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掌編小説/中世物語 『魔狼クールトー討伐記』1/4

 旅人たちがジュラの山地を越えて、国境のフランシュコンテ州に入ろうとすると、途中の山々が、あまりにも荒涼としていて半ば呆れかえったものだ。州都サランの周囲は、「森」というものを過度に恐れるがあまり、伐採して禿山になっていた。

 一四九三年秋。

 俺たちが市門をくぐると、門番が市庁舎に案内してくれ、二階にある広間に通された。壁は石積みだが、天上と床は板敷きだ。少し暗い。

 監察官である赤毛の坊ちゃん・ボルハイムと連れの一行は、長机の席を勧められた。もちろん、俺の椅子も用意されていた。

 ほどなく、市長と、市議会である参事会のセンセイ方が現れた。連中は、俺をみて、くすくす笑いだした。

「王は粋な御方だ。アンジェロ卿を騎士に叙任させるなんて――」

 連中をみやって、坊ちゃんは真面目な顔で答えた。

「彼には爵位もあれば荘園もある。れっきとした、領主で、僕と同じ帝国騎士です」

 連中は、ついに堪らなくなって、机を叩き爆笑した。

 ふん、余計なお世話だ。

 肥って禿げた市長が、突然、われに返って咳払いをし、センセイがたをたしなめた。

「われわれは騎士様たちにお願いをする立場だ。失礼な態度をとらぬように」

 センセイがたは、背筋をピンと立てて、椅子に座り直した。

 わかればいい。

「『赤ずきんちゃんの』のお話はご存じですかな?」

「女の子が森を一人歩きすると山賊がさらって売りとばすということを、童女に教え込むための教訓ものでは?」

 市長は、ふっ、と笑った。

「あれはお伽話でもなければ教訓めいた説話でもない。ここ数年で、羊百五十頭のほかに、若い女性と子供ばかりが多数襲われているのです」

「え、もしかして……」

 口を挟んだのは、俺が連れてきたルーカスという男だ。腕やら顔面が傷だらけだ。それらは、獣との格闘よりも、戦場でえたものばかりだが。

「――おや、お連れ様は、魔狼伝説というものをご存知のようですな」

「いわゆる狼男ルー・ガルーのことか……」

「狼女というのもいます」

「なるほど」

「クールトーという魔狼です。一四三九年じゃ、フランスが、イギリスと戦争をしていて後方の守りが弱いところを衝いて、なんとパリ都城・サントワーヌ市門にまでいったって話だ。はじめは斥候役である奴の手下が現れ、処刑された囚人の脚を喰らっていたのだが、そのうちに、市門を行き交う女子供を待ち伏せして十四名を食いした。手下は屍肉も食べるが、クールートー自身は食べない。生きた人間ばかり餌にする。しかも狩りを楽しむかのようで、殺し方は残忍そのもの。被害者の手足を生きながらにしてむしり取り、はらわた、肺、そして頭蓋骨を砕いて脳髄をすする。蜘蛛王ルイが、フランスからイギリスを追いだすことに成功して半世紀。奴はしばらく大人しくしていたんだが……」

 坊ちゃんがつぶやいた。

「確かに酷い話だ。つまり市長、パリ付近にいたクールトーと手下の狼どもは、フランス王国と神聖ローマ帝国の国境地帯に、集結しているというわけですね? それにしても狼の寿命は二十年くらいだときいています。五十年以上を生きるとは……」

「いや、狼に似ていて異なる種族だと皆、ささやいています」

「すなわち魔族だと?」

「はい」

 市長が深く首を縦に振った。

 森には異界に通じる「門」のようなものがあるという噂だ。異界の歪が、パリの市門と重複したり、二本の相対する木と重複したりしてしまう。たまに、木こりが姿を消したりするのは、そういう抜け穴に、知らずに踏み込んで帰れなくなったからだろう。

 坊ちゃんの相棒はこの俺・アンジェロ。それから家領の森番・ルーカスをつれてきた。ルーカスは、もともとはビゼンチンにいたギリシャ人貴族で、そこを都城にしていた東ローマ帝国が滅んだため、金羊毛騎士団の公国ブルゴーニュに亡命し一介の兵士になっていたところを俺が拾ったものだ。狩のときには役に立つ。

