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掌編小説/中世物語 『魔狼クールトー討伐記』3/4

 異教徒の帝国は、封鎖した金角湾・裏側に回るため、ボスポラス海峡から一個艦隊を陸に引き揚げ、牛・馬と人夫へ移動。金角湾に浮かべた。さらにビゼンチン都城の真横に、付け城ルメリヒサールを構築。海と陸から挟撃する態勢をとった。

 メフメトと名付けられた巨砲が轟音をあげる。全長八ラフピジア(七メートル)のそれが放つ千三百リラ(六百キロ)の石弾が城壁を破壊。できた「穴」からトルコの近衛兵イニチェリがなだれ込む。聖ソフィア大聖堂で秘跡・サクラメントを終えた私は、帝都ビゼンチンに最後まで残った親衛隊とともに、最後の突撃をおこなった。

 婚約者であったグルジアの王女からもらった最後の手紙に目を通す。とくに変りばえしない挨拶文だ。

 私の死をもって帝国は終わる。敵・トルコの皇帝スルタンは巧妙だ。

「こちらの帝都を明け渡せば、生命・財貨を保証する」

 と、使者をつかわし口上を述べさせた。

 しかし昔、十字軍の裏切りを受けて、外国に乗っ取られた経験のある臣民たちは、降伏のあとに、奴隷狩りと虐殺が待っているということを知っていた。信仰を許されるかどうかという不安もあった。だから私にすがりついて離さなかった。当然のことだ。そのために君侯というものが存在するのだから。

塔から望むと、はるか彼方の丘に敵の本陣がみえた。強い霊光・ハバナを感じる。スルタンはそこにいる。援軍・十字軍はこない。

 ――では、ゆこう。

 城門が開いた。私は最後までつきあってくれた百騎の親衛隊に心から感謝した。そして私と騎士たちは、大軍が席巻する市街地に躍りだしたのだ。

.

 短い時間、休息をとった。

 目が覚めると全身傷だらけの偉丈夫が俺の横に立っていた。

「陛下、よく眠れましたか?」

 供のルーカスは、もともとは東ローマの騎士で、ギリシャにあった帝国領の飛び地トレビゾント守備隊に属していた。帝都ビゼンチオンが陥落して数年後、スルタンは残党狩りをする恰好で、その町を襲って降伏した。異教徒の支配を嫌ったルーカスは、海路をつかいブルゴーニュ公国に亡命。一介の兵士となり、一線を退き森番になっていた。俺が、主公から宰領の荘園をもらって赴いたとき、彼をみつけ、騎士身分に戻した。

.

 例の城に近い村に、町衆や、猟犬たちが集結していた。大がかりな「狩り」をする前に、克服しなくてはならない問題がある。

 神は犬に翼をお与えにならなかった。ふつう、犬は気に登らない。

 しかし何事にも例外はあるもので一種の天才。そいつは、木の枝をジャンプして、枝から枝を伝ってけっこう上まで追いかけてくる。厄介な奴だった。黒毛なので仮にクロとでもしておこう。

 クロは宿にした家の大木の下で寝そべっていた。

 飼い主が、人の腕ほどの太さがある牛の骨を放り投げる。奴のおやつだ。宙に舞って受け取ったクロは三回くらい咀嚼する。噛むこと三回で骨は粉々に砕ける。体高四十ゾイル(百センチ)弱の大型だ。

 森にゆけば鳥が捕れそうな天気だった。

 村の教会を囲んだ塀を歩いていると、そいつが俺をみつけ、駆け寄ってきた。やばい。クロはこの狭い道を走ることができる。しかも速かった。

 木に跳び移る。奴もくる。

 隣の屋敷の庇からベランダ、それから屋根へ。しつこい。

 クロは俺を餌にする気でいるのか? いや単純に、殺すのが趣味なのかもしれない。そういうところは猫が鼠をもてあそんでから殺すのと一緒だ。

 おいおい、勘弁してくれよ。

 俺はまた庭に飛び降り、隣の屋敷の庭の真ん中に孤立した大木に駆け登った。もちろん奴も追い詰めてきた。

 クロがけたたましく咆哮した。

 俺は可能な限り木のてっぺんに登った。ところが、ついに枝が耐え切れなくなって折れてしまった。回転しながら落下する。

 丸い葉っぱ、小枝、そして鋭い牙を並べ開いた奴の口がみえた。奴が容赦なく跳びかかってくる。

 ガブッ。

 こういうときのために、俺の指には、いつも丹念に研いでいる爪が仕込んである。カミソリのなみによく切れる。どんな獲物でも一撃で仕留めてきたものだ。

 クロが俺の頭をかみ砕く寸前、俺は、パンチを繰り出し、奴の顔に深々と爪をいれてやった。必殺技だ。

 ――キリモミ返し。

 窮鼠猫を噛む。ああ、ちょっと違うか。またつまらぬものを斬ってしまった。メンテナンスをしなくては……。指先を舐めてみる。当然のことながら血の味がした。ペッ。

 背中から地面に落ちたそいつは、顔を押さえて悲鳴をあげ、のたうちまわった。クロは猟犬たちのボスだ。これでほかの猟犬たちも俺に余計なチョッカイをださなくなるだろう。

.

 山狩りに集まったサランの町衆、猟師、それから女子爵の家臣と領民たちは総勢三百名いて、うち五十名が女子爵の手の者だった。うち御城衆を束ねていたのが、藪にらみの家宰で、こないだ彼女に謁見したとき、隣に立っていた騎士だった。

「ボルハイム卿、作戦は挟み討ちでしたな?」

「はい、われわれは、この先にある崖のところで魔狼を待ち伏せします。卿たちは御配下の方々とともに、サランの町衆や猟師たちの横列陣の一翼を担って、狼の群れをここにおびきだして欲しいのです」

「なるほど」

 藪にらみの家宰と配下の一団は、主力である町衆や猟師たちの群れに加わった。まずは伏兵である俺たちが、先発して、崖に陣取った。

 見通しのいい禿山から森に入る。

 こないだ視察にきたときにもあったのだが、俺たちを追う気配を感じた。狼たちの斥候と思われる、こないだの奴とは違う。禍々しさの桁が違うのだ。そのあたりの感じは、一緒にいた連中も感づいていた。まず開口したのは道案内の少年・カミーユだ。

「あの御領主様って評判が悪いんですよ」

「こないだもきいたが……」

 坊ちゃんがそういうと口を尖らせる。

「城に召使いとして雇われた者は帰ってきた試しがない。それでも稀に、休暇をとってきたという召使いを家の者が迎えると人が変ったようだったと口ぐちにいうのです」

「つまり女子爵と取り巻きは、モンスターじゃないかっていうことかな?」

 カミーユは、「はい」といってうなずいた。

 家宰が、赤毛の坊ちゃんと駒を並べて、城での打ち合わせを確認した。

.

ノート20140306

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