掌編小説/中世物語・薔薇の告白
いまの御時勢一四九〇年代以降を歴史家どもは大航海時代って呼んでいるんだそうだ。全長百フィート(三十メートル)のずんぐりむっくりした船体で、三本マストをたてているキャラベル船。ポルトガルのバスコ・ダ・ガマ、スペインのコロンブスなんかも、このタイプの船で大海原に繰り出していったんだ。
俺・ガスパーレが、ハプスブルク家の姫君マルグリット様付の侍従武官になって久しく経つ。俺たちを乗せた船は、新大陸じゃあないが、イザベラ女王陛下に見送られ、スペインを出航。フランスを経由して、ブルゴーニュ公国の港町アントワープに着いた。
ブルゴーニュ公国のご当主は、フィリップ美男公といって、異名が示すように、かなりのイケメンだ。母君マリー女公が絶世の美女といわれていたんだから、フィリップ様が美麗なのもうなずける。まっ、俺ほどじゃないがね。
幼くしてマルグリット様は家族と引き離されていた。可哀想だねえ、やんごとなき人は。それで肉親と会えるとなると大はしゃぎってことになる。姫様はボートから桟橋に降りると、港に出迎えにきた兄君のところまでダッシュで駆けてゆき、そのままダイブして押し倒しになされた。
「兄上っ!」
「おいおい、僕を殺す気かい? 打ち所が悪いと死んじゃうんだぜ」
「あ、ごめんなさい」
姫様のお顔が真っ赤だ。
兄君の頬にキスし終えると、その後ろにいる、亡き母君くらいの貴婦人に気がついた。姫様は一層の笑みを浮かべ、お辞儀をしてから抱きついた。
「お婆様!」
「マルグリット!」
いつも優雅な姫様にしては羽目を外し過ぎだが、お若いわりに大変な人生を送られてきていることを、御婆様は知っていたんで大目にみて下さったようだ。出迎えたその人の名は、マーガレット・オブ・ヨーク。イギリス王家から、先先代ブルゴーニュ公シャルル陛下に嫁いでこられた人だ。その人をブルゴーニュ風に呼ぶとやはりマルグリット。孫娘の姫様もマルグリットという名前なわけだが、ご察しの通り、御婆様の名前からとっている。つまるところその方は太后陛下というわけだ。
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太后のご実家イギリス・ヨーク家は、ライバルのランカスター家と王位を巡って長年争っていた。両家は敵味方を薔薇の色で識別していた。ランカスター家は赤薔薇、ヨーク家は白薔薇を記章だ。そのため両家の戦争は薔薇戦争って呼ばれている。
しかしアレだね。この御婆様って、姫様の母君より十歳くらいしか離れていない。十歳で子供を産むには早すぎるだろって? その通り、母君の継母、つまり御亭主であられるシャルル猪突公の後妻として嫁がれてきた。ご夫妻ははっきりいって美男美女だったよ。御亭主の猪突公は戦争ばっかりしていたんで、宮殿には滅多に戻りゃしない。そのうち戦争で討死なさってしまった。大航海時代となる二十年くらい前・一四七六年の出来事だ。
猪突公が亡くなると、ちょっかいを出してきたのがフランス。工作員を、どばっ、とブルゴーニュ公国に送り込んで反乱を起こさせた。どさくさに紛れて各都市の首長が姫様の母君マリー様を幽閉。無理やり大特許状とか、自分たちに都合のいい条約を結ばせ、ブルゴーニュを将来フランス王国に併合させるべく、そこの王太子シャルルとの婚儀を勧め出した。母君十九歳に対して、当時、八歳のお子ちゃまだぜ。ひでぇえ話だよな。
太后は、公女マリー様に対しては、継母というより、姉君であり親友という立場をおとりになっていた。幽閉されていた宮殿から、最後まで残っている忠実な臣下の一人に手紙を託し、婚約者の元に早馬を走らよう助言なされた。それが、神聖ローマ皇帝の息子でオーストリア大公のマクシミリアン・フォン・ハプスブルク、十八歳。本当はもっと早く結婚するわけだったが、いろいろあって遅れていた。
マクシミリアン陛下は、当時、妹君の侍女ロジーナって娘に熱をあげていたんだが、助けを求めた手紙をもらってから燃え上がったらしい。父親の皇帝も、「行ったれ!」っていって出撃――したのはいいが、ブルゴーニュの一歩手前、ケルン大司教府で足止めを食らってしまった。敵に阻まれたんじゃない。兵隊の旅費が底を尽いたんだ。
太后陛下はそのとき、持参金をだして、ケルンからハプスブルク家の御曹司を迎え入れた。
マクシミリアン陛下は花嫁と若い継母、それから、国民の期待も裏切らない。ついに国境を越えて侵攻してきたフランス国王の軍勢を、西の国境アルトワ州ギネガテ村で迎え撃ち破った。
ハプスブルク家の御曹司は、マリー公女と結婚して、ブルゴーニュ公国の共同統治者になられる。背が高くて、どことなくシャルル猪突公に似ていた。太后は若夫婦を眺めているのを楽しんでおられた。しばらく公爵夫妻は仲睦まじくやってて、公国も平和だった。ところが、突然不幸が起る。なんと、女公が事故死してしまったんだ。
入り婿だったマクシミリアン陛下に対して、フランス工作員に騙された各都市び首長たちは反乱を起こし追い出しにかかり、フランス軍を介入させる。それで陛下の子息・公子フィリップ様と公女マルグリット様を誘拐、父親から引き離した。姫様は公国併合を企むフランス王国の皇太子妃として、乳飲み子のうちにさらわれていった。
悔し涙を浮かべながら、父君のマクシミリアン陛下は、フランスに対抗するべく国内を整備して、反乱軍やフランス軍を少しずつ破っていき、最後には実力で取り返してしまわれた。幼い公子・公女との接触が可能であった限り太后陛下は、フィリップ様やマルグリット様のお世話をなさっていらした。
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宮殿の庭で公爵家の方々はクリケットをなされていた。姫様が席を外して、少し離れたところで警備にあたっている俺のところにきたとき、ちょっとうかがってみた。
「姫様、大后陛下って、もしかしてマクシミリアン陛下を愛しておいでなのでは? フィリップ様や姫様に対しての接し方はまるで、義理の孫というより、実の子みたいな感じにみえるもんでしてね」
すると姫様は双眼を大きく見開いてから、人差し指を唇に当てて、「しいっ、お静かに」といわれてから、太后陛下や兄君のいらっしゃる芝生のグランドに駆けてゆかれた。
――あ、公然の秘密ってやつでしたか。これはこれは。
俺は直立のポーズをとって、しばらく、姫様の後ろ背を見送った。
ヨークシャー家の象徴・白バラの花言葉は、恋の吐息と心からの尊敬を表す。
了
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ノート20130707




