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掌編小説/中世物語 『リンツの午後』

 1492年夏。ドイツ=神聖ローマ帝国の領邦・バイエルン公国。そこからドナウ川を船下りして、オーストリア西部にあるリンツの町に貴婦人がきた。皇女クニグンデだ。三人の娘たちと女官を伴っていた。

 波止場で船を降りた一行は小高い丘の上にある小さな居館に入った。

 そこが皇居だった。当時の帝国宮廷は、皇帝が侵略者に追いまわされていたため、オーストリア各地を転々と移り、ドナウ川南岸にある小さな田舎城市まちにようやく落ち着いたところだった。

「クニグンデ、八年ぶりだな」

「はい、そうですね、御父様」

 老帝の眼差しはとろけるようであったという。広間で待っていた背の高い老帝は、玉座から立ち上がると、娘の皇女と一緒にかしこまっていた娘や孫娘のところに、よたよた歩きだし、つぎつぎと抱擁した。

一行は場所をかえて芝生の庭へと歩き出した。

 皇女の女官には従姉妹にあたる幼馴染・クライク姉妹もいた。姉をロジーナ、妹をジグーネといい、姉の方は、金髪のあんちゃん……もとい、主公マクシミリアンの初恋の人だった。

 主公の使者としてやってきた赤毛の坊ちゃん・騎士ボルハイムにとっても皆、懐かしい人々だった。

「かわいい、抱っこさせて~!」

 皇帝の三人の孫娘たちと目があったときに嫌な予感がしたのだ。案の定、チビどもは俺を追いかけ回した。

「アンジェロ卿は抱っこが嫌いなの」

 そういって、たしなめるのだが、母親とその友人二人はて笑うだけだ。おい、坊ちゃん、なんとかしてくれ。俺は迷惑しているんだ。

.

 皇帝には一男一女がいる。

 皇女の兄・主公マクシミリアンは18歳のときに、フランス王国と帝国との国境にまたがり双方に「藩国の礼」をとっているブルゴーニュ公国へ婿入りした。先君が討死をしたばかりだ。東側の宗主であるフランス王国が取潰し工作を盛んに仕掛けてくる。そそのかされた公国内の諸都市が反乱を起こし対応に忙殺されていた。

 もっとも頼りになる主公が不在となっている隙を突いて、東から侵略者・ハンガリー王国軍が攻め寄せてきた。内乱、皇帝と皇女の誘拐・暗殺未遂事件が続発。皇帝は敵が押し寄せてくると、娘を連れ、市民や部下を見捨ててとっと逃げだし、オーストリアを転々としたものだ。

 皇帝がリンツに落ち着く直前、甥っ子のいるチロル公国に立ち寄った。そこで皇女は皇帝の甥であるチロル公に預けられたというわけだ。「老いて駑馬どばになる」という言葉があるのだが、その言葉はチロル公によく当てはまる。若いときは節度ある名君だったのだが、バイエルン公国から若い妃が嫁いでくるあたりでこの人は大浪費癖が目立つようになった。

 バイエルン公国には三兄弟がいて、姉が嫁いできた縁もあり、そこの宮廷を何度も訪ねてきたものだ。

 三兄弟の長兄のうち、長兄は気性が穏やかだった。次兄は感情的だ。末弟は兄たちにない狡さがあった。

「姉上、皇帝陛下から書状を賜りました」

 チロル宮廷に馬で駆けたのは末弟アルブレヒトだった。書状を姉にみせ、その夫であるチロル公にみせた。気のいい義理の兄は、アルブレヒトのいる居間に皇女を連れてきた。

「クニグンデ、もう二十歳だな。ふつう婦女子の結婚は十四歳だというのに……」

「それを世間では『いかず後家』といいますよね。なにぶんにも父は、皇帝とはいっても名ばかりで、私の持参金が用立てられずに送りだすことができなかったのです」

 親戚のチロル公は禿げている。公は単純に、わがことのように喜んでいた。

「後継ぎのない貴族が没したので封土が空いた。それが陛下のもとに転がり込んだから持参金になる。晴れて『いかず後家』の不名誉を挽回できる」

 たらららったら~。

 公は皇女の手をとって踊りだす。

 人のいいチロル公は仲人を買ってでて素早く式場をセットすると、義理の弟と親族である皇女の挙式をとりもった。しかしそれは、バイエルン第三公子アルブレヒトの詐欺だった。狡いアルブレヒトは、皇帝の親書を捏造して、皇女を嫁にしたのだ。

