掌編小説/伯爵令嬢シナモン 『かれいの海老ソース添え』
ううむ。
例のごとく私は、自宅の暖炉とカーペットの居間を、熊のように歩き回っていた。気がつけば週末、家政婦の婆様は休暇をとっていない。
もうじきクリスマスだ。外は雪がうっすらと積もっている。
するとそこに……。
た、助かった。そばかす顔をしたわが娘・メアリが、大学の同じゼミにるレディー・シナモンを誘って戻ってきたのだ。
「ご機嫌いかがですか、アンダーソン様?」
シナモンは、飛び級して、黄金の髪を後ろに結っている。14歳になったかならぬかという若さの才媛だ。
私はオクスフォードに弁護士事務所を構えている。顧問となっている保険会社から事件について相談を受けた、弁護士の私はすがるように、彼女に知り得たことを話した。
さるロンドンの証券会社社長がオクスフォードから戻る列車に乗った。これには彼が経営する会社の重役二人が同行していた。一人は副社長で、もう一人は専務だ。社長はやり手だが、強引な手段もやったもので、外部に敵も多かった。
副社長が居眠りをしだし、専務が雑誌を読んでいたときだ。
社長が、
「手洗いに行きたい」
といって席を外した。
ほどなく、デッキから銃声が鳴った。ちょうど川にかかる鉄橋あたりだったそうだ。車掌が手洗いのあるデッキにゆくと、ドアが開いていて、社長の姿がなかった。
娘のメアリが、私の顔をのぞきこんだ。
「大方、その社長さんの死体が川からあがらない。社長には保険がかかっている。しかも会社の経営はあまりよくない。警察は他殺としたけれど、自殺の可能性もある。そのあたりの所見を『コンウォールの才媛』にききたいってわけね?」
心得たものだ。
娘と並んでソファに座ったシナモンはもう謎を解いたようだ。
「川を渡ってすぐに乗り換え駅がありますね?」
私は書斎から地図をもってきて確かめた。シナモンのいうように、小さい駅がある。
だがシナモンは早計な結論をだすのを嫌う。一度頭をクリアにして整理するのが彼女流だ。そんなときの気分転換が料理なのだ。
ちょうど家政婦の婆様がいない。渡りに船とはこのことだ!
娘・メアリを助手にして、シナモンは厨房で料理を開始した。ちょっとのぞていてみよう。
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まず、かれいの解体だ。身は皮を剥いてから四枚におろす。アラはだしにつかうから、頭と尾に切り落とし、それぞれ細かくぶつ切りにしてゆき、放り込み20分煮込む。それをこして、別な鍋に移し、量が半分になるまで煮込んで水分を飛ばすのだ。
おろした身をここにいる人数・三人分になるように切り、バターを塗ったオーブン皿に並べ、アラを煮込んだだしをかけ、シャンパンを注ぐ。あとは羊皮紙をかけ、中火にしたオーブンに20分入れる。
その間、厚手の鍋に生クリームを入れ、薄黄色になるまで煮込む。
オーブン皿からだし汁を抜き、かれい自体はオーブンで温め続ける。このだし汁は別の鍋で、底にわずかになるまでさらに煮詰める。それで出来上がったものがオランダソースだ。
オーブンから取り出した魚の切り身にそいつを、ちょちょい、とかけてひっくり返し、またオーブン皿をもとにもとして蒸す。
――じゅーじゅー音がしていて美味そうだ!
そこへきてだ。海老から卵を取り出し、潰して、煮立った生クリームを満たした鍋に放り込む。
その間に、海老を切りおろし、殻を割り、輪切りにして容器に入れ、オーブン皿のカレイと一緒に蒸す。ただしハサミは別だ。これは飾りつけにするので、割ったら別な小さい容器にいれてやはりオーブンに放り込むのだ。
――磯の香りと生クリームがだすクリミーな香りがハーモニーをかもしだし厨房に漂っている。これはたまらん!
よし、料理がほぼできあがった。
レディー・シナモンが、オランダソースをかけた。
魚身を三日月形にして、皿に盛りつけし、海老のハサミの身でてっぺんを飾って、素早くテーブルにだす。
私は二つのグラスに冷やした白ワインを注いだ。シナモンは未成年なので、紅茶を用意する。
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食堂のテーブルに私たちは腰掛け、私たち三人は夕食をとった。私たち父娘は、料理上手な若い伯爵令嬢のおかけで今週も飢餓危機を乗り切ることができた。
さて事件だ……。
きわめて単純なトリックだとシナモンがいった。
「その証券会社は傾いていたのですよね? 社長は列車に乗車したときは重役二人と一緒にいました。それから手洗いに持ち込んだ替えの服に着替えて別人になり済まし、いったんでます。乗り換え駅に着いたときのことです。変装した社長は、重役たちのいる客車に戻るのではなく、あらかじめ予約していた他の客車にゆきしばらく乗ります」
娘が口を挟む。
「そっか、あらかじめ計画していた川にかかった鉄橋を汽車が通過するとき、人がいないのを確認してからデッキにでてドアを開け、外にむけて拳銃を撃った。車掌さんが驚いてデッキに駆けつけたとき、別人に成りすました社長は、『殺人事件現場』であるデッキ以外にいた乗り換え客の雑踏に紛れホームにでる。乗り継ぎ列車でそこはごったがえだ。彼は、その列車には乗らず、そのまま何食わぬ顔で、到着駅の改札口から、あらかじめ変装後に捜査かく乱を目的として用意した、別の券を駅員に渡し外にでる……」
私は手を叩いた。
「なるほど、車掌も警察も、トリックに引っかかって、デッキ・ドアのところで社長が射殺されたか拳銃自殺したかって結論をだしたってわけだな。重役二人はそのあたりをカモフラージュする役を担っていたというわけか!」
「はい。偽装に拳銃をつかったのことが、この事件を容易にしています。逆にドアを開けておいたままにとどめたなら、もっと難解になったでしょうけれど……」
シナモンがうなずいた。
食事途中だが、私は、知人の警部に電話した。
警部は、所轄の部下を動員し、事件当日の乗客名簿をみて、銃声を聞いたという証言をした人々に訊きこみした。それで発砲があった列車デッキの化粧室から不審者を洗いだした。ほどなく、沿線の田舎町の愛人宅に潜んでいた社長を発見し確保した。
コロンブスの卵というのはこういうものか。
了
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注釈・引用参考文献/
ファイニー・クラドック 著 成田篤彦 訳 『シャーロック・ホームズ家の料理読本』 朝日出版社 2012年 84-86頁 「かれい(ターボット)の伊勢海老ソース添え」
⇒伊勢エビについて、海女をなされていらっしゃる友人・やあさんから、「伊勢エビのはさみは小さく、このような食材には適さない。」というご指摘をいただいた。この参考文献・訳者・成田氏の翻訳は、前回のスイートブレッドでも誤訳があった。そのため、ここでは単純に「伊勢海老」を「海老」と改めることにする。
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ノート20131215




