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掌編小説/伯爵令嬢シナモン 『スイートブレッドのクリーム煮』

 1920年代英国オクスフォード。

 街路樹やら庭の木々は色づき、落ち葉がそこら中に散っている季節に、落ち葉を軽やかに踏んで、家に入ってきたのは、赤毛を編んだ髪とソバカス面をしたわが娘・メアリだ。

 ――おお、もう週末になっていたのか。

 家政婦が休暇をとる週末、大学に通う娘が、同期の友人を連れて遊びに来るようになった。

「ご機嫌いかがですか、アンダーソン様?」

 長いスカートの裾をつまむお辞儀・カーテシーについて、彼女ほど優雅に感じるものはない。レディー・シナモン。通商してレディーを称するご婦人はあまたいるが、未婚女性が正式な称号として持つ場合は、伯爵以上の貴族令嬢をさしている。


 ザ・ライト・オノラブル・レディー・シナモン・セシル・オブ・レオノイス


 それが称号をまじえた彼女のフルネームである。

 あどけなさを残した彼女は、さりげなく私を観察した。

「なにかお悩みですね」

 私・アンダーソンは、オクスフォードに弁護士事務所を構えている。実は、娘とシナモンがやってくるまで、自宅の書斎・デスク前で、熊のようにうろうろ円を描いていた。そのことを彼女に白状した。

 私は腑に落ちない事件を抱えていた。家政婦と田舎暮らしていた高齢の老紳士が死んだ。地元警察は老衰だろうということで片をつけてしまった。

 老紳士はちょっとした資産家で、遺産に関する遺書というのを作成し、私に預けていた。離婚歴があり、判れた夫人との間に子供がいたのだが、第一次世界大戦に出征して戦死している。遺産は甥にゆくことになっている。それがだ。死の二週間前になって、別れた妻がぶんどっていった息子に子供がいることが判った。つまり彼の孫にあたる。その孫が会いに来たというのだ。当然のことながら、遺言状の変更を私に申し出てきた。書類を作成しようとした矢先、老紳士は急死した。部屋は完全な密室だった。

 シナモンは夕飯をつくるといって娘と一緒に厨房に入った。彼女は私が相談すると、すぐには答えを出さない。一度、事件内容を頭から切り離す。料理を作ったり、お茶をいれたりして、気分転換をはかるのだ。

 ちょっと厨房をのぞいてみよう。彼女はなんと夜食のほかに翌日の朝食まで作ってくれていた。

     ☆

 成獣になるとなくなる子牛や子羊の胸腺肉のことをスイートブレッドという。気管の前にある白い内臓肉だ。蛇口でそれを洗う。

 一方で、小麦粉をボールに入れ水を加えて撹拌しペースト状にする。そこへ火にかけ沸騰させたやかんの湯をかけて透明な糊みたなスープ「プラン」をつくる。

 大きな鍋に「プラン」を注ぎ、スイートブレッドを入れて沸騰させる。

 鍋が冷めたところで、スイートブレッドの皮をむいてやる。それを平板二枚の間に挟んで重しをのせて圧を加え、一晩、温度の低いところに置く。

 翌朝、スイートブレッドを適当な厚さに切って、フライパンに載せて焼き、バターを加える。

 別にクルトンをつくっておく。牛乳・卵・生クリームを用意して、ブリオッシュの輪切りをさっと通す。ゆがったマッシュルームをフライパンに加え、強火で色づくまで、ソースを煮る。そこに、あらかじめ作っておいたクルトンを加え、生クリームを敷き、メダル状にしたクルトンを載せ、その真ん中にトリュフで飾るのだ。

 最後に、温めた皿に、厚切りしたスイートブレットを置き、ソースをかけて出来上がり。 好みで塩・胡椒を加える。テーブルに上げる直前に、パセリを散らし、レモン汁をふりかける。

 クリーミーな香りが食堂に漂った。

     ☆

 黄金の髪を後ろに巻き上げた貴婦人はまだ若い。いや、幼いといったほうがいい。大学生とはいっても、まだ十四歳である。シナモンは、故郷にある遺跡の論文を書いたことで、異例の飛び級をしている。

 ジャクソン・ブランドの葉を銀ポットに入れ、ウエッジウッドのカップに熱い紅茶を注ぐ。それが三人の朝食になった。

 シナモンは、朝食の後で私に質問した。

「アンダーソン様、現場に立ち会った警察の方に、大小の紫色の斑点があったかどうか、お確かめください」

 「紫色の斑点」とは、溢血点・溢血班のことだ。とある死因により皮膚表面に近い毛細管内出血による紫色の大小斑点ができる。小さいのが溢血点、大きいのが溢血班だ。これは窒息により引き起こされる症状を示す。

 シナモンは、老紳士の死因は一酸化炭素中毒による窒息死だと断言した。

 賢明な読者諸氏はご察しのことだろう。

 事件は、老紳士の実の孫の登場で、遺書の書き換えが図られ、遺産をもらいそこなう恐れが生じた甥っ子の犯行だ。彼は家政婦を買収する。家政婦は、当主寝室のドアにある隙間を詰めもので塞ぎ、暖炉をがんがん焚いて、一酸化炭素を発生させ屋敷の当主を窒息させたというわけだ。

 話をきいた私は、早速、友人の警官に電話して説得し、墓場にでかけた。そして埋葬された遺体を掘り起し、医者に検死してもらった。またしても、「コンウォールの才媛」の異名をとる少女のいう通りだった。

 ほどなく老紳士の甥っ子は逮捕された。

     END

注釈・引用参考文献/

●ファイニー・クラドック 著 成田篤彦 訳 『シャーロック・ホームズ家の料理読本』 朝日出版社 2012年 138-141頁 「ディナーパーティー用うまパンのクリーム煮」

⇒ここで和訳されたスイートブレッドは、「うまパン」と誤訳しているのだが、実際は、成獣になるとなくなる子牛や子羊の胸腺肉、言い換えるなら気管の前にある白い内臓肉のことをいっている。本文中ではその旨訂正しておいた。

●上野正彦 著 『死体は悩む』 角川書店 178-179頁 「密室殺人事件を解決した死体の声」


2013/12/06 


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