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掌編小説/中世物語 『メヘレンの伶人』

 15世紀半ば、イギリス・ロンドン。マーガレットの兄である国王・エドワード四世は人気者だった。しかし彼がパレードをすると沿道を埋めている町衆の中に若い女の姿はなくなって、殿方と老婆ばかりとなったものだ。

 ――国王陛下が市中を行幸なされる。

 そうきいた途端、市井の窓は一斉に閉ざされ、町衆の殿方は妻と娘を家の奥に隠したものだ。

 英雄色を好む。国王はすらりと背の高い美男子で、しかも全身からみなぎる野心という匂いは女たちを魅了させたのである。その人の「女友達」の数やしれず。

 近衛兵が、白薔薇紋章の旗をたなびかせてかけてゆく。

「私が外出するとどうしていつもこうなのだ」

「自業自得です」

 近衛騎士の群れのなかにいたエドワード国王と駒の轡を並べて街を闊歩していたのが22歳の私だった。

「マーガレット、縁談がある。相手はブルゴーニュ公爵だ。存じておろう?」

「欧州一のセレブで戦争好き」

「不服か?」

「祖国のためとあれば……」

「よし、決まった」

 本音をいえばマーガレットは兄・エドワードに恋をしていた。男女の仲にはなれない。しかし彼のためならば犠牲になる覚悟はあった。人のいう公爵は、豪胆で、なんとなく兄に似ている感じがした。それで船に乗り、北海を渡って対岸・ブルゴーニュにやってきたというわけだ。

.

 1468年7月9日、「橋の町」ブルッヘ都城の教会でマーガレットと一回り年上の夫は結婚した。中央広場の鐘が鳴り響いていた。メインストリーには、公国守護聖人アンデレを紋章とした青地にX十字の旗がたなびき、青で統一した軍服の騎士や、長弓・長槍の傭兵が整列し、聴衆が花びらをばらまいて歓声を挙げた。まさに、「世紀の結婚」。豪華絢爛を極めたものだった。

 夫である猪突公シャルル・テルメールは、見栄っ張りで、結婚式こそ盛大にして迎えてはくれたのだけれども、ジェネレーションギャップや、生活習慣の違いから、共通の会話というものがなかった。先だった前公妃への未練というものもあったのだろう。新婚生活は最悪で、結婚当初から別居していて、夫は週一度、国事行為のために居処を訪ねてくるというものだった。子供などできるわけがない。

 それでもマーガレットは、公妃としての職務は全うした。夫が戦争にゆくときは、国会や各州各都市議会、資産家たちのところを巡っては軍費を調達したものだ。そういう点では夫から感謝され、一目置かれることになった。

しかし彼女が公国に嫁いだということは必ずしも暗黒を意味していたわけではなかった。

 挙式をしたときに、恥ずかしそうに廷臣たちの列の中にいて見守っていた少女と仲良しになれたのだから。11歳になった義理の娘マリー。二人は、一緒に森へ狩りにでかけたり、冬になれば凍った川でシューズを履いてスケートを楽しんだりした。

 夫・猪突公の戦争好きは病的のもので、家庭にはいつかない。そういう寂しさというものを継母娘は共有したのだと思う。義娘はなにかにつけてマーガレットを頼って相談した。継母というよりは姉か年の離れた親友という感じだった。

 そして運命の日が訪れた。

 1477年1月5日。無敵だったはずの夫、猪突公が、エルザス・ロートリンゲンでの領土紛争で敗死した。いわゆるナンシーの戦いだ。もっとも最後の戦いでは死を覚悟していて、中断していたハプスブルク家との縁組を再開させ、自分の娘婿にオーストリア大公マクシミリアンを指名した。

猪突公が、最後の戦いに出撃する直前、その命で、義理の母娘は、ヘントの城市まちの城館に預けられていた。マーガレットは戦後すぐに、臣下を戦場にやって、遺体を確認させると、議会に赴き、20歳なる義娘マリーを公国君主とするように取り計らった。

 国が傾くと先君のいいつけを破っていろいろいいだす輩がでてくる。宮殿に公国の有力者が続々と駆け込んできた。

「フランス王国の王太子との縁談があります。この話に乗れば国家安泰というもの」

「シャルル王太子のこと? 八歳ですよ? 馬鹿げている。お話にならない。子供と結婚したって幸せにはなれません。マリーの夫には大人の男性でなくてはならないのです。それが自然の理というものだし、なにより、先君の遺言ではありませんか――」

