掌編小説/伯爵令嬢シナモン 『ハム料理』
一九二〇年代の終わりごろだったか、その頃の思い出話をしよう。
レディー・シナモンの故郷は、 『トリスタンとイゾルテ』で有名なイングランド島南西にあるコンウォール半島だ。大臣職にあった父親の所領もそこにあった。彼女がロンドンにあるミッションスクールに在学していた十三歳のとき、夏休みで帰省。宿題の自由研究が、なんと遺跡調査だった。お手伝いではない。調査団長として指揮していたのだから驚きだ。しかも調査期間中に、スタッフの少年が、測量具についた望遠鏡で、偶然に殺人事件を目撃。だが犯人の顔まではみていない。それをもちまえの聡明さで推理し犯人を突き止めた。遺跡の調査成果もずば抜けていて、火山に伴うものとされてきた溶岩に、土器が混入していたことから、ローマ軍と交戦したケルト人・要塞施設が火災で溶けた「溶融堡塁」であることを証明したのだ。たまたま居合わせた元駐日公使アーネスト・サトウ卿の推薦を受け、同年・秋から、オクスフォード大学に入学する運びとなった。十四歳の誕生日を迎える少し前のことだ。人をして、「コンウォールの才媛」といわしめる由縁である。
――幸運とはなにか?
と訊ねられたとき、私は迷わずに答えることができる。彼女、レディー・シナモンが、同期生であるわが娘・メアリと一に誘われて家を訪問してくれたときだ。特に週末は助かる。というのは、近所に住む老家政婦が、親族の看病のため、夕飯をつくりにきてくれないことが多いからだ。
もし彼女がきてくれなかったらどうなるか。想像しただけでも鳥肌がたつ。私は、あの、恐ろしい、娘の手料理を、満面の笑みをつくって残さず食べなきらなくてはならいからだ。
そして彼女がくると、もう一つ幸運が訪れる。それは弁護士として私が抱えていた未解決の事件を一気に片付けてしまうような適切な助言を与えてくれるというとこにある。
ビクトリア様式というのは、暖炉と赤絨毯の部屋を、自由気ままに家具を配置してゆくものだ。田舎にある荘園屋敷を少し小ぶりにしたようなわが家の内装もそんな感じだ。
「ご機嫌いかが、アンダーソン様?」
スカートの両裾をつまんで会釈するカーテシー。レディー・シナモンより優雅にみせる人を私はしらない。
庭でのティーパーティーには少し肌寒い。暖炉で温めた部屋でお茶をする。そのとき、例によって私は、事件のあらましを彼女にするのだ。
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鉄道旅行をすればお気づきになるだろう。線路の要所に、ときおり、小屋があって、そこに詰めてる鉄道員が、送られてくる電文を読んで、通過する列車に信号で、伝えてやったりしている。つまるところ問題の人物は、信号手という職責にある男だ。しかも信号手は、なんとオクスフォード大学を中退した元学生だったというのだ。
第一次世界大戦には、この学校の学生たちが多く参加した。とくに祖国イギリスの同盟国フランス、同国国境地帯では、ドイツ軍の侵攻を食い止めるため、激戦が繰り広げられた。敵味方の爆撃機が飛び交い、イギリスの戦車が塹壕を蹂躙したかと思えば、ドイツが毒ガスをまき散らして反撃をした
復員したその男は、学校には戻らず、いくつかの職を点々として、鉄道員になったのだ。オクスフォード大学の学生が、社会の指導的な地位に着かずに、兵士として軍にとどまるというケースは、ときたま耳にすることがあるだろう。鉄道員の中にもそういう人はけっこういるのだ。
今回の案件は、ずばり信号手の事故死にある。
彼はよく幽霊をみたといっていた。恐ろしい形相をした顔の男が、なにかわめき散らして激しく手を振る。するとだ。不思議なことに、数日後、地元の老婦人が列車に跳ねられて死亡したことがあったのだそうだ。
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娘と並び、ジャクソン社のお茶を口にしていたシナモンが、手にしていたウェッジウッドのティーカップをテーブルに置いた。
「なるほど。それで、信号手の方は、何度かそういう事故を予言する幽霊を目撃。最後にはご自身が汽車に跳ねられてしまった。しかも意外や、鉄道員とは仮の姿。実は資産家の御令息だった。遺産の問題もあるばかりではなく、かけられていた保険もけっこうな額だった……」
「え、どうしてそれが判ったんだね?」
「アンダーソン様がこういう相談をなされるときにはパターンがあります……」
「それでだね、シナモン……」
私が、信号手が巻き込まれたのが、事件か事故か訊ねようとしたとき、聡明な伯爵令嬢は娘に案内されて、厨房をのぞきにいってしまった。
休みをとっている老家政婦は、今日の分の食材を厨房に買い置きしてくれていた。その人はそこをのぞくなり、エプロンを借りて、てきぱきと、料理をしだした。
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ハムを容器に満たした水につけて塩抜きする。それを、干し草、林檎酒、仔牛の出し汁、粒胡椒と一緒に鍋に入れて煮立てる。アク抜きをし、カブを葉を加えて香りづけする。煮え切ったところで、ハムを取り出し皮を引っ張る。すると、するり、と剥けた。
ハムは、羊皮紙にくるみ、冷めないように、オーブンにいれて保温する。
他方で、鍋から干し草を取り除く。鍋に玉葱と人参のぶつ切りを入れ煮詰める。汁はかなり少なくなっていた。鍋の中身は、こし器ですくい取り、粒胡椒を取り除き、小さな厚手の鍋に移しかえる。先の鍋から煮汁を少しとって、生クリームとともに加える。
別にボールを準備しておいて、卵黄と生クリームを撹拌しておく。
煮汁の鍋は、とろりとするまでかき混ぜる。
ハムを薄くスライスして温めておいた皿に盛りつける。
そこに、ボールの中身を、とろりとさせた鍋の煮汁に入れてかき混ぜ、ソースにし、手早く皿にかけるのだ。
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――素晴らしい! 絶品だ!
食後、私は、黄金の髪をした若い貴婦人に恐る恐る信号手の死因に関する所見を訊いた。
「警察の皆様は、彼が従軍し、ドイツ軍が使用した毒ガスの後遺症から、ある種の脳障害を起こし、幻覚・幻聴に及んで、自ら列車に飛び込んだとしていませんか?」
その通りだ。
「御身内で、その人がこの世にいなくなることで、遺産や保険で、莫大な利益を手にする方がいらっしゃるのですね? もし、ご本人がレールに身を踊りだしたのではなく、何者かに暴行を受けてから走向する夜行列車に突き飛ばされたりしたとすれば、弾き飛ばされるのとは違う打撲の痕跡がご遺体にできるはずです」
私は依頼主である保険会社役員や知人の警察官とともに、等身大の人形を何体か列車に跳ねさせて傷の出来具合を実験してみた。データと掘りかえした遺体を比較する。すると、実験に立ち会った検視医は、どうにも列車ではできない、棒で衝いたような内臓破裂の痕を発見するに至ったわけだ。
了
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引用参考文献
ファイニー・クラドック 著 成田篤彦 訳 『シャーロック・ホームズ家の料理読本』 朝日出版社 2012年 114-117頁 「お客様用ハム料理」
チャールズ・ディケンズ 著 「信号手」 (小池滋 編 『英国鉄道文学傑作選』 ちくま書房 2000年 所収)
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ノート20131020