 市長は、猟師の子供で二親をなくしたという少年を引き合わせ、道案内と供回りの世話係につけた。手足が細くて紺碧の双眼と黄金の頭髪をしていた。少し日に焼けている。彼はカミーユと名乗った。

 市庁舎をでた俺たちは、広場に入った。目抜き通りの商店街は、外壁に柱や梁を剥きだしにして飾る木骨式の町屋が並んでいる。

 先を歩いていたカミーユ少年が振り返って坊ちゃんにきいた。

「騎士様はもともと、魔狼退治にきたわけじゃないでしょ」

「ああ、そうだよ……」

「じゃあ、なんできたの?」

 そのあたりは少し込み入った事情がある。フランス王国のとある時代の国王が、息子たち親王に、国王直轄地から領地を裂いていくつかの親藩をつくった。その一つがブルゴーニュ公国だ。パリの南側、王国中央部に一州をもらっていた。いったん親藩の諸侯となってしまうと、王国内から半ば独立して自治権をもち、ゆるやかな同盟国みたいな感じになる。何代かして公国の当主が、フランドル伯の一人娘と結婚した。その伯爵領というのが王国と帝国の国境にまたがった広大な藩国だった。伯爵家は、帝国側の諸侯でもあったので、王国とやりあうこともあった。そこと縁組した公国は、当然、本家筋の王国と何度も剣戟を交えることになったというわけだ。

 俺たちの主君は、マクシミリアンという人だ。皇帝の息子だがすんなりと跡が継げるわけじゃない。七選帝侯という有力諸侯の投票を経て、ローマ王となり、それから皇帝になるという手続きを踏む。父帝が存命なのでまだ王爵の位にある。十八歳のとき、この人は王はオーストリア大公の肩書で、ブルゴーニュ公国の一人娘・マリーと結婚し入婿になった。

 女公の嫁取り合戦は熾烈なもので、涎をたらすかのようにみていたフランスの蜘蛛王ルイ十一世なんぞは、

「皇子との結婚はやめて、うちの息子シャルルとしろよ」 

 と、公国に嫌がらせの出兵を何度もやって揺さぶりをかけた。窮地に陥った公国を、若い大公は、傭兵の先頭に立って戦って救い英雄になった。

 しかし公国は新大陸の収益に匹敵するほどに豊かだ。蜘蛛王はその後も公国にちょっかいをかけて辺境所州を占領。若い英雄王は、その都度、傭兵を召集して奪還するといったことを繰り返していた。

 坊ちゃんは、こういう奪還したばかりの諸州を巡って、不穏な動きがないか探り、主公に報告する任務についていたわけだ。

 ライン川西岸にある各州は、フランスとの国境地帯で、領有の所属は、王国と帝国で振り子のように変わる地域だった。フランシュコンテ州もその一つだ。

 州内にあるサラン市は製塩の町だった。付近の地下水は塩水で、これを塩田に引きこんで砂礫に塩水を注ぎつつ天日で乾かし濃度をこくし、その砂礫を今度は水槽に入れてまた塩水をかけてやり、マックスまで濃くなったところで器に入れて煮沸する。

 塩がなければ豚や牛を解体した肉の大半は腐ってしまう。干し肉づくりには欠かせない。

 ここで生産された塩はフランスやドイツに出荷されるわけだ。

 フランスに占領されていた塩の町を、主公・神聖ローマ王マクシミリアンが、奪還した。市民たちは王の軍隊を熱烈歓迎したのだが、市長は意外なことを要望した。城市には一個小隊百名ばかりが駐留していたが、雇用期間が終われば山賊に変身する傭兵ばかりで評判が悪い。市長以下町の住人は、魔狼狩りには、品性良好な帝国騎士の派遣を王に請願していた。すると上手い具合に、監察官の帝国騎士がやってきたというわけだ。

 町屋の合間には井戸があって、そこから、塩水をくみ上げている。俺たちは、肉屋、パン屋、仕立屋と続く商店街を歩き、やがて鍛冶屋の店先にでた。

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引用参考文献/

●渡邊昌美「ジェヴォーダンの魔獣」(『フランス中世夜話』白水社2003年)P112-118  この中で、化け物狼「クールート―」の名は1439年『パリ市民の日記』を引用したもの(P116)。……ラヴクラフトの『クトゥルー神話』とは関連しないようだ。

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ノート20140304

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