掌編小説/中世物語 『魔狼クールトー討伐記』2/4
通りかかった鍛冶工房の奥から、待ち伏せしていたかのように、数十人もの町衆がでてきて、俺たちを囲み、中に引きいれた。奥で祈りを捧げていようだ。
「御用のむきは?」
赤毛の坊ちゃんこと帝国騎士ボルハイムがいう。
すると、
「うちの子供が狼に喰われた」
「うちは女房が喰われた」
と、訴えてきた。
ほお。
工房を見渡す。鍛冶炉には坩堝があり、蜂の巣形の鋳型に流し込まれて丸くなっていた。燃えさかる炉に空気を送りだすフイゴの横には革袋があった。鋳型から取りだされたのは弾丸で、革袋はもともとメダルを収めたものだった。しかしそれは鉛玉ではなかった。
「葬儀につかう聖母マリア様のお姿が刻まれた銀メダルを、ここにいる皆で集めて鍛冶屋の親爺に頼んで鋳潰し弾丸にしてもらいました」
案内役の少年カミーユが坊ちゃんのほうをむいた。
俺の家領の森番ルーカスが、
「なんて贅沢な弾丸なんだ」
と感嘆の声をあげた。
坊ちゃんとルーカスの得物はそれぞれ火縄銃を携帯している。
俺たちを取り囲んだ町衆の代表格である老人が、革袋にそいつを詰め、すがるように、坊ちゃんに手渡した。
サランの参事会センセイがたは、食糧や弾丸、軍資金なんかを用立てていた。なんとも手回しがいい。そういうわけで俺たちは、魔狼クールトー討伐にでかける羽目となったわけだ。
夜、道案内の少年を家に帰すと、俺たちは宿屋の床に座り込んで作戦を練った。
坊ちゃんがぼやいた。
「狼狩りか、やったことがない。鹿や猪なんかとは勝手が違うだろうな」
坊ちゃんの横にいた、森番のルーカスが腕組をしてつぶやいた。
「狼は追われていても、人に気づかれないように静かに動く。複数の猟犬がいれば、匂いで悟られぬように、風上にはむかわず風下へとむかって痕跡を残さないようにする。……アンジェロ様、妙案はございますかな?」
まずは現地をみにゆこう。
☆
翌日、カミーユ少年の道案内で、俺たちは狼たちが巣にしているといわれているところにむかった。城市を囲んだ禿山の尾根とか谷筋じゃなく、そこそこ、離れた深い山林のなかだった。
帰りの途中、後方に何者かがつけている気配を感じた。
坊ちゃんが先導する少年にいった。
「カミーユ君、『敵』の斥候みたいだ。襲ってくるかな?」
道案内の少年は顔をこわばらせたが、怯えきっているという様子ではなかった。
「奴らには知恵があります。成人男子が通りかかると木々の奥に身を潜め、女子供が通りかかると踊りかかるのです。特に火縄銃をもった猟師や兵士の火薬くさい匂いが嫌いです」
「寄りつかないというということは、勝負にならないじゃないか」
森番は少し呆れた顔をした。
上下にうねった尾根道を越えてゆきながら、俺はいくつかの絶壁をみつけて「獅子落とし」の候補にした。
「『獅子落とし』? つまり罠を張るってことかい?」
坊ちゃんが素っ頓狂な声をあげた。
「なるほど、アンジェロ様。けっこうな深さでございますな。この高さから落ちれば狼どもとて即死だ」
森番がいった。
俺は提案を続けた。
とにかく人手がいる。近くの村の衆、それに、いつも猟犬を侍らせている猟師たちの協力も欲しいところだ。
「アンジェロ様、猟犬は平気でございますか?」
ああ、平気だよ。
川筋のためにできた平地が、枝葉状になったところに、畑があり、集落もあった。そして小さいながらも、古い塔に居館を貼りつけた城もあった。
坊ちゃんが、少年にきいた。
「あそこは?」
「女子爵が住んでいる城です。フランス王国軍がフランシュコンテ州を占領したときは、真っ先に降伏。ブルゴーニュ公国が奪回すると、またこっちに寝返りました」
なるほど、女当主ということで、その都度うまく立ち回って、自家が傷つかないようにしたってわけだな。乱世ゆえに仕方がないことだが、信用ならない。
坊ちゃんは、城主である女子爵のところにいってかけあうことにした。
城壁に囲まれた砦のような館。二階広間だった。
長テーブルの奥に腰かけた女子爵は、俺たちに椅子を勧めた。裾からのぞく左手首には腕輪がみえた。けっこうな年で、傍には一門出である家宰の騎士を侍らせていた。
「――ほう。狼狩りを? 実は家領の女子供も狼に喰べられておりますのよ。奴らはずる賢く、家臣が狼狩りにでかけても、姿をみせないもので勝負がつきません。騎士様には秘策がおありのようね」
「男衆が横一列隊形をとって、鳴り物をならしながら、待ち伏せしている、われわれのいるところにおびきだします」
「そこを鉄砲で、ズドンと……?」
「はい」
坊ちゃんが微笑んだ。
数日後、サランの町や女子爵の荘園から、男衆数百名と猟師・猟犬が集まって、大規模な山狩りが始まったというわけだ。
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引用参考文献
●渡邊昌美「ジェヴォーダンの魔獣」(『フランス中世夜話』白水社2003年)P112-118 この中で、聖母マリアの銀メダルを潰して弾丸にし魔狼を仕留めたエピソードは1767年6月、貴族篤志家の呼びかけに応じた猟師ジャン・シャルテルの武勇伝である(P115)。
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ノート20140305