 皇女は、夫の詐欺を知ったのだが、そのときは後の祭りだった。

 事の次第を知って激怒した皇帝が、バイエルの第三公子をとっちめに、チロル公国へ使者をつかわしたとき、本人たちはバイエルン公国へ逃げ帰った後だった。

 ちょうどそのころの皇帝とバイエルン公国は、遺産相続の問題で争っていた。

 公国は軍勢を繰りだして係争地を占領してしまった。その上、派手好きなチロル公に大金を貸して、死んだら遺領はそっくりバイエルン公国によこすようにという誓約書に署名させた。

 皇帝は、ハプスブルク家一門に連なっているチロル公の本家筋だった。だから、そんな勝手は許せない。その件でもまた怒らせた。すっかり顔に泥を塗られた皇帝は、公国を帝国から破門。取り潰そうと諸侯をかき集めて事態は泥沼化する。

 心を痛めた皇女は切り札をだした。兄君の主公マクシミリアンに仲裁をもとめる手紙を送ったのだ。

 最初抵抗し帝国軍を押し返していた公国だが、英雄の登場で、一転して劣勢に追い込まれる。そこで主公が皇帝と、バイエルン公国の公子たちを同じテーブルに着かせて仲裁した。

 皇帝とバイエルン公国の問題は片付いた。

 すると次は三公子たちが、公国そのものの相続権を巡って争いを始めたのだ。長兄は早々と継承戦争の当事者から消える。そして第二公子クリストフと第三公子アルブレヒトとの間で争われることになった。

 皇女はそこでまた兄君である主公に手紙を送った。夫に加勢してもらいたいというわけだ。妹に泣き付かれた主公は軍勢をだして、第三公子に加勢。こうして第三公子アルブレヒトは晴れてバイエルン公に即位できた。

.

 皇女の夫・アルブレヒトの対外問題は解決した。

 詐欺婚なものだから、実をいうと夫婦仲は上手くいっておらず、皇女とバイエルン公は公務の関係で週に一二度会うという程度で別居していたのだそうだ。詐欺的な結婚前まで関係の良かった父帝との間とも悪化したままだ。そのあたりも兄である主公に仲をとりもってもらい、今回、リンツ宮廷での父娘八年ぶりの再会の運びとなったわけだ。

「強くなったな、クニグンデ……」

 父帝は素直に娘を褒めた。

 皇女の夫とバイエルン公の座を争った第二公子クリストフは、主公の部下となり、ロードス島で病没した。

 ――クニグンデ様にこれを。

 その人も姫に恋をしていたのだ。

 人づてに宝石を散りばめた黄金腕輪を預かった赤毛の坊ちゃん・ボルハイムは皇女に渡した。

「あの、ボルハイム卿……私、もう迷いません」

 皇女が顔を赤らめた。

「?」

 坊ちゃんは意味不明といった顔だ。

 おいおい鈍すぎるんじゃないか? どうやら姫の本音とするところは、幼馴染だった坊ちゃんに気があったみたいぜ。

 クライク家の姉妹・ロジーナとジグーネもいた。二人とも元気そうだ。ロジーナに主公の近況を教えてやると涙を流して喜んでいた。

 皇帝と皇女が仲直りすると、皇帝とバイエルン公アルブレヒトとの関係も改善された。

 公は、狡い一面もあったのだが、野心的な一連の行動はバイエルン統一という大望があったからだ。いったん故国が統一されると行政を整備し大学を建て、イタリアから最先端の芸術文化を輸入した。意外と名君だったのだ。

 皇女が帰国すると、夫は彼女の館をひんぱんに訪ね、ついには一緒に住むようになった。それから公は、家族とカードゲームをしたり、連れ立って馬上試合トーナメントにゆくようになったりしたとのことだ。

.

 さて毎度の自己紹介。

 ――俺かい? 猫だよ。

.

     了

.

ノート20140321

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