に、とてもかたい樫木を杭にして、ダユット王女に魔法をかけさせました。それが「魔法の礎」です。
ところが、この王女は、クリストフという魔人に、呪詛をかけられ、連れ去られます。
強力な魔法をもった王女といえども、魔人には及ばなかったのです。
魔人は膝を屈した王女に、顎をしゃくりあげていいます。
「俺は、水棲種族『河伯・ウンディーネ』から万能の通力を得た。海底に高度な都市文明を持っている連中だ。顔は、猿のようでもあり、魚のような顔をしている。いずれにせよ人に似て異なる存在というべき存在だ」
王女を取り戻そうと英雄王グランドロンが、軍勢を率いて、クリストフの居城を攻略にむかいます。
そこは「魔都」と呼ばれる霧深い洋上の小島です。機械仕掛けの都城で、市門から、対岸には、長いつり橋でつないでいて、難攻不落となっています。そこに英雄王の軍勢が攻めかかろうとすると、機械仕掛けの都城からは、「火槍」と呼ばれる炎が噴射して、騎士たちを寄せ付けません。
娘の奪還に失敗した英雄王が、涙を飲んで、引き返そうとすると、市門の上に立った魔人・クリストフが小脇に王女を抱えて嘲笑しました。
「――『魔法の礎』は粉々に砕いてやった。支えを失った王都イースは、自らの重さに耐えきれず、じわじわと、海に沈んでゆくことになる」
そしてその言葉は現実のものになります。
王都イースは海中に没します。
ほどなく「魔都」も霧のなかに消えてゆきました。島だと思っていたのは、異界をさまよう大きな船だったともいわれています。
それから千年の月日が流れ、イースがあった海域に投錨した交易船がありました。錨をあげて、また出発しようとすると、なにかに引っかかってあげられません。すると、壮麗な神殿があり、錨はそこに引っかかっていたのです。そのとき彼は目撃したことを地元の老司祭に報告しました。
すると司祭は、
「おまえがみたものは、イースの町の一部だ。町衆は、幽鬼となったのか、はたまた水棲種族となったのかは知らぬがいまだにそこに暮らしているようだな。きっと、彼らが信仰していた、いにしえの神に礼拝していたのだ」
と、遠い目を窓の外にみえる洋上にむけて涙を浮かべたのだそうです。
司祭は、イースが海に沈む前に地上に逃げることができた末裔だといいます。そして、水夫にこんな話をしました。
「伝説はことかかない。……地元の少女が、夏の日に、海で遊んでいた。泳ぎが得意で、彼女は海中深くまで潜ることができた。このとき、偶然に、イースの町をみつけた。壮麗な街路には商店街もあった。やはり町衆は海底で暮らしていた。店の親爺が彼女を呼びとめ、『なにか買ってくれ』と頼んだ。少女は持ち合わせがない。親爺は、『もしあんたが買ってくれたら魔人の呪いが解けてイースは洋上に復活できるのに』といって嘆息したといそうだ」
老司祭はさらに話しを続けました。
「やはり夏の日、漁師二人が小舟を漕いで沖にでかけたところ、つい暑くて思わず居眠りしてしまった。ところが、想定外の引き潮が起り、海中に引きずり込まれた。気がつけば小舟は砂原に打ちあがっている。一面が豆畑だ。一人が小舟から跳び降りて、豆を摘んでエプロン一杯にして戻ってきた。だがそこで、潮が満ちてしまい彼は海中に呑まれてしまった。生き残ったもう一人は小舟で洋上を漂いながら悟ったといいます。そこが海底の都・イース郊外の畑であったということを……
伝説にはさらにつづきがありました。
「生き残った水夫が、実家近くの磯で、潮が退いたときに海藻を刈っていると、重荷を背負った老婆が後にたっています。そして、『兄さん、あたしを家まで送ってくれんかのお?』と頼んできますが、なにか不吉な感じを覚えて、『悪いけど……』と断った。すると老婆は、『呪われてしまえ』と悪態をついてから、『もし、あんたが引きうけてくれたなら、イースは復活できたんだ』といって消えた」
海上の絶壁に突きだした岬の上の修道院。そこで水夫がきいた物語です。
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居酒屋で、坊ちゃんが感慨深く話をきいていると、老吟遊詩人がやってきた。
「最後まできいてくれてありがとうございます。お若い騎士様にこれを差し上げましょう」
といって、みたこともない、青くなったり赤くなったり色が変わる不思議な金属を坊ちゃんに手渡した。
坊ちゃんが、手にあるそれを、しばしみつめ、礼をいおうと顔を上げると、そこに老吟遊詩人の姿はなかった。
居酒屋は喧噪につつまれている。坊ちゃんは、相席したほかの客たちに老吟遊詩人の話をすると、誰もが、
「騎士様は、居眠りでもしていたんじゃないですか? そんな奴はみてませんぜ」
と口をそろえていうのだ。
しかし坊ちゃんの手の中には「それ」があった。
小さな歯車だった。「それ」が機械仕掛けの魔都のものか、海底都市イースのものか、いまとなっては知るよしもない。不思議なこともあるものだ。
ところで、そういうおまえは誰かって?
――俺かい? 猫だよ。
了
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引用参考文献
渡邊昌美 『フランス中世夜話』 白水社2003年、P18-24「海底の都」より
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ノート20140219




