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掌編小説/中世物語 『居酒屋旅籠の親爺』

 俺と坊ちゃんを乗せた駒はドイツの街道を歩いていた。

 やがて尖がり屋根の教会がみえてきた。教会前広場があって、そこをとり囲むように数十戸の軒が並んだ集落になっているところにでた。

 教会の横には、下手すりゃ教会より立派な二階建ての建物があった。居酒屋だ。旅籠も兼ねている。入り口の蔦草(つた草)からしずくが垂れたようなデザインの看板が目に入る。

 居酒屋旅籠というのは、キリスト教が伝わる前から村々の中心にあったって話だ。

 店である母屋を中心に、旅人の馬つなぐうまや、小屋、納屋、それから菜園と牧地がセットになっている。店は、間口二十一ヤード(十九メートル)×奥行二十五ヤード(二十三メートル)で一階が居酒屋と雑貨屋、二階が旅籠になっている。

 机がいくつか並んでいて、村人が一日の仕事のはじめと終りに、ここに集い、景気づけをするのだ。

 坊ちゃんが椅子に座った。

 俺も横に座った。

 すると周りにいた連中の質問攻めが始まる。

「騎士様だね? 名前は? どこからこられた?」

「ボルハイムだ。ウィーンからきた」

「ボルハイム卿かあ。いい男だねえ。娘っ子の髪は黒・赤・金のうちどれが好みだ?」

「そりゃあ、金だろう」

「やっぱり騎士様もそうか! 俺たちと一緒だ!」

 客たちがどっと笑った。

 世の男どもは金髪が好みだ。赤毛の女たちは陽で焼いて脱色して金髪にする。黒髪の女は諦めてわが道をゆく。

 足元は土間で犬がいる。大人しい犬で、客たちが残飯を捨てると、拾って食べた。

 厨房から、エプロンをつけた禿げ頭の親爺が顔をだした。十以上ものビールジョッキをもってテーブルに配ってゆく。金持ちはワイン、庶民はビールと相場は決まっている。続いて小僧が、連中の大好物である焼き豚を載っけた皿を持ってきた。

 親爺は愛想のいい笑みを浮かべている。

「騎士様はお泊りですかな?」

「頼む」

「では二階にベッドがありますので、いつでもお休みください」

 店では、パン、塩、肉、にしん、バター、チーズ、油、燕麦、ビール、葡萄酒、蜜酒、ミルクといった食糧・飲料・調味料、はたまた布、干し草、鉄製品なんかまで売られていた。

 だいたいは旅人相手なんだが、村人が買いにくることもあった。村は基本、自給自足だ。しかし、どうしても自分で造れないものがある。例えばビールだ。領主の許可が必要でふつうの奴が勝手に造れない。そういうのを手に入れる。

 坊ちゃんは、オーストリアやハンガリー、ネーデルランド、ついでにフランスといった外国で見聞きしたことを話をしてやる。客たちは大いに盛り上がった。

 そこでだ。

「お客様、さあさあ、お立会い。お待ちかねのショータイム!」

 旅芸人風の肥った親方が少女を連れて店に入ってきた。

 少女は十二、十三というところか。そばかす面で十人並みの器量だが金髪。団袋のような粗末な服を羽織っている。

 にやけた男は手に編籠あみかごを持っていて、中身を床にぶちまける。

「苺摘みにございますう」

「苺摘み?」

 坊ちゃんはジョッキを持ったまま俺の顔をみた。

 なんとデブの親方め、女の子の服をはぎ取って素っ裸にしたじゃないか! ぶちまけた苺を拾えというのだ。その子は顔を真っ赤にして、かがみ、苺を籠に入れ始めた。客たちがはやしたてる。

「やめろ!」

 坊ちゃんが立ち上がった。

「いいところなんだ、騎士様。興ざめなんだよ」

 客たちが怒った。

 娘が坊ちゃんの背中側ににまわる。助けてほしいという目をしている。

 客には威勢のいい若衆もいた。近頃は物騒だ。平民も携剣している。ただし長剣は貴族にしか許されていないので短剣だ。それで坊ちゃんを衝いてきたのだ。親爺が間口からどこぞに走ってゆく。

 乱闘が始まった。

 娘はどうせ食い詰めた両親が森にでも捨てたのだろう。旅の男が拾って慰み者として奴隷にした。そんな話はごまんとある。いちいちつきあっちゃいられないことだ。ボルハイムの坊ちゃんは酒に酔うと、育ちのいい御曹司らしくなる。世の不条理に憤慨し正義の血がたぎるのだ。

 数人の若衆と見世物屋が暴れて、椅子やら酒瓶を投げ飛ばしてくる。それを坊ちゃんが腕で払いのけ、足払いを食らわせ、剣を鞘につけたまま相手の鳩尾みぞおちに一撃を喰らわせて失神させる。戦場じゃ一騎当千のボルハイムっていわれている。この程度は雑魚ざこだ。

 そこへだ。

「貴様らなにを騒いでおる!」

 村から少し離れた丘の上にある小城から、店の親爺の先導で、衛兵数名が店に駆け込んできた。親爺はよそ者や不審者がきたり、叛乱のための集会があると、領主に報告する義務がある。違反すると糞溜めの刑じゃ済まねえ。絞首刑になる。

 佩剣はいけんを引き抜いた衛兵が叫んだ。

「よそ者だな。喰い詰めた騎士か?」

 坊ちゃんが大剣を鞘から引き抜く。剣身には紋章が刻まれていた。

 ――双頭のわし

 双頭の鷲は、神聖ローマ帝国紋章だ。その剣を帯びているのは皇帝直参の帝国騎士であることを意味する。こんなふうに国内を監察していることだってある。小さな城主などひれ伏す立場だ。衛兵も客たちも青ざめてひざまずく。

 まあ、結果は初めから判っていたがね。

 加勢しなかった俺は皿の肉料理を口にしていた。

 ……で、その後、女の子はどうしたかというと、娘を森に捨てるような実家には戻せないだろ。だから坊ちゃんは女子修道院に預けることにしたんだ。

 帝国騎士の旅は続く。

 ところでおまえは何者だって?

 ――俺かい? 猫だよ。

     了

.

引用・参考文献

阿部謹也 『中世を旅する人びと』 平凡社 1978年

ほか

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ノート2013083

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