 継母は、ドイツ=神聖ローマ皇帝に手紙をだし、縁談交渉を再開の使者を送った。

 直後、叛乱が起って、町衆を煽った叛乱軍が二人を宮殿に監禁した。

 その人は義娘に、

「マクシミリアン殿は、先君・猪突公のファンでロマンチスト。恋文ラブレターをだしてみなさい」

 と助言した。

 マリーは手紙を書き、忠臣にもたせて、彼の地へ送り出した。

 効果はてきめんで、18歳の騎士は、すぐに出兵してきたのはいうまでもない。しかし想定外の事態が起きた。婚約者の故国オーストリアは貧乏国で、軍勢の旅費が足りなくなり、公国国境に近いケルン大司府で立ち往生していたのだ。

 そこでマーガレットは、侍従長を呼んで、自分がイギリスから嫁いできたとき兄からもらった財産を預けてケルンに遣り、大公とその軍勢を迎えることに成功した。

 叛乱軍はそこであっさりと逃げだし、ヘントで幽閉されていた私たち義母娘は解放された。結婚式は、先君の喪中でもあり、ブルッヘ都城で挙げることは避け、もっとも危険な城市・ヘントでやった。

 女公となった義娘マリーは、大公との間に3人の子をもうけ、あと御一人が生まれるところだった1482年に事故死した。このうち成人に達したのは、やがてブルゴーニュ公となるフィリップと、義娘が義母の名をとってつけたマーガレットの現地名・マルグリットの二人だ。この遺児二人を彼女は父親から託された。

 その後、マーガレットの兄エドワード王が薨去したイギリスでは、また内乱が起って王朝が代わり、実家・ヨーク家は滅ぼされた。1485年のことだ。

「……もっとも私にとっての母国は、もう、ブルゴーニュ公国だけどね」

 その人は片目をつぶってみせた。

.

 ブリュッセル城市から20マイレン(約30キロ)北にいったところにメヘレン城市がある。そこには政府機関の一部があり、当時は公国の副都になっていた。中央広場から北東城壁寄りに入ったところに太后マーガレットの宮殿があった。宮殿とはいってもそう大きなものではなく、ちょっとした商館ほどの規模だった。中に入ると、音楽家たちが楽器を演奏し、画家たちがキャンバスに筆を運んでいた。

太后はフランドル系の芸術家たちのよきパトロンだった。彼女が育てた芸術家たちの系譜は、オーストリアやスペインの宮廷に渡って、欧州文化を牽引してゆくことになる。

 赤絨毯が敷かれた床のある暖炉のそばには椅子が置かれていた。男女の義孫二人に挟まれた格好で、それほど年寄りでもない太后が笑みをこぼした。

「ボルハイム卿、退屈なお話だったでしょ?」

「いえ、そんなことはありません。素敵な物語でしたよ」

「ありがとう」

 赤毛の坊ちゃんは、太后が勧めたクッキー「レープクーヘン」を手にとり口に運んだ。それからしばし主公の御家族と歓談して退座した。

 その際、

「太后、もしかして、主公マクシミリアンを愛していませんでした?」

 といおうとしてやめた。

 無粋なものいいをいわないことは騎士の条件かもな。しかし魅力的なご婦人だった。なあ、坊ちゃん。

「ああいう方に巡り合いたいものだ」

 頑張れよ。

 厩舎から引き出された馬に坊ちゃんが乗る。それを追いかけて俺も跳び乗る。

 そうそう例の件だったな。判った。

 ――俺かい? 猫だよ。

.

追記

 英国ヨーク朝の王女マーガレット王女は、ブルゴーニュ公国の実質的な最後の当主猪シャルル突公に嫁いだ。自身に子はなく、10歳年少で継娘マリーの養育を親身におこなった。猪突公亡き後の混乱期、彼女の配偶者を誰にするかという問題では、親フランス派の議会や、貴族たちを抑えて、オーストリアから大公だったマクシミリアンの婿入りを画策し成功させた。その後も、幾多の機知で公国を救う。また、マリーの遺児であるフィリップ美公、ネーデルランド総督となるマルグリットの二人を養育。さらに北欧ルネッサンスの先駆けと呼ばれることになるフランドル文化の保護者となった。1503年11月23日、ブルュッセルに近いメヘレンの町で没した。享年57歳。ハプスブルク家隆盛の礎を築き、国民に敬愛されたため、きわめて盛大な葬儀がおこなわれたという。

 長じて、ネーデルランド総督となる皇女マルグリットの名前は、この義祖母からもらったもので、ブルゴーニュの宮廷語・フランス語でそう呼ばれたものだ。前公妃マーガレットが、娘婿マクシミリアンからいかに尊敬されていたかが判る。

     了

.

ノート20140320 

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