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掌編小説/中世物語 『名君!』

 「ここなら騎士殿の大好きな狩りが存分に楽しめるわよ。これまであなたが積み重ねた武勲にしてはささやか過ぎるご褒美だけど……」

 女公殿下の名で俺が封建されたところは、荘園とは名ばかりの土地だった。その名もずばり狩猟林シャースという地名だ。森林が大半を占め、谷間を蛇行した小川が流れ湿地が形成されている。女公がいうように得物はどっさりと獲れた。

 一般人は立ち入りできない。弓と剣で武装した屈強マッチョな森番は、初老の男で、いかにも若いとき戦場で活躍したかのような斬り傷を頬にもっていた。

「え、まさか新しい御領主って……」

 おっさんが、俺の顔をみるなり、意外だ、という顔を露骨にだした。

 らしくないかい? ああ、悪かったよ。

 狩猟小屋で夜を過ごすと、明け方、おっさんは、賊を捕えて拷問にかけていた。なにもそこまですることはあるまいに……。

 賊は納屋の柱に荒縄で縛り付けられていた。川も荘園に付属している。そこから鯉を網にかけて盗んだというのだ。

 おっさんが、振り返った。

「御屋形様、こういった連中を甘やかすと癖になりますぞ。刑を執行します」

 鞭打ち刑は苛烈で手加減なし。何十発も密漁者に喰らわせた。

 ルネッサンスの時代、フランス東部およびオランダ・ベルギーの諸都市を傘下に収めたブルゴーニュ公国は欧州一繁栄していた。フランス・神聖ローマ帝国の両方から封建された同公国君主はフランス王族バロワ家の出自だが、独立を画策し、本家のフランスと数百年にわたって抗争していた。

 無敵だった先君シャルル・テルメールが、神聖ローマ帝国国境にあるロートリンゲン公国をめぐっての抗争中に、敵の同盟国スイスの傭兵に殺された。先君の遺言により、一人娘のマリーが即位して女公となる。さらに、混乱するであろう自国の荒廃を予想し、神聖ローマ帝国皇帝の子息・オーストリア大公マクシミリアン殿下を婿に指名していた。

 叛乱を鎮めた大公は、若干二十歳にして、二万の軍勢を集め、義父を討ったスイス傭兵の戦術「歩兵密集方形陣」を採用。国境に接したアルトワ州ギネガテ村付近の丘で、フランスのデスケアード将軍率いる騎士団を撃破する。

 俺は、オーストリア大公の婿入りと、対フランス戦でいくつかの武功を上げ、騎士の爵位と荘園を与えられたってわけだ。

 大公夫妻はブリュッセルの宮殿に住んでいた。狩猟林シャースは、そこからまる一日、南にいったところにある。俺は夫妻を狩りに招待した。

「お気に召しましたか、騎士殿?」

「まあな」

 「欧州一の美女」と賞賛されるマリー女公殿下は、黄金の髪をした女性で、古典にも通じた教養人であるばかりではなく、夫についていって狩りをしたり、冬になれば川に張った氷上でスケートをしたりする活発な人だ。また、ちょっとした言葉や表情から他者の気持ちを読める才があった。

「騎士殿は浮かない顔ね。やっぱり、これっぱかりの領地じゃ不満だった?」

「いや、そんなことはない」

「隠しても無駄。ぶっちゃけた話、どうなの?」

 俺は腹にしまっていたことを女公殿下にいった。

 異国からやってきた俺の言葉を理解できるのは、女公だけだ。彼女の口添えで商人から資金を借り、川の一部を堰き止めて「いけす」をつくり、鯉を養殖する事業を始めることにした。

 この時代、魚は獣肉よりも珍重された食材だった。大きくした魚をブリュッセルほか公国の各都市に出荷させると、とても高値で売れた。

 わが領地・狩猟林シャース庄は、食い詰めた連中を小作人として迎え入れた。例の密漁者も雇い、養殖業を手伝わせることにした。川のほとりに二十戸ばかりの集落ができる。いまや年収数百グルデンをはじき出す主力産業にまで成長。ただの荒地が豊かな荘園に変貌を遂げた。

 さあて、久しぶりに、狩りにでかけるとするか。ブリュッセルから南へむかう街道を通って自領に入る。途中、いくつかの養殖池の横を歩いた。

 網を仕掛けていた領民たちが、手を休め、

「アンジェロ卿万歳!」

 と叫んで、道ゆく俺のところに駆け寄ってくる。

 ところで、あんたは何者かって?

 ――俺かい? 猫だよ。

END


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