掌編小説/中世物語 『ローエングリン・白鳥の騎士伝説』 2/4
皇帝が、公国都城に着き広間に設けられた席に着いた。
「竜殺しのテルラムント伯爵、久しぶりだな。ブラバンド公国の君侯はエルザ女公だったな。エルザの出迎えがないが、どうしたことか?」
「女公? 果たしてそう呼んでいいものかどうか、……臣下臣民一同は悩んでいるところでございます。前公爵夫妻の突然の死と、嗣子である弟君の失踪。あまりにも不自然というもの。そうではありませんか、皇帝陛下?」
皇帝はあごに手をあてしばらく考えた。
「なるほど、遺産をめぐる殺人事件というわけか。……弟が行方不明になったとき、エルザは一緒に狩りにでかけていただと? たしかに怪しい。それに公国の遺領独り占めという動機がある……なるほど、事件の容疑者としてもっとも有力」
「エルザは、悪魔と契約を結び、臣下となった魔女に相違ありません」
「しかし、テルラムントよ。卿の説は説得力はあるのだが、決め手となる物的証拠というものがない」
「されど、公国の臣下一同はもはや、姫様が真犯人で魔女だと決め込み、誰も疑いません」
皇帝はまたあごに手をやって、それから、公国宰相にいった。
「余がここにきた理由は判っておろう? ハンガリーが、国境を騒がせているためで、その遠征のために、援兵をだすように説得にきていたのだ。急がねばならぬ」
「なにも私は公国が援兵をだすのを渋っているわけではないのです。ただこんな内乱寸前という状況では、兵が集まらないということです」
「判った。三日後に裁判を開こう。神前裁判だ。街の広場でおまえがエルザと決闘をするのだ。……あ、いやエルザはご婦人だったな。エルザは代理人の騎士をたてることを許可する。ならば、早急に公国に渦巻く疑念を晴らし、公国軍は早急に帝国軍に合流してもらいたいところだ」
……夜、食膳を運んできた侍女の話をきいた塔上の姫君は絶望した。
このとき、階段を上ってくる偉丈夫の騎士がいた。公国宰相テルラムント伯爵だ。伯爵は牢部屋の小窓越しにいった。
「――姫様、むかし私は貴男様に求婚した。あのとき指輪を受け取ってくだされば、こんな面倒なことにはならずにすんだ。残念ですよ」
「テルラムント、貴男の魂胆は判っています。わが両親と弟を葬った、真犯人。私に罪をなすりつけようとしているのでしょう?」
すると伯爵は腹を抱えて笑いだした。
「皇帝陛下も事の真偽なんざ、どうでもいいという感じだった。ハンガリーが東方国境を荒している。陛下はブラバンド公国の援兵が欲しい。公国の騎士たちはどうか? 龍殺しの帝国騎士たる私に仕えるということを誇りにしていた。そして臣民はどうか? 私は彼らに租税の一割減を約束したところ、涙を流して地べたにひれ伏した」
姫君は袖をかんで怒りをあらわにするのを避けた。
「神様が、親征という大義のもとに、貴男の悪行を諦観すると?」
「はい、そういうこと。……公国の騎士はすべて私めに忠節を誓いました。だが私にも慈悲というものはある。ブラバンドの領国内の各辻に触書をださせましょう。そこに通りかかる外国の騎士が、貴女様に御味方するやもしれません。ただし期限は三日以内」
侍女が叫んだ。
「無茶苦茶な!」
薄笑いを浮かべた伯爵がうやうやしく一礼し、もときた階段を下りてゆく。その際にいった。
「三日して貴女様の代理として戦う騎士が現れないときは、貴女自身が、神前裁判の決闘にでなくてはなりません。そのときはハンデをつけてやりますよ。そうですね目隠しして貴女と戦うなんてのはどうです? もっとも私は過去、敵国の刺客を、音と気配だけで返りに討ちにしてきた。それでも正義を尊ぶ神様が貴女を助けるというのなら、騎士が貴女の前に現れましょう」
三日が経った。
竜殺しの帝国騎士である伯爵にかなう者など、公国はもとより帝国全域を見渡しても一人としているはずもない。道ゆく人々は、
「伯爵は悪しき黒竜を倒した英雄だ。正義の人だ。その人がいうことに偽りなどあろうものか!」
と、顔をあわせていった。
誰しもが、エルザ姫に味方せず、権力者になびいた。家臣にとっても、臣民にとってトップが誰だろうとどうでもいいことだった。ましてや通りかかった旅の外国人にとってはなおさらどうでもいいことだった。それが自然というものだ。
アントウェルペン都城の市街地をスヘルデ河が流れている。
神前裁判の場となる中央広場はそこにあった。長机と椅子が持ち込まれ、家臣と町衆が遠巻きに囲っている。
曇り空だった。
降ってこそいないが、雪が積もっている。
宰相が、
「姫様のために戦ってくれる騎士はおりませなんだな」
いった。
皇帝がいった。
「エルザのために戦ってくれる騎士はついに現れなんだな」
少しがっかりした調子で、
「仕方がない、エルザをこれへ。そして伯爵に目隠しを……」
深窓で育てられた姫君は長剣なぞまともに構えた試しはない。
一方、ご婦人方と決闘する場合、殿方はなんらかのハンデをつける。ここでは黒い帯で双眼を包んでみえなくするという目隠しだ。伯爵は裁判官役の皇帝、集まったブラバンド公国の家臣・臣民といった傍聴人たちを前に軽くリハーサルをしてみせた。彼の近習四人に薄絹をもたせ、合図とともに一斉に宙に放たされる。それが音もなく、ゆらゆら、降りてくる間に、なんと四枚の布を、鞘から引き抜いた長剣で、すべて裁断してしまったのだ。
おおお。
町衆たちは歓声をあげた。
――竜殺しにして帝国騎士テルラムント。魔女をぶっ殺せ!
囚われの女公が深いため息をついた。
「みえない真実よりも目の前にみえる偽りの現実を人は鵜呑みにする」
唯一の味方である侍女が、涙を流し、両手を震わせながら、うやうやしく主君に長剣をさしだした。
そのときだ。
白鳥がどこからともなく飛んできて広場上空をしばし旋回すると、わきを流れるスヘルデ川に舞い降りた。
We will see you in addition everyone,
Story of "Lohengrin" is continued in next time.
ノート20140313




