掌編小説/中世物語 『お貴族様ごっこ』
十五世紀末、ドイツ――
「これはこれは帝国騎士・ボルハイム卿ではありませぬか! わが家の馬上槍試合に出場していただけませぬか?」
禿げて、でっぷり、とした男だ。
とある城市に坊ちゃんと俺がやってきて、宿屋に泊っていた。すると、どこでききつけたのか、地元の騎士を名乗る男がやってきて、そんな話しをもちかけた。
「ちょうど暇だから、かまわないけど……」
(おいおい、坊ちゃん、なんだか胡散臭い奴だぞ)
二階建ての宿屋の一階は決まって居酒屋になっている。ワインをひっかけていた坊ちゃんにそいつが声をかけてきたのだ。
☆
翌日。教会のミサが終わった午後、親爺の案内で、郊外の荘園にでかけてみる。
荘園屋敷、貴族が独占権をもった狩猟森と小川、貴族に雇われた小作農の民家もなるほどにある。言葉づかいも貴族風にもってまわった言い回しだ。それにつけても親爺は優雅さに欠ける。
屋敷前の広場には、親爺の友人・知人が集まって、馬上槍試合を観戦しようとしていた。
試合出場者は、ぎんぎらに、飾り立てた馬に乗り、どこの古道具屋で買ったのだか、時代遅れの甲冑を身に着けていた。
観戦している貴婦人というのは、これまた厚化粧で、やたらに着飾っているのだが、どうにもバランスというものを欠いた格好だ。
「あら、あれをゆくはボルハイム卿。噂通りのイケメン君よね。珍しい猫ちゃんを連れてる。可愛い~。抱っこさせて~」
「悪いね。抱っこは苦手なんだ」
ご婦人方が両手を拡げて群がってくるので、俺は、試合会場の広場にあった一本立ちのオークの木に駆けのぼり避難した。
幼い時から大公陛下の御学友として騎士の修行を叩きこまれた坊ちゃんだ。試合にでれば、坊ちゃんがあっさり優勝するのは、目に見えて明らかなことだった。
――優勝者はボルハイム卿!
主催者の騎士が、高らかに宣言する。
「そして懸賞はア・タ・シ♫」
領主の娘だ。下顎が突き出していて、魚みたいな顔だ。深い皺のために、厚化粧が地割れしている。来客同様に、刺繍の被り物・指輪・ネックレスで派手に着飾っているのだが、どうにも下品だ。娘はどうみても行かず後家といった感が拭えない。
やっぱり、この親爺、胡散臭い。
「いやあ、オーストリアの名門、ボルハイム卿と親戚になれるとはなんて儂は果報者なんだ。わははわはは」
馬上の坊ちゃんが、古木のてっぺんに隠れて様子をうかがっていた俺に声をかけた。
「アンジェロ、撤退だ!」
(賛成だね)
俺は木から飛び降りて、坊ちゃんが乗っている馬の鞍に飛び乗った。
「あっ、婿殿が逃げる」
父娘がわめき散らす。
かまうもんか。逃げるが勝ちだ。
砂煙を巻き上げて、馬は駆けていった。
☆
歩いて一日ほど離れた隣町にゆき、そこの食堂で坊ちゃんは遅い昼食をとった。
奥のテーブルで職人たちがビールを飲んで息巻いていた。
「親方め、ちょっと羽振りがいいからって、お貴族様の真似事かよ。いい気なもんだよな。郊外に土地を買って屋敷を建て、小作人を雇い、荘園ときたもんだ。いかず後家のドブス娘の婿は絶対名門貴族にするって息巻いていやがった。今日は馬上槍試合だとよ。あのバカの下で働くなんざアホらしい。ほかの町にいく。なあ、みんな?」
「そうだ、そうだ!」
坊ちゃんは、ワインを飲むのをやめ、隣の椅子で毛づくろいをしている俺の顔をみやった。
十五世紀現在、どこの都市でもそうだが、貧富の格差が拡大していた。豪商は郊外に土地を買って荘園と称し、貴族言葉をつかっていた。富裕な職人の親方衆もそうだ。中流以下の商人・職工といった一般市民たちから反感をかっていた。そういう時代の珍事だった。
同情する。いやあ、色男は辛いよな、坊ちゃん。
END
引用参考文献
阿部謹也 著 『中世を旅する人々』 平凡社 1978年




