掌編小説/花騎士伝 「通り抜け」
俺の前にいるのは、ひょろっとした若衆の一人で、奴との間合いを詰めてゆく。奴は、とっかかりをつかもうと、宙を殴るような所作を繰り返す。そこで俺に、隙が生じたようだ。奴がしたりと笑みを浮かべた。
刹那。
奴は俺の腕を力いっぱい引っ張り、体を前に崩した。それから、身体をかがめて、俺の腕下をくぐりぬけつつ右足をつかんで持ち上げ、投げ飛ばそうとした。
そうはいくか。
俺は奴の首に腕を回しつつ、右脚を宙で蹴って、手を払いのけた。
奴が再度俺をつかもうとした。
俺は横に避けつつ奴の背中に回り、右手で腰をつかんで持ち上げ、宙に放った。奴は土埃を上げて地面に背を叩きつけられる。
「な、なんだ、この技は?」
頭を左右に振りながら立ち上がった若衆が素っ頓狂な声をあげた。
「これはな、『通り抜け』っていうんだ。四肢の長い敵騎士がパンチを食らわしてきたとき、腕の下を通り抜けて投げ飛ばす体術。憶えておけ。役に立つぞ」
俺が赤毛の坊ちゃんに稽古をつけてやっていたときのことだ。いつの間にだか、連中が集まってきた。……ソバカス面のブルッシェンク、金髪のあんちゃん・マクシミリアン。後ろからひょいと顔をだしたずんぐりとした妹・クニグンデと、黄金の髪を長く伸ばしたその従姉・ロジーナ。
「お~い、ボルハイム。アンジェロとなに遊んでいるんだ?」
オーストリアのイノシュタットは、ハプスブルク家出身の神聖ローマ皇帝フリードリヒ三世が宮廷を置いたことで急に開けた都城だ。貴族の子弟は十二歳前後で小姓として宮廷に出仕し、十四歳前後で従騎士、十七歳から二十歳で騎士になるというのが定番だ。赤毛の坊っちゃん・ボルハイムも、御多分に漏れず、刀礼を受けて騎士様になるわけだが、盛大に行われた宮中祭典では、仕えていた皇帝の御曹司マクシミリアンや、学友ブリュシェンクも一緒で、終生の友「盾仲間」になった。
マクシミリアンは、一四八六年に皇帝後継者を意味するローマ王となり、やがて一四九三年に皇帝になる。「中世最後の騎士」と称賛される大帝の「盾仲間」ヴォルフガング・ボルハイム卿は帝国元帥になった。
そうそう、いい忘れていた。
――俺かい? 猫だよ。
了
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【引用参考文献】
長田龍太『中世ヨーロッパの武術』新紀元社2012年
ホイジンガ『中世の秋』堀越孝一訳、中央公論社1976年
江村洋『中世最後の騎士―皇帝マクシミリアン1世伝』中央公論社1987 年
T・ライトナー『ハプスブルクの女たち』関田淳子訳 新書館1996年
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ノート20150305




