掌編小説/中世物語 『ローエングリン・白鳥の騎士伝説』 1/4
ふしゅるるる……。
赤い吐息は錆びた鉄の匂いがする。まがまがしい瘴気は恐らく酸の霧だ。それが巨大な空洞に充満しているのだ。
ときは十世紀。島々が入り江に浮かぶ港湾都市・北欧スェーデン王国ストックホルム都城のど真ん中に、現世と異界の狭間となった洞窟ができた。城市は暗雲と深い霧に包まれ、市民の大半が逃げだし、例外を除いて何者も存在していない。
稲光が光り、雷が鳴っていた。
赤い雨が降っている。
例外というのは、洞窟の奥に、莫大な宮廷財宝を集めて悦にひたる翼竜だ。角トカゲが翼を生やしたような存在。頭の先から尻尾の先まで測るとすれば十ミーター(九メートル)はあるだろう固い鱗に覆われた巨大生物が、鍾乳洞になった地底の回廊を、地響きをたてて、歩いててくる。
火山ガスというのはこんな感じなのだろうか、息をするとき瘴気を肺に吸い込むと、激しくむせって、地面を這いずりまわることになる。入口でのたうちまくっていた乙女が顔をあげると、そこに奴がいた。みるみる彼女は恐怖に引きつった顔になり、パニックをおこし長い赤毛を両手で掻きむしりだした・
もう何人もの臣民が翼竜に喰われている。
老王は騎士たちをさしむけたのだが、無駄で、やはり喰われてしまった。
老王は翼竜に降伏。生き残った臣下の騎士たちに、娘を人身御供にだして欲しいと頼み込んだ。国王は三人いた王女をすでに生贄として翼竜にさしだしている。そしてとある貴族の家の門に白羽の矢が当たった。赤毛の娘でオルトルートという。
ワニの牙を五倍大きくしたような翼竜のそれが光り、大口を開けて、いままさに、乙女を喰らわんとしたときのことだ。
まずは機先を制しての矢が翼竜の片目に刺さった。なんという素晴らしい腕前。
乙女の前に現れたのは、隆々たる筋肉を甲冑に包んだ若い騎士だった。
「あ、あ、貴男様は……」
「わが名はテルラムント、ブラバンド公爵家一門の騎士」
翼竜は地面に一度のたうちしてから、また立ち上がり、鎌首をもたげて、テルラムントを喰らわんと襲い掛かった。その口の中に長槍を放り込み、ついで長剣を抜刀して、跳躍して奴めの鼻を踏み台にして、残る片眼を衝く。両眼を潰された翼竜はもんどりをうつ。翼竜の首には一枚だけ、他とは反対になった鱗がある。逆鱗という急所だ。目から引き抜いた長剣を、深々と刺してやったので、その際噴きだした、血潮を全身に浴びることになったわけだ。
するとだ。
怯えてうずくまっていたはずの乙女が急に立ちがった。
「ワレは人の心の闇。人がこの世におる限り死なぬ。翼竜の身体なぞもはや時代遅れ。ちょうどいい身体を手に入れた。騎士よ、汝は、ワレが洞窟に吐いて充満させた瘴気を吸うて闇の毒に蝕まれ、なおかつワレの竜血を浴び、皮膚は鎧と化した。そなたの身体は、ワレが下僕である」
騎士は激痛が走りのたうちまわる。皮膚が、鋼のように硬化して、ヒビが入り、トカゲのような鱗のようになってしまったではないか。乙女が口を開けた。ちろちろ、と、灯がゆれるかのように細長い舌が揺れていた。
「な、なにをする!」
「苦しむことはない、おまえの魂魄を喰い、身体を乗っ取るまでのこと」
そいつが長い管のようになって伸び、硬直して仰向けになった騎士の鼻の穴に入ってゆく。
騎士はしたたか悲鳴をあげた。
翼竜の邪悪なエッセンスであろうか、乙女の舌先を伝って、どす黒いエナジーのようなもの・負のエーテルが注ぎ込まれる。一瞬、騎士の腹が風船のように膨れ上がったかとおもうと、乙女の身体は干上がった蛙の骸みたいに、ひなびてペシャンコのミイラのようになって、死んだ。
いったい騎士は翼竜に勝ったといえるのか。
.
そして何年かのときが経った。
紀元十世紀前半、ところは、ドイツ=神聖ローマ帝国の西辺でフランスとの国境に近いあたり、いまでいうベルギーとオランダにまたがったところにブラバンドという諸侯国があった。大河スヘルデが流れ北海に注いでいるその地に、舞台をうつすことになる。
竜殺し……ということで、いまや英雄となったテルラムントは、皇帝から、精鋭中の精鋭を意味する皇帝親衛隊士であることを意味する帝国騎士の称号を得、宗家であるブラバンド公爵の信任を得て、宰相の座と伯爵の門地を獲得したのだった。
その公爵が落馬事故で突然亡くなった。公爵には遺児が二人おり、公爵の跡を継ぐべき弟が姉の手にかかって殺されたのではないか、という噂が国内で、まことしやかにささやかれたのだ。
「宰相、私を疑っているのですか?」
姫君の名はエルザだ。高い塔の牢部屋に閉じ込められた彼女は、分厚い扉の小窓から、必死に訴えた。
だが竜殺しの宰相は冷徹にいった。
「民の声は神の声。弟君はいずこに? 邪悪な魔女の魔法にでもかかって白鳥に姿でも変えたとでも? 貴女様の嫌疑は避けられませぬ?」
「私をどうする気です?」
「私ごとき愚かなる者めには真実が見抜けませぬ、ここは皇帝陛下におみ足を運んで戴き、裁判をして頂きます」
そういって、小窓を閉め、うやうやしく一礼をすると、コツコツ音を立てて、階段を下りていった。
公女は両手で頭を抱え、牢部屋の真ん中に置かれた椅子に、ぐったりともたれかかった。
白い白鳥が停まっていた。
姫君がパンの残りを与えたので、すっかりなつき、白鳥は毎日くるようになった。
白鳥が北に帰る季節、彼女は髪留めのリボンに救出を求める手紙を書き、白鳥の脚に結んだ。白鳥は北海を渡って、イングランド島にむかった。
そして、裁判の日がやってきた。
皇帝ハインリヒ一世が、公国の都城アントウェルペンに行幸してきたのだ。
We will see you in addition everyone,
Story of "Lohengrin" is continued in next time.
ノート20140312




