掌編小説/中世物語 『職人たちの秘密儀式』
1490年代秋、神聖ローマ帝国・ドイツ。
帝国騎士ボルハイム卿こと坊ちゃんは、君命を帯びて神聖ローマ帝国ドイツ各国を巡察する任務についていた。例によって猫である俺・アンジェロは、駒の鞍にちょこんとのっかってお供していた。 その夜は運がなかった。城市にある多くの宿が、大国の諸侯御一行様に押さえられてしまったもんだから、どうにか頼み込んで、職人宿に停めてもらえることになった。
昔は修業すればそのまま親方になれたものだが、いまの各城市・職人の求人は飽和状態になっている。苦肉の策で、市参事たちは、追放も同然に、若い見習い職人たちを、京セ的に異郷の城市で修行させることにした。路銀や宿の世話は各城市の同職組合が面倒をみてくれる。
城市と城市の間はだいたい30キロメートルくらいだ。宿屋は、母屋・納屋・馬小屋からなる。最後の客を待っての食事をだすものだから、夜の十時近くになる
無愛想な親爺が、受付窓から顔をだして、面倒くさそうに客の応対をする。よく洗っていないグラス、ワインが水っぽいとかいうクレームをいうもんなら、「なんならほかの宿に移ったっていいんですぜ」と凄んでくる。
二階大部屋にどでんと置かれたベッドは鰻の寝床だ。半年前からシーツを洗濯していないようなベッドに、裸で雑魚寝する。しかしだよ、若いってことはいいもんだ。とんでもない境遇でもいろんな夢を語り合いもしていたもんだ。
一人前の職人になって故郷に戻ったら、幼馴染の娘と結婚するとか、どこぞの城市の親方は腕がいいから、ぜひ弟子入りして匠の技を学びたい、とかいっている。
坊ちゃんの隣にいた奴はオイレンシュピーゲルっていう若い職人だ。
旅にでる前に父親からこんな心得をいいきかされたのだそうだ。
☆
「有益に旅をするためには、詳しく観察できないものに首を突っ込んではならない。観察する以上は目的がなければいけない。顔をみれば人となりが判るように、城市や国家にも顔があり、それをみればどういう状態かってのもうすうす判るってものだ。
村の中に不釣り合いなほどに居酒屋が多い場合は、なるほど愉快な仲間たちがいるのだろう。しかし家庭の幸福が少ないのだ。日中に畑に農夫がいないところは、夜更けまで農夫が居酒屋で騒いでいるものだ。
乞食や放浪者が道端で昼飯をつくっているところに出くわした用心しろ。食事を終えて食休みをしている奴らに捕まると、身ぐるみを剥がされた上に、殺されかねない。
道端に雑草が生えている国や町には、商業も人の往来も少ない。そんなところでは仕事も親方もいないから、飛ばして次の土地に急げ。
年寄りが仕事をして、若者が徒党を組んで騒いでいる城市はまもなく破産する。
城市や村の教会が大きく立派なら、人々の信仰心が深いとは限らない。真の信仰心とは謙虚なものなのだ。
農民が、権力者にへりくだって手に口づけしたり、埃が舞う道路の隅で身をかがめているような領国には長居はするな。必ず暴君がいる。
宮殿の周りにボロ小屋たちならぶ貧民窟になっているところは飢饉があった国だ。一握りが幸せで、ほかは泣いているような国。十字を切って先を急げ。
国々の事情はお上次第だ。お上が細かいことにうるさく注文をつけるところでは、大きな問題について、まともな対処ができていないと思え。
警察で遍歴証書をみせるとき、尊大な態度で、鼻であしらわれたとしても、指を数えて、耐えろ。沈黙を守りけしてはむかうな。
豊かな国・幸福な国を通過するときは、人々が口にしないことに注目するといい。そういうところは、きまって、道路に果樹が植えられ、荒れた畑がなく、人々がよそ者に親しく挨拶し、十字路に乞食の姿がない。そして国中で最も美しい建物が、宮殿や教会ではなく、学校や病院なのだ。
人に返事をするときはつねに短く、知っていることすべてを喋ってはならない。そうすればどこの誰からも親切に教えてもらえるだろう。賞賛すべきところは素直に賞賛しろ。だが、非難すべきことについてはすべて非難してはならない。異郷人の間にあっては勤勉で節約に心がけ、経験で知識欲に燃え、謙虚で沈黙を守り、大胆かつ静かに、そして辛抱強くあるのだ。そうすれば、仲間から頼られる立派な職人になれるだろう」
☆
眠る前、若い職人から、きかされた言葉に、騎士である坊ちゃんは、ただただ恐れ入ったという感じでききいった。
職人たちの多くは帰国しても親方にはなれない。
彼らはときどき、親方たちを掛け合って、労働時間とか休暇日について交渉した。例えば、労働時間を一日八時間とするとかだ。朝早くから夜遅くまで職人たちを働かせ、お貴族様を気取って狩猟や槍試合ごっこをやっているような親方どもには、ストライキで対抗したりもする。
石工オイレンシュピーゲルは読み書きができない。それは親方衆の大半も同じだ。同業者であることは、儀式でステップを踏むイルパングで証明することができる。
☆
イルパング……。
左足の土踏まずに右足のかかとを直角につける型と、その逆パターンの二つのイルパングが存在する。どちらのイルパングでも顔は右足側をむける。右腕を横に、左腕をその前に縦にして重ね、十字を組む。職人たち複数が、彼らしかわからない合言葉めいた秘密の配列で幾何学文様を描くように並ぶのだ。
集会で、迎え入れる側である先輩職人たちが、暗号図形を描いたら、遍歴職人である新人は加わる。その際、ホスト側の代表は、「おひけえさすって(Excuse)、兄弟。お受けください」といい、新人たちは、「おひけえなすって、お受けさせて戴きやす」というのだ。受けるとは図形に加わる、仲間だという意味なのだそうだ。
イルパングのポーズをとった四人の職人が図形状に立ち並んでいる場合、遍歴職人は、右あるいは左に周って中に入ったり、戻ったりする都度にイルパングで決め、この所作を三回繰り返す。
遍歴職人がいう。
「おひけえなすって、兄弟。あっしは未熟者ですんで、間違っていたらご勘弁くだせえ」
代表が答える。
「おひけえなすって、兄弟。君は神の許しを得た。ところで、われらの描く配置をなんとみた?」
「兄弟よ。縦列と左右のイルパングでやす」
「ところで兄弟よ、君はイルパングを正確にできたか?」
「神とともにそうあらんことを願います」
これで儀式は終了する。無事にできたら、遍歴職人は仲間として受け入れられ、できなかったら城市から叩きだされる。改めての握手とあいさつが行われ、技能審査に移り、最後は立派な杯に注がれた酒を振る舞われるのだ。この酒杯は歓迎を意味する「ウイルコンメン」という。
☆
話をきき終えた坊ちゃんは眠りについた。
遍歴職人たちの儀式というのを想像すると、なんだか、蜜蜂みたいだ。
END
引用参考文献
阿部謹也 著 『中世を旅する人々』 平凡社 1978年
※ 誤字脱字の校正はまた追って。「見切り発車」が座右の銘。




